第168話 顛末

「いま何て言った?」


「えっ、別に」


「いや、今言ったことをもう一度言ってくれないか?」


「いやよ、面倒めんどくさい」


 助手席に顔を向けると、ソフィは頬杖ほおづえをついて窓の外を眺めている。


「ドッグイーターを川に捨てて来た。そう言わなかったか?」


「言わない」


「それならいい。安心した」


 今度は返事もしない。トラブルメーカーだとは聞いていたが、これほどだとは思わなかった。ある意味、シェイプシフター共より性質が悪い。


「メンテナンスに出すからドッグイーターは回収する。渡してくれ」


 差し出した手を見もせずに、今度は中指を突き立ててきた。


「ドッグイーターのメンテナンスは素人じゃ無理だ。解ってるだろう」


 声のトーンを落としてゆっくりと語り掛けた。ぐずっている子供を相手にするような気分だ。


 ドッグイーターの銃身はナノマシンで構成されている。弾丸の形状を感知すると、瞬時にナノマシンが配列を変え、銃身の口径を変化ささせる。マイクロコンピューターでナノマシンを制御するドッグイーターにとって、定期メンテナンスは必須だ。


 窓の外を見ていたソフィが顔を向けてきた。うれしそうに笑っている。


「うふ~ん」


 笑っていると本当に子どものように見える。それでもソフィは、組織で5本の指に入るハンターだ。


「こんどアイスおごってあげる」


 だまってうなずいた。アイスなど欲しくも無い。だがそれを口にすれば否応なしに現実と向き合わなければならない。


おごる必要などない。安月給だが喰いたいものくらいは自分で買える。それよりドッグイーターだ。渡してくれ」


「あれっていくらするの?百万円くらい?」


「開発費をふくめば、最新型の戦闘機が買える」


「へぇ~凄いんだね。でもさでもさ、わたしたちみたいな超一流のハンターって、お金じゃ買えないじゃない?そういう意味でいうならさ」


 急ブレーキを踏んで軽トラを止めた。後を走っていた車が激しくクラクションを鳴らしたが気にも留めなかった。


「本当に、本気で捨てて来たのか、ドッグイーターを」


「仕方なかったの。捨てなきゃわたしが川に落ちてたんだよ。冷たいし、絶対臭いよあの川」


「世界に三丁しかない銃だぞ。それをよりによってどぶ川に投げ捨ててきただなんて」


「知らないわよ、そんなこと。だってあいつが捨てろって言ったんだもん。捨てないと助からないっていわれたの」


 頬をふくらませてソフィが反論する。あいつというのは、橋の上でソフィを助けたというスーツ姿の男のことだろう。


「あの男がそう言ったのか。そして言われたままに捨てたのか」


「じゃあどうすればいいのよ。わたしが落ちたら、あれも一緒に川の中だよ。選択としては間違ってないよ絶対」


「ドッグイーターをあの男に渡す。もしくは橋の上に投げる。そのあとに、男の手を借りて這い上がる。それだけのことだろう」


「あっ!」


 あっ!じゃない。ドッグイーターの構造はトップシークレットだ。第三者の手に渡りでもしたら偉いことになる。


 大きく溜息を吐き、軽トラを発車させた。まず官公庁に連絡し、河川を捜索する許可を得なければならない。その後、ダイバーをやとい、川底を検索する。幸いなことにドッグイーターにはGPSが組み込まれている。川底の泥の中にでもない限り位置は特定できるだろう。それでもダメなら、発見されるまで川底の泥をすくわなければならない。


「金太郎、怒ってる?」


 おもねるなら人の名前くらい覚えてからにしろと怒鳴りたくなるのを必死でこらえた。この先しばらくは、否応無しに顔を突き合わせなけらばならない相手だ。


「大丈夫だ。ちょっと面倒なことになったというだけの話だ」


「怒ってはいないのね」


「怒ってるさ。だが大したことじゃない。イラっとしたとか腹が立ったとか、その程度のレベルだ」


「ふ~ん、良かった。じゃあさ、ドッグイーター回収したら、今度は真っ赤に塗り直してくれない?わたしのラッキーカラー、今月赤だっていうから。あ、もし来月までかかるようなら、またわたしに相談してくれる?来月のラッキーカラー教えてあげる」


 れている。ハンターどもは大抵こんなものだ。そうでなければ、人外の化物どもと闘えはしない。一般常識とか社会通念、礼儀などをわきまえている者などひとりもいない。なぜなら、化物を狩る者もまた化物だからだ。


 判ってはいるが、正直言ってやってられない。軽トラを運転しながら、茅葉恭司かやばきょうじは二年間止めていた煙草に手を出すべきかどうか、真剣に考え始めた。

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