第179話 コムギ
半年ほど前、
向かった警ら隊が目にしたのは、一夜にして
他国の軍の
野盗の仕業としても、これだけの村人を一度に殲滅できるほどの規模の賊は確認されていないし、何より
野犬や魔獣に喰い荒らされてはいたが、村人の遺体はどれも
翌月、別の村が襲われた。前月の惨劇が、そっくりそのまま場所を変えて再現されていた。だが規模が異なった。村での犠牲者は500人を超えた。
鋭い刃物で首筋を切断し、先端の尖った槍状のもので心臓を一突き。家畜の処理でもするように、
次の月もその次も、襲撃は続いた。襲撃の度に犠牲者の数は増え、自警団に守られた村も襲われた。
「私の友人が指揮する自警団でした。並みの野盗相手なら、十数人を瞬時に斬り伏せる腕を持った男なのですが」
「で、おれにどうしろっていうんだ?」
退屈そうにバドが返す。
襲撃は決まって新月の暗闇に乗じて行われる。次の新月まで半月
「襲撃者は軍の駐屯する村を避けています。軍がいない村に
それで強い者を探していたのか。兆京とかいう島国はよほど人材が不足しているようだ。
「おれをその手練れの中に放り込むつもりか?誰に何を吹き込まれたのかは知らんが、おれ、弱いぞ」
「九王様には
バドの眼が鋭さを
「何の見極めだ?もう答えは解ってるんだろう?」
「認めたくありません」
「認めなくても現実は変わらん。だったら口に出してみたらどうだ?魔王が復活したとな」
魔王。開いた口が
「馬鹿馬鹿しい」
口に出し、笑ってしまった。それでも王を名乗る男は素知らぬ顔をして安酒を飲んでいる。
殺す気は無かった。だが自然に剣に腕が伸びた。手加減するつもりでいたのに、引き抜いた剣は凄まじい殺気を帯びてバドの首へと走った。
ただの酔っぱらい相手に本気の一撃を繰り出してしまった後悔と、降りかかってくるはずの男の生温い
だが、そうはならなかった。重い金属音と共にランスロットの剣は
予備動作なく抜き打ちで放った斬撃を弾く為には、ランスロットの剣撃を
喉に喰いこむ刃の痛みに気づいて視線を下に向けた。酒場の薄暗い灯りの中でさえ、鮮やかに光り輝く豊かな金色の毛髪が目に
「コムギ、殺すな」
何事も無かったような口調でバドが少女を
もぞもぞと少女の体が動き、ランスロットの喉を刺す刃の圧力が消えた。少女が手にしていたのは、肉を切る際に使う先端が
恐怖は遅れてきた。足が
「化物か」
剣を持つ手が震えていた。剣での闘いで打ち負かされたのは初めてのことだった。それ以前に、コムギと呼ばれた少女は剣すら手にしていない。
「あ、泣かした」
バドが
「えっ?」
「おまえ、年頃の女の子に化物とか言うなよ、
「あ、いや、すまん」
ランスロットとバドを交互に見ながら、コムギは何度も
「いや、その、化物っていうのは、きみの剣技が凄いってことで、別にきみが化物ってことじゃなくって、いや、確かに化物じみていたけど」
「また化物って言ったな。コムギ、こいつ殺していいぞ」
殺される。コムギは肉眼では
コムギを刺激しないよう、ゆっくりとテーブルの
「わたしの
コムギの前で膝を着き、テーブルの端に
「あなたのように若く
ぽかんと口を開いたまま、コムギはランスロットの差し出す花を見つめている。
「いや、やはりわたしは間違ってなどいない。あなたは化物だ。これほどに美しい人間がこの世界に存在するはずがない」
口から出まかせを言っているわけではない。
「わたしはあなたの奴隷です。あなたこそ我が生涯において唯一無二の女性。その美しさの前では美の女神たちも顔を伏せるに違いない」
氷のように青く
「かようなみすぼらしい花しかお渡しできないわたしをお笑い下さい。次にお目通りする機会をいただけたなら、あなたの為にこの町を埋め尽くすほどの花々を用意いたしましょう」
コムギの
「花ひとつで尻尾振りやがって。安い女だなお前」
つまらなそうにそっぽを向いたバドを気にもせず、コムギは手にした花をいつまでも見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます