第180話 藁の使者

 バロムワンから兆京までは、陸路りくろで三日、そこから船に乗り込み二日ほどかかるらしい。公孫翔がつど剣客けんきゃくの一人として、ランスロットは公孫翔に同行し兆京を目指した。


 行く先々で、公孫翔は剣客を募集していたらしく、兆京の首都、瑞蘭ずいらんには、二百人ほどの剣客が待機していた。いずれも公孫翔が認めた腕自慢だけあって、一癖も二癖もありそうな連中ばかりだった。


 瑞蘭から船に乗り込み、七日ほどかけて山間の小さな村へ辿り着いた。兆京の正規軍は近隣の町に駐屯ちゅうとんしていて、末端のこの村にまでは手が回らないらしい。軍の上層部は信じてはくれなかったらしいが、公孫翔は次に敵が襲うのはこの村だと確信していた。


 川の多い、緑豊かな村だった。牛を使って田畑を耕し、水車を使って米粉を作る。米の飯はどうにも口に合わなかったが、米粉から作る餅は好きになった。


 バロムワンからこの村に来たのは、公孫翔とランスロット、それに公孫翔が各地で見つけてきたという剣客たちだった。バドとコムギを同伴できなかったこを、公孫翔はひどく悔やんでいた。バドは一言、ことわりが異なるゲームでは遊べないと言い残して酒場を後にした。


 新月まであと三日ほどあった。敵が来なければやることはない。稲と野菜と川魚しかない田舎の村だから、ランスロットは一日で退屈してしまった。


川のほとりで釣りをしている男の子を見かけた。


住民の大半は村に残っているが、子供だけは軍のいる近隣の街へ避難させたはずだ。


「何か釣れたか?」


 麦わらでんだ帽子が左右に揺れた。何も釣れてないらしい。


「どうして逃げない?」


 小僧が肩をすくめる。返事はしないが声は聞こえているらしい。


 仕方なく小僧の隣に座り、川の流れを無言でながめていた。


「にいちゃんは何しにここに来たんだ?」


 声変わり前なのか、小僧が甲高かんだかい声を上げた。


「おれは雇われてここに来た。お化け退治の為にな」


「そうか。じゃあ一緒だ。おれもお化け退治に来たんだ」


 麦わらが隠している小僧の顔を見た。どう見ても十ニ、三才にしか見えない。


「東の大陸はよほど人材が不足してるようだ。おっさんの次が小僧か」


 おそらく誰かの従者なのだろう。真っ黒に日焼けはしているものの、貧相な体つきをしている。


「あんまり強そうに見えないけど、兄ちゃんは強いのか?お化けは怖いぞ」


 怒るより笑ってしまった。真っ白い歯を見せて、小僧も一緒に笑い出す。


「そう言われると自信がないな。坊主、もし、おれが殺されそうになったら助けてくれるか?」


「こっちの都合にもよるね。おれも死にたくないしさ」


「そうか。じゃあ約束だ。お互い余裕があったら助け合う。これでどうだ?」


「なんかおれの方が分が悪いけど、まぁそれでいいよ。兄ちゃん、いい人みたいだからな」


「助かる。約束したんだ。名前を教えてくれ」


「オヅヌ。エンノオヅヌだ。兄ちゃんは?」


「ランスロットだ。よろしくな、オヅヌ」


 オヅヌを残して、公孫翔が用意してくれた寝床に戻った。実戦に出てくることはないだろうが、もし戦闘中にオヅヌを見かけたら、助けてやらなければならない。



 新月の晩が来た。敵を誘い込む為、村の灯りはいつもと同じ状態にした。


 南から風が流れ込み、闇の中でサワサワと稲穂いなほが揺れていた。


 気配で目が覚めた。有るか無しかの気配。人や獣が放つ殺気とは別の違和感を感じた。


 寝床から這い出て、剣を手にして村の中央にある広場へと向かった。星も見えない新月の晩だ。辺りは墨でも流し込んだような闇に包まれている。


 闇の中、広場には人が集まっていた。僅かな異変を察知して広場に集って来たのなら、手練れを揃えたという公孫翔の言葉に嘘は無かったということだ。


 秋の風が稲穂を揺らす音だけが聞こえてくる。広場に集う者たち誰一人として声を上げない。騒がしくて眠れないほどに泣いていた虫や蛙の鳴き声もぴたりと止んでいた。


 闇に眼が慣れてきた頃、広場の端にいた者の首がぽとりと落ちた。その隣と、その後にいた者の首が続いて落ちる。首が落ちた体は、糸の切れた人形のように音もなくその場に崩れていく。


 首筋に風を感じた。剣を抜く余裕は無かった。


 闇の中、金属音と同時に火花が散った。敵の斬撃を、手にした剣のつかで防いでいた。


「敵襲だ。備えろ!」


 叫ぶと同時に剣を抜いた。闇に魅せられていたように立ち尽くしていた剣客たちが慌ただしく動き始める。


 ランスロットは広場中央に据え置かれた松明たいまつに向かった。松明には多量の油が染み込ませてあり、僅かな種火たねびでも瞬時に燃え上がる。同様の松明は広場の至る所にあり、襲撃を受けたらすぐに火をつける手筈てはずとなっていた。


 すでに三人ほどが、松明に火を付けようとしていた。だがランスロットの目の前で、三人の首は呆気なく地に落ちた。


 種火となる火打石ひうちいしを手にした。種火を付けるには両手を使わなければならない。その隙が危ない。


 再び風を感じた。だが今度は対応できた。火打石を宙に投げ上げると同時に剣を振るった。


 襲撃者を切り裂いた剣が宙を落ちる火打石を砕き、火花を散らした。ランスロットの背後で松明が勢いよく燃え上がり始める。


 燃え上がった炎は、闇を切り裂いて視界を開いた。今しがた自分が斬り落とした敵に目を向けた。


 二つに切り裂かれて転がっていたものを目にして言葉を失った。視界から入ってきた情報を、脳がうまく認識してくれない。


 踏み固められた広場の土の上に転がっていたのは、わらを布切れでいい加減に巻いたものに、頭陀袋ずだぶくろで頭を作って被せただけの案山子かかしだった。


 切り裂かれた案山子は、まだ動いていた。足掻あがくように身をよじり、腕の部分に無理やりねじ込んで取り付けたような鎌の刃を振り回し続けている。


 顔の部分に当たる頭陀袋の縫い目が破れ、口ができた。ぱっくりと開いた口から、耳を覆うほどの絶叫がほとばしった。


「イタイ、イタイ、イタイ。タスケテ、オネガイタスケテ、コロサナイデ」


 切断面から藁くずを撒き散らしながら案山子が叫ぶ。躊躇ちゅうしょなく人の首を斬り落とした化け物が命乞いをするとは、悪い冗談にもほどがある。


 命乞いをする案山子を蹴り飛ばし、燃え盛る松明に叩き込んだ。瞬く間に藁は燃え上がり、化け物案山子は断末魔だんまつまの悲鳴を上げながら動きを止めた。

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