変身指南と事件の匂い?


 元美少年戦士で現役アイドルをしている人の「誰でもできる」という言葉を信じてはいけない、と僕は思った。


 画面の中のダイチが変身の仕方をやってみせながら説明する。

「まず、右手の人差し指と中指を合わせて左手首につけたウォッチに触れる。この時左手は肩の高さに上げる。そして、その時『ホーリーパワー チャージアップ』を唱える」

 僕はダイチのマネをして動く。

「そして、右手を右横に振りその時に腰を左に付き出す。それから右下に手を動かし腰は右に、次は手を真上に上げて腰を左に。次は右下に手をやって腰を右に、最後に右手は再びウォッチに戻る。その時腰は左に突き出す。右手で大きく星を描くんだわかるかな?」

 たぶん、わかった。僕はDVDのダイチに向かって頷く。

「それから右回りに体を一回転半。後ろを向いて両手を右斜め下で重ねる。そして、力をためてから足はそのまま上半身は正面に振り返り、両手で大文字のZを作る」

 なぜにZなのか、それにZって大文字も小文字も同じじゃなかったっけ、と心の中で思いながらもその通りにする。

「この動きをスムーズに行うと、変身が始まるはずだ。俺がまずやってみるから、同じように、やってみよう!」


 僕は言われたとおりに、ダイチの後に続いてやってみる。が、何も起こらない。

「あれ?」

「変身できたかな?」

 ダイチが尋ねてくるが、変身できてはいない。

 ここで、ニャッピーがDVDを止める。


「もっと大きく体を動かさなきゃだめニャン。腰の動きがなってないニャンね。もっと美少年戦士らしく、優雅に大胆にニャン」

「美少年らしく?」

 僕がやるこの腰をクネクネさせるような動きはどう見たって滑稽だし、優雅になんて程遠い。


「羞恥心を捨てるんニャン。そうすると自ずとさまになってくるニャン」

 それから、何回もニャッピーの指導の下でポーズをやり続けたが、変身できる気配はなかった。


 繰り返し見直す画面の中のダイチは無駄のない完璧な動きだ。イケメンがやるとヘンテコな動きでも格好良く見えるから不思議だった。


 やがて外が暗くなった。しかし、全くできる気配がなかったため、取り敢えずDVDを一通り最後まで見てみることにする。

 変身の仕方の次は、敵を倒すための必殺技の指南を同じようにやって見せてくれていた。それはおいおい練習するということで今日は流し観るだけにするが、これもできる気がしなかった。

 DVDの最後にダイチが激励のメッセージをくれる。


「できたかな? これで君もホーリームーンだ。頑張ってね! って、まだ乗り気でないかもな。けど、この女神は一度決めたら曲げないから諦めな。無事にホーリームーンの任務を全うしたら、女神のご褒美としてその後の将来は安泰だからやる気出しな。アイドルにもなれるぞ。この就職難の時代やっといて損はないから……え。ニャッピー、夢のないこと言うなって? 最近の高校生はこっちの方がやる気出るって。ってことで、このDVDはこれでおしまい。もし悩みとかができたら先輩である俺がいつでも相談に乗るからな! じゃ、幸運を祈る!」

 最後はアイドルらしい爽やかな笑顔で締め括った。


 DVDを見終えて一息つく。

 将来安泰とは言われても。

「本当に誰か他の人に代わってもらえないんですか?」

 僕が食卓に座っている女神に尋ねると、菓子を全部食べ終えて真っ白なタブレットのようなものを弄っていた女神がこちらを見て居丈高に言い放つ。

「今期のホーリームーンはあなた以外にいないわ。観念なさい」

 ダイチの言うように全く聞く耳を持たない感じだ。

「さて。そろそろ貴方の母親が帰ってくるわね。私たちことは誰にも内緒よ。これからよろしくね」

 そう言って女神は玄関の方へ歩いていった。

「女神様がああ言った以上、キミに拒否権はないニャン。できるだけサポートするから頑張るニャンよ」

 ニャッピーは諭すように言い、女神の後をついて行った。

 

 僕が呆然と彼らを見送り、しばらくすると母が帰ってきた。


「DVDを観てたの?」

 母に言われて慌ててDVDを隠す。

 その不審な行動に母はなにやらニヤニヤする。

「マサももうそんなお年頃なのね〜」

 母の言わんとする事を察してさらに焦る。

「そんなんじゃないからね?!」

「うんうん。お母さんそんなことに口出したりしないから」

 絶対、何か誤解されてるが本当のことは言えない。

 僕はなんだかドッと疲れが出てきた。

 

 


***


 その日の翌日、母の仕事が夜勤なため一人で家にいると、ニャッピーだけが家にやって来て、夜遅くまで変身の仕方を特訓したが、結局その夜も一度も変身できなかった。

 その次の日は母が休みでずっと家にいたからか姿を見せず、それ以降音沙汰がなくなった。そして、気が付くと出会った日から1週間経っていた。


 僕は今日もいつもどおりに学校に行き、いたって普通に過ごしていた。

 僕があまりにもできないので、愛想を尽かしてしまったのかもしれない。

 全て夢だったのかもと今でも思うが、僕の左手にはまだ、ウォッチがちゃんと嵌められていた。

 初日に母に見咎められたが、ウォッチは先輩から譲り受けたということにしておいた。

 それからお風呂以外はいつも身に着けている。


 授業が終わり、さっさと帰ろうと昇降口に向かっていると、廊下に人だかりができていた。先日やったテストの上位者が張り出されたようだった。

 特に興味もなく素通りしようとすると、声を掛けられる。

「あんた、珍しく名前載ってるわよ」

 麻亜沙だった。

「正義くん、凄いね〜」

 妃奈が感心した様な声を出し、笑顔を見せた。僕は顔が赤くなるのを感じる。


 順位表を見ると、上位20名の名前が書いてあり、その端っこの20位の所に自分の名前があった。

「まぁ、いつも3位以内の修斗しゅうとくんがいないからだろうけどね」

 麻亜沙がお前の実力は変わらないとばかりに言ってくる。ちなみに麻亜沙はいつも10位以内に入っている。


 修斗は頭が良い上に1年にしてサッカー部のレギュラーに選ばれるような文武両道な生徒だった。当然、女の子にモテる。

 クラスが違うのでよく知らないが、調子が悪かったのだろうか。

「修斗くん、テスト前から突然学校に来なくなったんだって」 

 妃奈が声を潜めて言う。

「え、病気か何か?」

 僕も自然と声を落とした。

「ううん。来なくなる前日まではサッカー部に顔を出してて特にいつもどおりだったって」

 そこに、麻亜沙が僕と妃奈の間に割って入ってきた。

「夜の街で見たってウワサもあるけど、何があったんだろうね。サッカー部の練習見に行ったことあるけど、その時はすっごくキラキラしてたのに」

「ほんと、どうしたのかなぁ」 


 僕は2人の話を聞きながら、今まで感じたことのないような妙な胸騒ぎを覚えた。

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