美少年戦士☆ホーリームーン

万之葉 文郁

例えば、こんな始まり

 人生って、何が起こるかわからない。

 さいわいは急に天から落ちてくるのだ。


***


 定期テストが終わっていつもより早い時間に学校を出る。

 部活もやっておらず、つるむ友人もいない僕はいつも一人だ。


 背が低く、前髪が黒縁眼鏡の半分を隠し、いつも小声で話す僕はクラスで全く存在感のない生徒だった。意図的にそうしているところもある。


 学校前の歩道橋の階段を足早に上り切ると、クラスの女子が数名はしゃぎながら歩いているのに追いついた。

 僕は歩道いっぱいに広がる彼女らに眉を潜めつつ、追い抜こうと狭い隙間を無理やり通り過ぎる。すると、後ろから声が掛かった。

「一言くらい何か言って行きなさいよ。感じ悪いわね」

 無視をしてそのまま行くこともできたが、後が面倒なので振り返る。


 声を掛けたのはクラスの中心的人物、麻亜沙まあさだ。明るい茶髪に吊り目の瞳がいかにも気の強そうな印象を与える。いつも何かに付けて、気配を消している僕に突っ掛かってくる面倒くさい女子だった。


「君らが広がって歩いてるのが悪いんだろ」

 ボソッと言うと、それをしっかり聞きつけて怒り出す。

「なんですって! あんたってほんと口をきいても感じ悪いわね」

 君ほどじゃないけどね、と心で思いつつ、これ以上騒がれるのは嫌なので押し黙る。

「麻亜沙。そんなに突っ掛かって。私たちが広がって歩いていたのがいけないのよ。ごめんね、正義まさよしくん」


 二人の険悪な雰囲気に割って入ったのはクラスで1番の美少女、妃奈ひなだ。少し垂れた大きな瞳が優しげで、というか実際に誰にでも優しく、高校に入学して3ヶ月程だというのに、全学年の生徒、数十名に告白されているという人気ぶりだ。

 そういう僕も密かに好意を抱いている。


 僕は妃奈に軽く頭を下げて踵を返す。

 後ろから、なんであんな奴の肩を持つのよ、と騒いでいる麻亜沙の声が聞きつつ、足早に走り下りた。

 妃奈に声を掛けてもらい、少し気持ちが浮ついていた。


***


 家に帰った僕は、鼻唄を歌いながら電子レンジに冷食のパスタを入れて、手慣れた動作でボタンを押す。そして、コップに水を入れ、フォークを用意し食卓に座り、ぼーっとタイマーの数字を見ていた。


 出来上がりまであと1分を切った頃にインターホンが鳴った。

 母が通販で何か買ったのだろうか。僕は玄関に向かう。

 しかし、扉の向こうに人の気配がなく、扉を開けて周りを見渡したが誰もいない。イタズラだろうか?

