第177話 城壁
二年が過ぎたころ、盗賊の首領の居所を突き止めた。驚いたことに、男は首都の城下で腕のいい医者として暮らしていた。妻と子があるというから、アイリエッタと共に暮らしているものとばかり思っていたが、妻は見知らぬ女だった。
逃げる男を
男の顔を見た
「敵を目の前にしてうれしいか?」
「すまん。笑ったのはお前の面のせいだ。人の好みにケチをつける気はないが、アイリエッタは男の趣味が悪い」
身の丈が高く、母譲りの豊かな金髪を持つランスロットは、12を過ぎたころから女に不自由したことがない。それに比べ、男は背が低く髪の毛もまばらで、山にすむ猿に似ていた。
「気の毒だが、その猿ヅラを斬り落とす。妻と子に言い残すことはあるか?」
ランスロットの言葉を無視して、男は腰から刀を抜いた。中央が
ランスロット目掛けて、男は一直線に突進してきた。駆け引きも何もない
ランスロットの剣が男の喉首へと
男の身体が沈んだ。毛髪を巻き上げ、ランスロットの剣が男の頭上を
完全に
がら空きになったランスロットの胴体
「くっ!」
剣を投げ捨て、男の身体を
「いい顔になったじゃねぇか」
振り返ったランスロットの顔を見て男が笑みを浮かべた。顔に触れると、鼻は折れ曲がり、右の
「痛いな。血も出てる」
鼻をつまむと、ねっとりとした血が噴き出してきた。戦闘でこれほどのダメージを受けたのは初めてだった。
「奇妙な動きだった。実戦で
答えず男が距離を詰める。呼吸を整えようと時間稼ぎをしているとでも思ったのだろう。
先ほどと同じ低い体勢から男が刀を突きだす。躱したランスロットの首筋目掛けて横薙ぎに二撃目が飛んできた。男は一本の
すれ違いざまに、男の手首の動脈を切断した。止血しなければ90秒で意識を失い死に
「面白い技だった。それだけだがな」
心臓の鼓動に合わせて男の出血は続いている。再び攻撃を仕掛けてきたら、その瞬間に男の首を
「止血しろ。死ぬことはない」
男の眉が僅かに動く。
「殺さないというのか?」
「殺さない。面白かったし、この顔じゃ俺が勝ったって言ったって誰も信じちゃくれないからな」
折れた鼻を
石床に
「あの女はどこにいる?」
「知らぬ。あれ以来会ってはいない」
父を殺し、居城に火を放ったとき以来ということだろう。
「いい仲だったんだろう?どうして離れた。飽きたのか?」
「そんな仲じゃない。あれは、目的の為以外には誰にも指一本触れさせはしない。そういう女だ」
目的の為なら誰とでも寝るということだ。獄卒の薄汚いじじいの顔が浮かぶ。
「だったらどうして
止血をしながら男が笑う。
「盗むほどの金など無かったよ。あの燭台もまがい物だ。うまい具合に騙されたな国王に」
なるほど。売らなかったんじゃない。売れなかったのだ。
「彼女が
「憐れ?どんな作り話を聞かされたか知らないが、あの女の逆恨みだ」
止血を終えた男が立ち上がり、城壁の縁で止まった。
「なるほど。聞きしに勝る使い手だが、女の気持ちも解らぬガキか。気の毒だ」
城壁に城兵たちが姿を見せ始めた。貴族を襲った賊だ。捕まれば家族もろとも縛り首だろう。
「逃げないのか?」
問いはしたが答えは分かっていた。男の気に揺るぎはない。ランスロットは男に背を向けた。
「妻と子はどうする?助けてやろうか?」
「賊と知って俺と暮らした女だ。
「そうか。すまなかったな。いつか酒を
振り返ったが
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