世界で一番異世界に飛ばされるもの

鉛風船

世界で一番異世界に飛ばされるもの

 ねえねえ、きみきみ。そうそう、君だよきみきみ。今、時間あるかい? ほんの少しだけ話せないかな。実はとっても大事な話があるんだ。


 え? 君と私は初対面だろうって? 確かにそうだ。私と君は初対面だ。しかし、初対面だからといって大事な話をしちゃいけない法律もあるまい。


 それに、私は是非ともたくさんの人に知って欲しいから、こうして寒空の下でここを通りかかる人を待っていたんだ。


 警戒しなくていいよ。私は君を取って喰おうだなんてこれっぽっちも考えていないんだからね。狼じゃあない。


 兎に角、もっと真剣に聞いて欲しい。これからする話は量子力学を始めとする現代科学のすべてを引っくり返すような重大な話なのだからね。ようく、聞き耳を立てるんだ。


 冬空の風が寒いって? 大丈夫だ、私も寒い。君も寒くて私も寒い。おあいこじゃないか。そういう問題じゃないと思うだろうがそういう問題なのだ。我慢してくれ。

 おっと、その前に君。耳に付けているイヤーフォンを外してくれないか? これでは私の話を聞き逃すかもしれない。


 なに? 大丈夫だって? それがどっこい、問題がある。木枯らしだって吹いているんだ。北風小僧に邪魔されても知らないぜ。私はこの話を一回しかしないつもりだからね。


 別に聞きたくもない? 早く解放してくれ? おいおい、無粋なことを言うなよ。折角私がNASAも驚く世紀の大発見をしたというのに、君はそれを聞きたくないと言うのか?


 そう言わずに。君は私の話を黙って聞いていればいいんだ。ただそこへ座って、ね。それと、音楽は止めておいた方がいい。音楽プレイヤーの電池を無駄に消費したくないだろう?


 ところで君は何の音楽を聴いているんだい? え? 言ってもわからない? 大丈夫だ。私は世紀の大発見をするために一日何時間も様々なジャンルの音楽を聴いている。大抵のジャンルは網羅しているから心配ない。言ってみてよ。


 へえ、ロックときたか。いい趣味をしている。ちなみに私はロックにうるさいよ? どれくらいうるさいかというと、ロックは一九五九年の二月三日で死んだと言うくらいにはうるさいから、そのつもりでね。


 King Crimsonの「Fallen Angel」だって? いい! じつにいい! グッドでベターでベストな選曲だよ。この冬空の下で聞くと少しばかり寂しくなるが、それを含めて最高の選曲だ。


 ゴホン、失礼。大分話が逸れてしまった。話を戻そう。私が世紀の大発見をした話だったね。では君、一つ尋ねるが、思うこの世界で最も多く異世界へ飛ばされているものは何だと思う?


 いきなり何を言い出すんだっていう顔をしているね。まあ、それも仕方ない。私の発見は時代を先取りしすぎている側面も否めないからね。そういう反応は慣れっこさ。


 さあ、どうだい? あると思うかい? ライトノベルや漫画の読みすぎ? 私が? 生憎だが、私はライトノベルや漫画は一つも読んだことがないんだ。だから、そのような批判はお門違いだよ。


 それに、ライトノベルや漫画に異世界について扱った作品が多いのなら、私の発見も遠からず認められるだろう。何せそういった作品を読んでいる読者たちは、いわば異世界のプロだろうからね。


 安心してくれ。私の発見は彼らも全員が納得してくれるレベルの発見だから、もし君がそういった異世界のプロだったとしても十全だ。


 ふむ、わからないか。そうだろう、そうだろう! 何せ異世界へ行く方法は私が発見したのだからな。それをこうして伝授しようとしているのだから、君はもう少し私に感謝してもいいんじゃないか?


 馬鹿馬鹿しい? 私から言わせてもらえば、そういった安直な否定こそ最も馬鹿馬鹿しいものだと思うけどね。


 正解を教えて欲しい? そうだな、そろそろいいだろう。いつまでも引っ張っていると意地の悪い奴だと思われかねない。正解はそれだ。それだよ、それ。君が持っているものだよ。


 え? どれかわからない? 嘘を吐くなって? いやいや、君の耳にぶら下がっているじゃないか。君の耳に掛かっているイヤーフォンだよ。


 もっと正確に言えばイヤーフォンに付いているシリコンになる。君だって経験したことあるだろう? ふとしたときにイヤーフォンが外れて、その拍子にシリコンまで外れてしまうことが。そして、地面や床に落としたことがあるだろう?


 そのとき、まともに見つけ出せた試しはあるかい? うむ、ほとんどないだろう。何故ってイヤーフォンの先に付いているシリコンこそが世界で一番異世界に飛んでいっているものだからね。


 ごく稀に他の物質でも行けるみたいだけれど、そうした実例はほとんどない。でも、イヤーフォンの先についたシリコンだけはほとんどの確率で異世界に飛ばされるんだ。


 実のところ、原理はよくわかっていない。どうやら環境が大きく関係しているみたいなんだけれど、解明には至っていない。


 何だって? 何を言っているんだ君は? 私は最初から人間が異世界に行くとは行っていないぞ。え? ライトノベルや漫画では人間が異世界に行くだって? フン! それこそ夢物語だよ。人間が異世界に行けるわけないじゃないか。行けるのはイヤーフォンの先についたシリコンだけだよ。


 あっ、おい、待て! 何処に行く! まだ私の話は終わっていないぞ! まだイヤーフォンの先に付いているシリコンが異世界へ行った事例を紹介していないじゃないか。それではまだこの発見のすべてを知ったことにはならないぞ。おい、戻ってこいって!


 対策方法も話していないじゃないか。もし、君のイヤーフォンの先に付いているシリコンが異世界に行ったらどうするつもりだ? 固いプラスチックの気持ちの悪い感触のまま音楽を聴くつもりなのか!?


 おい、待てって! 


 待てってば!


 待ってくれよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界で一番異世界に飛ばされるもの 鉛風船 @namari_kazakhne

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