第161話 覚悟

 ドウの喉から咆哮ほうこうが噴きあがる。


「うわっすご。やる気まんまんなんだ。ねぇ、がっつく男ってモテないよ。あっ、性別的には女の子なんだっけ?」


 返事は無い。敵と認識した者、攻撃を仕掛けて来た相手を問答無用で迎撃げいげきする。おそらくドウはそうプログラムされている。


「じゃあ続きを始めちゃおっか。全身万遍まんべんなく切り刻めばいいのかな。それって朝までかかったりしない?」


 焼け焦げた皮膚も、焼失したはずの体毛も全て再生してた。異様に伸びた体毛に覆われたその姿は、人というより獣に近い。映画で見たことがある狼男が確かこんな姿をしていた。


 四足歩行の獣が敵を威嚇いかくする様に、ドウの体が前傾ぜんけいしていく。完全に床に這いつくばる寸前、ドウの身体がチャオに向かって動いた。


 距離を取る為にバックステップし、戦鎌を振りかぶる。狙うのなら首だ。一瞬にして首を斬り飛ばさない限り、ドウは何度でも再生する。


 床すれすれに移動するドウの速度を読んだ。スピードでは負けていない。タイミングさえ計れれば首を飛ばすのは簡単だ。


 すくい上げるように鎌の刃をふるい、ドウの首を狙った。床とドウの首の隙間に入り込んだ刃を支点にして、突進するドウをかわしながら宙へ飛んだ。刃はドウの首に掛かっている。このまま一気に首を斬り落とす。  


 戦鎌の刃が動かなかった。首に掛かっていたはずの刃を、ドウの牙が捉えていた。


 刃をくわえたまま、ドウが激しく首を振る。ささえるもののない空中で、チャオの体が左右に激しく揺れた。戦鎌の柄から手を放し、揺れにあわせて跳んだ。武器を奪われたが、取り返せばいいだけの話だ。


 着地して体勢をととのえた瞬間、強い衝撃を受けて飛ばされた。ドウとの距離は十分で、追撃を受ける危険性は無かったはずなのに、見えない壁にでも叩きつけられたような衝撃に襲われた。


 何が起きたのかはすぐに解った。チャオの目の前に、赤く輝く梵字が浮かび上がった。防御魔法だ。防御魔法を発動させ、シールドをチャオに向けて叩きつけてきたのだ。


「痛いし。これって使い方的に間違ってない?」


 軽口をたたいてみたが、ダメージは深刻だった。内臓を痛めたのか、咳と共に大量の血痰けったんを吐き出した。


 唇を拭い顔を上げると、ドウが口に咥えた戦鎌の刃をばりばりと噛砕かみくだいていた。クロムとタングステンを含んだ最高の硬度を誇る鋼を、噛砕き咀嚼そしゃくし飲み込んでいる。


 チャオ目掛けてドウが突進してくる。素手でドウを相手にする技術など、さすがに持ち合わせてはいない。


 渾身こんしんの力を振り絞って、チャオは走った。逃げるのではなく、突進してくるドウに向けて走った。


 ドウの腕がチャオに向かってはしる。禍々まがまがしいほどに伸びた指の爪が一直線にチャオの喉を突いてくる。速度とパワーに任せたシンプルな攻撃だが、喰らえば一撃でチャオの命を消し去る破壊力を有していた。


「ゾゥリム ゼナドゥリム、フォルスレイナグィ」


 走りながら呪文を詠唱えいしょうした。失敗すればドウの餌食えじきだ。


 チャオの右脇に異空間が発生した。氷のように青ざめた空間の亀裂きれつに右手を突っ込み、手にした得物えものを一気に引き出した。


 アポート。異空間を通して物質を引き寄せる能力だ。使いれている戦鎌ならいつでも引き出せるが、それ以外の武器を引き出す精度せいどは決して高くはない。引き出した武器がはずれなら、チャオは死ぬ。


 引き出したのは、刃先が先端せんたんに行くほど幅広はばひろになるアダという名で知られるロングソードだった。片手で扱えるうえに、なたのように叩きつけて斬ることができる。得物としては大当たりだ。


 ドウの爪がチャオの喉に喰い込んでいく。だがチャオの剣先もドウの首を捉えていた。喉をつらぬかれても首を落とす。当たり前のように決意が固まった。以前のチャオなら有り得ない選択だ。相打ちでも構わないから敵を倒したいなどと考えている自分を、チャオは他人事のように感じていた。相手を一方的にいたぶり、屈辱くつじょくを味合わせて勝つ。これこそが最高の喜びだったはずなのに、一体いつから自分は戦闘自体を楽しもうと思い始めたのだろう?


 脳裏のうりに浮かんだのは、新宿の路地裏で対峙したあの人間の顔だった。油断していたとはいえ、チャオの喉首にナイフを突き付け、殺されたくはないから、きみが死ねと言い放った男。喜びもなければ怒りもなく、淡々たんたんとチャオを殺そうとしたあの男。今でも時折ときおり夢の中に現れては、チャオに屈辱と憎悪を思い起こさせるあの男を殺すその瞬間まで、常に戦闘力をみがき続けていかねばならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る