第181話 五連邪

 不意に背後から突き飛ばされ、地面に叩きつけられた。ランスロットが立っていた空間を、別の案山子かかしの鎌がいでいく。

「油断するな」


 耳元で聞き慣れた声がした。公孫翔だ。


「一体ではないぞ。気を引き締めろ」


 不条理ふじょうりさの余り、理性を忘れて燃える案山子に見入ってしまっていた。公孫翔がいなければ、今頃ランスロットの首は地に落ちていたはずだ。


 剣を杖替わりにして立ち上がった。松明は次々と灯されたようで、広場は昼間のように明るい。


「馬鹿な」


 炎に照らされた広場の惨状さんじょうを見て愕然がくぜんとした。公孫翔が雇ったニ百人に近い剣客は、その大半が首をねられ大地に転がっていた。


 広場の中央に向かって、三十体ほどの化け物案山子がゆらゆらと移動を続けている。案山子どもの歩みは酷くにぶいのに、人間を感知すると途端とたんに速度を上げる。宙を舞うようにね、腕から生えた鎌の刃でいとも簡単に人間の首を落としていく。


「行けるか?」


 案山子を見据みすえながら公孫翔がたずねる。無事かとは訊ねず、行けるかと訊ねられた。この化け物どもを相手に、逃げ出さずに戦う勇気はあるか?そう訊かれている。


 こたえず、左足を前に踏み出した。下手に返事をして、声が震えていたら恰好かっこうがつかない。


「本体がいるはずだ。そいつを叩く。援護えんごしてくれ」


 浅く腰を落とした公孫翔の身体から気が立ち上る。何かをするつもりだ。

 公孫翔が体内に貯めている気に触発しょくはつされたように、案山子三体が襲い掛かってきた。踏み出し剣を振るい撃ち落とした。行ける。自分の剣技はこの化け物どもにも十分対抗できる。


っ!」


 気合と共に公孫翔の身体が分裂した。一人が二人になり、さらに分裂が続く。


五神ごしん五聖獣ごせいじゅう五連邪ごれんじゃの術」


 公孫翔が五人に増えていた。敵も異常なら味方も異様だ。


「五つ子か?」


 問いかけた一番左側の公孫翔が不適ふてきな笑いを浮かべる。


「ええっと、どれが本物なんだ?というか、指揮は誰がるんだ?」


「全員本物だ。一応、赤が指揮を執る」


「どれが赤だよ」


「来たぞ。迎え撃て」


 左から二番目の公孫翔が前方を指差す。二体の案山子が近づいて来る。


 五人の公孫翔が同時に動き、接近する案山子の片方に襲い掛かる。


「あ、五人で一人を攻撃するのね」


 五人の攻撃にさらされた案山子は一瞬にしてバラバラにされた。卑怯な気もするが威力は凄まじい。


 気が抜けた。だが悪いことではない。敵は数でも力でも勝っている。怯えて動きが鈍るよりは全然マシだ。


 襲い来る鎌の斬撃を防ぎ案山子の胴を両断した。案山子どもは執拗しつようなまでに首を狙って斬りつけてくる。攻撃としては単調だから、生残った剣客たちは対応し始めている。


 公孫翔は本体を探せと言っていた。だが案山子どもは皆同じ姿形をしていて区別がつかない。


 松明の炎の灯りのせいで、更に闇が深くなった森への入り口から、一体の案山子が現れた。酒にでも酔ったような覚束おぼつかない足取りで広場に向かって歩く案山子の背後から、さらに四体。そして更にその後から七体の案山子が姿を見せた。


「冗談だろう」


 呻きにも似た声が口から洩れた。深淵しんえんの入口のような森の奥から、案山子どもは次々に沸いて出てくる。その数は増え続け、四百人規模の一個中隊を超える数にまで達していた。


 案山子どもは森への入口をふさぐように立ち尽くし、ゆらゆらと風に揺られている。やがて、最初に現れた一体がのろのろと動き出し、広場の中ほどで立ち止まった。


 布が避ける音と共に、頭をした頭陀袋が裂けて口が現れた。


「ニゲルモノは追わない。ハムカウモノは殺す」


 藁のはみ出た右手を突き出し、森の反対側、街へと続く道を指差し、同じ言葉を吐き続ける。


 剣客の中の一人が、街道への出口に向けて走り出した。四人ほどが後を追う。


 五人の姿が闇に呑まれた。追従ついじゅうする者は出ない。


 案山子が指差した出口から、逃げ出した五人の首が転がり出てきた。出口の先の闇の中から、数十体の案山子が姿を現す。


「ニゲルモノは殺す。ハムカウモノも殺す」


 中央に立つ案山子がけたたましい声で笑い出した。それに釣られて、他の案山子どもまで笑い出す。


 中央の案山子目掛けて黒い影が疾走しっそうする。影は五つに別れ、笑い狂う案山子を文字通り八つ裂きにした。


「これも傀儡くぐつか」


 公孫翔だった。敵の本体を見極めようとしている。


 五百体を超える案山子どもが動き始めた。中央にいる公孫翔に向かって十数体が宙を跳ぶ。


 公孫翔に向かって駆けた。群がる案山子どもを斬り伏せ、五人の公孫翔と共に円陣を組んだ。


「囲まれたぜ。策はあるのか?」


 背後にいる公孫翔に声をかける。背中を他人に預けるのは初めてだが、不思議と不安は無い。


「私とお前で、一匹残らず始末する。それでよかろう」


 五人の公孫翔の中のひとりが気楽に答えた。確かにその通りだ。


「ランスロット」


「なんだ?」


「これが終わったら酒をおごる。いくらでも飲め」


「公孫翔」


「なにか」


「死ぬなよ」


 それを合図に敵に向かって駆けた。密集する案山子どもに斬り込み、片っ端から斬り倒す。

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