第108話 軽佻浮薄
車を降りた瞬間から、腹の底にまで響く重低音を感じる。
元々は
7㎝のピンヒールを
助手席から降りたミカは、辺りを
今日のミカは黒髪だ。正体を隠しているから、顔の造作も変えている。
「ミカ、こっち」
ミカの手を引き、エントランスに向かう。入場待ちの行列など当然無視する。クラブセキュリティが現れたが、チャオの顔を見ると黙って道を開けた。
「チップはいらないのか?」
ミカが耳元で
「わたしからチップを受け取るやつなんていない」
チャオが微笑むと、筋骨
「小僧犬は?」
セキュリィの一人に
「エグゼクティブフロアにいらっしゃいます。お越しになったことをお伝えします」
「いいよ、そんなの。驚く顔が見たいから内緒にして」
「あとで私が
セキュリティの頬に、チャオはそっと指を
「そのときはあいつを殺して。あとのことは面倒見てあげるから」
チャオの爪が男の頬を
光と音が
後を歩くミカは、
エレベーターに乗りこみ、エクゼクティブルームのある3階で降りる。フロアとは異なり、
ドアの前に
「待って。許可がないとダメ」
赤い髪を持つ男が腕を突き出してチャオを止める。連れの金髪はレシーバーで誰かと会話している。
エントランスのクラブセキュリティとは違い、この二人はチャオを見ても動じない。
レシーバーから耳を離した金髪が赤髪に異国の言葉で何かを告げると、赤髪は肩を
「約束のない人、会わない。お帰り下さい」
体が熱を帯びていく。この二人は日本人の男女など警戒にすら値しないと高を
二秒以内に素手で殺す。そう決めた。赤毛の喉を爪で切り裂き、蹴りで金髪の首の骨を叩き折る。動きの
「申し訳ないが」
踏み出そうとしたチャオを制して、ミカが男たちの前に立った。
「日本語、苦手。お帰り下さい」
赤毛がジャケットの内側に
「ドアを開けろ」
静かにミカが告げると、男たちの顔から薄ら笑いが消えた。
金髪がドアを開ける。赤毛は
「ありがとう。いい店だね、ここ」
赤毛の頬を
いつ術が発動したのか判らなかった。
部屋の中には、20人ほどの人間がいた。
「いなかっぺ大王ですか。懐かしい」
ミカの方が先に反応した。昭和に関しては、ミカの方がはるかに詳しい。
「ブルーレイボックスを買ったんで、みんなで楽しんでるんですよ」
振り返りもせず小僧犬が返す。そもそもミカと小僧犬は
「楽しんでる?そうは見えないけど」
コンビニくらいは営業できそうな広さの部屋の中にいる連中は、モニターなどに目を向けてはいない。各々が退屈そうに自分のスマホに目を向けている。
「で、今日は何の用です?いくら取引相手だからって、プライバシーを
チャオに目も向けず小僧犬が怒鳴る。アニメの音が大きくて会話が成り立たない。
「お前のくだらない私生活を
謝罪させなければならないから喉は潰さなかったが、小僧犬の顔は赤黒く変色していく。
小僧犬が弱々しく右手を上げる。銃でも持っているのかと思ったが、手の中にあるのはモニターのリモコンだった。モニターが切り替わり、
ソファの上に投げ落とすと、小僧犬はわざとらしく盛大に咳をして見せた。
「仔犬を抱き上げるときは優しく、そっと抱き上げなきゃ。そんなんだから未だに真実の愛を見つけられないんだ」
振り返ってミカを見ると、テーブルの上のブルーレイを手に取って見ている。体面を重んじる割に、ミカの趣味はガキ臭い。
「
ソファに座る小僧犬の右肩をピンヒールで踏みつける。
「ああっ、知らない世界が窓を開けてる。こういう刺激、嫌いじゃないかも」
「仕事の話をしましょう。ええと、小僧犬さん。小僧犬って変わった名前ですね。本名ですか?」
致命的なミスをした者に対する態度ではなかった。ただミカは、いつも突然怒り出す。
「この名の
ピンヒールで小僧犬の足を踏みつけた。この男の相手をしているとキリがない。
「痛っ。人込みの多いクラブとかに行くときは、ヒール履いてきちゃダメですよ。それが常識ってもんです。
「貴様の
「だったら薬指にして。結婚指輪
怒りの余り笑みが
「チャオ」
声を掛けて来たミカは、小僧犬が再生した監視カメラの映像に目を向けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます