第184話 愛の戦士 ランスロット

 らえた猫の話を聞いてやった。長い話ではあったが、退屈しのぎにはなった。


 畑に放置された案山子かかしに命を吹き込み、人間を殺せという指令だけをインプットし野に放ったのは、他でもない魔王であった甘王自身だ。


 藁を使って増殖ぞうしょくする能力も与えておいたから、小さな島国なら一年もしないうちに住民を殲滅せんめつできると高を括っていたが、逆に殲滅されてしまった。


 九王バド・マーディガンの仕業だと思っていたが、どうやら猫とその仲間の手によるものだったらしい。


「なるほど、なかなかに面白い話ではあった。懐かしくもあるしな。で、それと今の主の状況に、どういった関連があるのだろうな」


 ゴミ捨て場に捨ててあった鳥かごを利用して、自宅の脱衣所に簡単な罠を仕掛けた。お風呂場にいると、誰かにのぞかれているような気がするとイ・モウトゥが怖がっていた。念の為に罠を仕掛けておいたら、案の定、助平猫すけべねこが罠にかかった。餌替えさがわりに仕掛けたのはイ・モウトゥの脱ぎたて下着だ。言い逃れはできない。


「よもや真・魔王城で取り交わした条約を忘れたわけではあるまい。オ・カァサン及びイ・モウトゥに手を出そうとしたら、問答無用で去勢する。おぬしは勿論、お主の出来損ないの弟子である光の愚者も了承したことだ。言い訳は認めんぞ」


 おりの中で白猫がフゴー、グルルル~と喉を鳴らした。


虚勢きょせいを張っても去勢きょせいは決定じゃおろか者。その檻には魔封じの呪言じゅごんが彫り込んである。術が使えなければ主はただの飼い猫に過ぎぬ。諦めよ」


 針を使って、細い鉄格子てつごうしに魔封じの呪言を刻んだ。出来上がるまでに一週間も掛けた労作だ。


「心配せずとも手術代は主の阿呆弟子に請求する。檻の中でゆっくりと回想にふけるとよい」


 暴れまくる猫を後目に、罠を仕掛けた脱衣所から出て自室に戻った。これからスマホで阿呆勇者に連絡し、ねちねちと文句を垂れて手術代を請求する。考えただけで顔がニヤけてくる。


「まぁ、そんなところでどうしたのランちゃん。かわいそうに」


 階下から声がした。オ・カァサンだ。いつもより帰りが早い。


「今出してあげるからねランちゃん。隆、あんたなの?こんないたずらしたの」


「出すな。そやつは猫じゃない。敵だ。逃がすな」


 怒鳴りながら階段を駆け下りたが、遅かった。


「くそっ。わしとしたことが・・・・・」


 今になって気がついた。今朝出かける際に、今日は早く帰るとオ・カァサンは言っていた。白猫はその言葉を聞いて知っていた。捕らえられ、自力での脱出が不可能だと判断した猫は、オ・カァサンによる救出に一縷いちるの望みを託したのだろう。やたらと長い昔話は、オ・カァサンが帰宅するまでの時間かせぎに過ぎなかったのだ。


 檻から出た白猫が、目を細めて体をオ・カァサンにこすりつけていた。


「まぁまぁランちゃんたら。よっぽど怖かったのね」


 そりゃあ怖かったろう。だがここまでだった。白猫は二度と罠にはかからない。


 左右異なる色をした目を見開き、白猫がこちらを見据みすえる。毛を逆立て、臨戦態勢りんせんたいせいだ。


「ふん。せいぜいオ・カァサンに感謝することだな、三賢者が一人、剣聖ランスロットよ」


 猫の体から殺気が消えた。むしろその方が不気味だった。紆余曲折うよきょくせつを経て、同じ屋根の下で暮らすようにはなったが、所詮しょせんは敵同士、決して相容あいいれぬ存在なのだ。

 音も無く床に降り立つと、猫は廊下を走り窓から外へと姿を消した。仕方ない。明日職場で南条を見つけたら、猫の不始末ふしまつを責め立ててやろう。


 とりあえず今日は、夕飯食べてアニメ見て寝る。呪言を彫る作業のせいで、しばらく十分な睡眠を取っていなかったから、今はもうとにかく眠くて仕方がなかった。


                                 完

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