 僕は首を捻りながら台所に戻った。

 パスタはもう出来上がっているはず。


 ドアを開けると食卓に見知らぬ女がいた。

 びっくりした僕は声も出せず、ドアノブに手を掛けたまま固まる。一人のはずの家に人がいれば誰だって驚くだろう。


 台所では、30才前後に見える白いピチピチミニスカートのスーツを着た女が、先程僕がレンジに入れたカルボナーラを勝手に食べていた。

「最近の冷食ってほんと美味しくなったわよねぇ」

「……どちら様ですか?」

 やっと出てきた言葉がなんとも間抜けに響いた。いや、すごい美人だが不法侵入者だ。

 これは警察に連絡しなくては。気を取り直して僕はポケットからスマホを取り出し、110番しようとした。

「この状況でもっともな行動だけど、待つニャン!」 

 女の後ろから飛び出してきた猫が喋った。

 僕はスマホを持ったまま再び体が固まる。


 僕は夢を見ているのか? 昨夜遅くまでテスト勉強をして、やっとテストが終わった今、気が抜けてパスタができる前に寝てしまったのだろうか。

 早く目覚めよう。そう思うが、どうやって目が覚めたらいいかわからない。やけにリアルな夢だ。


「これは夢じゃないニャン」

 猫は僕の思考を読んだように言った。

「夢じゃない?」

 僕はオウム返しに聞き返す。

「そう。これは夢じゃないわ。君は美少年戦士に選ばれたの」

 立ち上がった女が訳のわからないことをのたまった。いつの間にかカルボナーラはすっかり完食している。


 そうだ。通報だ。スマホにまた目をやる。

「待つニャ!」

「待って! 怪しい者じゃないから話だけでも聞いて!」

 猫と女が慌てて言う。

「十二分に怪しいですけど……あなた誰ですか?」

「女神よ」 

 やっぱり変質者だ。

「気持ちはわかるけどやめてニャン」  

 再びスマホを操作しようとした僕に猫が飛びついてくる。僕は思わず猫を抱きとめた。


 金色に近い茶色の猫で額に白い三日月の模様が入っている。ツヤツヤの毛並みが美しい。

 猫好きの僕は絆されて思わず撫でてしまいそうになった。

 いや、いけない。今は緊急事態だった。

「まぁ、ずっとドアの前に突っ立ってるのもアレだし、部屋に入ってらっしゃいな」 

 自称女神が僕を促す。ここは僕の家なんだけど。

 とりあえず、自称女神は危害を加えそうな様子はないので、僕は腹を括って猫を抱いたまま台所に入り、警戒しつつも食卓の彼女の向かいの椅子に腰掛けた。猫は僕を安心させるかのように僕の膝の上に乗る。僕は思わず猫の背を撫でた。ふわふわの毛が少しだけ緊張を和らげ、僕は前の自称女神に尋ねる。


「女神とか美少年戦士? とかわけがわからないのですけど」

「君は第6代美少年戦士ホーリームーンに選ばれたの」 

「は?」

 さも当然の事実かのように訳のわからないことを言い放つ彼女を疑わしい目で見る。

「私は天上からこの地上に降りて、地上に根付こうとする悪しきものを払うのが役目の女神。そして、その猫は使い魔キャッピー。私達は美少年戦士になる素質のある16歳以上18歳未満の少年を探しているの。そして、選ばれたのが君よ!」

 彼女が、僕を力強く指差す。

 確かに僕は16歳だけど……

「僕は美少年じゃないですよ」

 僕は唯の平凡な陰キャだ。


「これだから自覚のない子は」

 彼女は呆れたように言い、いきなり机に置いてあったコップの水を僕の顔に掛けた。猫はすかさず膝から飛び退く。

「!? 何するんですか!」

 僕は眼鏡を外し、水を被った髪を掻き上げた。

「ほら、美少年じゃない。私の目に狂いはないわ!」

 彼女は悦に入った声を出す。

 僕はいきなりの奇行に呆然とする。

 そんな中猫が洗面所からタオルを持ってきて、反射的にそれを受け取り顔を拭う。いったい何なのだ。


「君、自分の顔みたことないの?」

 拭いていたタオルを顔から下ろすと、彼女がズイッと顔を近づけてきていて思わず体をのけ反らせる。

「僕ド近眼だからよく見えないんです」

「ふ〜ん。無自覚美少年か。それもまた一興ね。面白い美少年戦士になりそうだわ」

 彼女は椅子に座り直して、喜々として言う。

「いや。これって拒否権ないんですか?」

 もう決定事項のように言う彼女に慌てて問いただす。僕を目を細めて見てくる自称女神。

「危機に瀕する地上の平和を守る大事な役目よ。まさか拒否なんかしないわよね?」

 変なプレッシャーを掛けてきた。

「僕にそんなもの務まるわけないでしょう? ただの陰キャなんだから」 

「君、目立ちたくなくて隠してるけど、運動神経も頭もそれなりに良いでしょう。この1ヶ月程、陰からずっと付き纏って、ちゃんと裏は取れてるのよ」

「いや、それ、立派なストーカーじゃないですか! やっぱり警察に……」

 一旦仕舞ったスマホを取り出そうとすると、それを身を乗り出して阻止してくる。

「女神を警察に突き出せるわけないでしょ。大人しく美少年戦士になりなさい!」

 強引に手首を掴んだ自称女神が僕の二の腕に人差し指と中指を押し付ける。するとそこに小さな三日月の焼跡がついた。不思議と痛みはなかった。

 

「これで貴方は美少年戦士ホーリームーンよ!」 

 自称女神が声高に叫んだ。



 この犯罪スレスレというか、ほぼ犯罪と言っていい出来事が、僕と凶悪な自称女神たちとの最悪の出会いだった。

 僕の運命はどうなる?!


 

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