美少年戦士の心得
テスト終わり昼下り、自称女神と喋る猫が家に押しかけてきて、僕を美少年戦士とやらにした。
そんな珍妙な話、絶対現実ありえないとは思うが、話はどんどん進んでいく。
「これが、変身するためのウォッチよ」
自称女神が……いちいち自称って付けるのも面倒くさいので通称ってことで、女神が机の上に腕時計を置く。
「これは、偉大なる神が創った人智を超越したスーパーアイテムよ!」
女神は声高々に宣言する。
この家には僕たちしかいないのだから、そんなに声を張る必要は全くないのだが。
一見、どこにでもあるスポーツタイプの腕時計に見え、そんなたいそれた物には見えなかった。
「目立たないように、敢えてどこにでもあるようなデザインをしてるニャ」
僕の疑うような目を見て、キャッピーが言い添えた。
「さぁ! 着けてみて」
急かすように女神が促す。
僕は恐る恐るその腕時計を手に取り、腕に着けてみた。液晶にはちゃんと現在の時間が表示されている。特段、力がみなぎる訳でも、何かひらめく訳でもなく、全くただの時計だった。
「あの、これで変身できるんですか?」
アニメなら、選ばれた主人公が速攻変身して、必殺技で敵を倒すなんてことになるんだろうが、自分にそんなことができる気配は全くなかった。
「他の女神なら選んだ子をいきなり戦わせるなんて鬼畜なこともあるようだけど、私は良心的な女神だから大丈夫。ちゃんと研修期間を設けてから実戦に入るわよ」
この女神の口から良心的なんて言葉が出るのは違和感しかないが、とにかくいきなり何かと戦わされる訳ではなさそうなのでそこはほっとする。
「さて、じゃあ早速、研修を始めるわよ!」
女神は僕に不敵な笑みを見せた。
***
「は〜い。新しくホーリームーンに選ばれたキミ。こんにちは〜! あれ? 声が小さいなぁ。まぁ、いきなり美少年戦士って言われても困るよな」
画面からやたらとテンションの高い青年がこちらに向かって話しかけてくる。歳は20歳そこそこだろうか、なかなかのイケメンだ。
これは、女神が研修の教材だと渡してきたDVDの映像だ。僕は、居間のテレビでこのDVDを観ている。
女神は、食卓で先ほど僕にコンビニに買いに行かせたアイスやお菓子やらを食べている。よく食べる女神だ。
僕はカルボナーラを食べ損ねたので、結局コンビニでおにぎりで済ませた。お金は女神がくれた1万円札を使った。釣りはいらないと言われたが、それを貰うのは何だか怖い気がした。
そんなこんなで、DVDの青年は話し続ける。
「俺のこと知ってる? 俺はダイチ。超人気アイドルをやってる。俺も高校生の頃、ホーリームーンをやっていたんだ。辞めたらみんなの記憶がなくなるから誰も知らないけどな」
ダイチ、クラスの女子が騒いでいたので名前だけは聞いたことがある。
ダイチは彼の前のテーブルに置いてある缶チューハイのタブを開ける。呑みながらやるのか。っていうか、もう1杯くらいひっかけてそうなテンションだ。
「最近、俺、週刊紙に熱愛スクープされて、仕事が減ってるから、このDVDの仕事が来てよかったよ。女神は金払いがいいから。キミも手当というか、バイト代みたいなのをたんまりくれるから安心だぞ。ちょーっと、いろいろ我慢してやったら特別手当もつくし。あっ、貞操の危機は守られるからそこは安心しろよな」
画面のダイチは調子よく話し続ける。
美少年戦士はバイト代が出る。それは、母子家庭である僕には魅力的な話だった。僕はここで初めてやってもいいかなという思いがかすめた。
そこで、ダイチの横からニャーンと猫の声がした。
「なんだよキャッピー。ちゃんと説明しろって? わかったよ。じゃあ、まず、俺らが戦う敵について説明するな」
収録時、ダイチの横にはキャッピーがいたらしい。僕は自分の横にいるキャッピーを見た。
「ボクの声は話をしてる人以外にはただの猫の声にしか聞こえないんだニャン」
そうなんだ。まぁ、うっかり喋ってるの聞かれたら大騒ぎになりそうだものな。
「敵は所謂悪魔と呼ばれるもの。悪魔は手頃な人間に闇の種を植えつけて手下を作る。そして、その手下はいろんなアイテムを使って、人間のやる気や思考力を奪って人間を支配しようとするんだ。キミの役割はその悪魔のアイテムを破壊することと、手下から闇の種を取り出すことだ。これから、変身の仕方と、攻撃の仕方を教えるな。大丈夫。体の動きとセリフを覚えたら誰でもできるから。さぁ。ウォッチを着けて立って。一緒にやってみよう!」
画面のダイチが立ち上がった。
「さぁ、やってみるニャン」
僕もキャッピーに促されておずおずと立ち上がった。
「そうそう。それと、練習の前にホーリームーンに必要な心構えを伝えておくな。ホーリームーンに一番必要なことは、羞恥心を捨てる、これに尽きる。俺も久々にこれをやるには酒の力が必要だ。さぁ、早速始めよう!」
「羞恥心?」
僕はつぶやく。
ここから、僕の想像を絶する特訓が始まった。
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