第107話 愚者の慟哭
人間ごときに、こうも見事に
だが現状を
光の勇者を舐めていた。勇者にあるまじきうつけ者だと思っていたが、その
「
「未だになれない。もう
向いの甘王に目もくれず、南条は食事を続けている。
「待てぬな。見苦しい。今すぐ直せ。直せぬなら、別の席に移動せよ」
「甘王くんはインターンだ。仕事中はわたしと行動を共にしてもらう」
「それは業務中の話だ。今は休憩時間。主と食事を共にする必要はないはずだ」
北東京サンツリーという、大型複合施設の中にある従業員用の食堂だった。割引価格で食事ができる上に、20回分の食券は会社が負担してくれる。
真・魔王城での会談の結果、勇者サイドは甘王の意向を無視し、強引にふたつの取り決めを決定し実行に移した。
勇者サイドの一方的な取決めなど、魔王たる自分が守る理由は無い。猫でしかないランスロットの駐留は認めても、顔を見るのも不快な南条と行動を共にするなど論外だった。それにそもそも、この世界で生きていくために南条も仕事をしなければならないはずだ。24時間監視することなどできるはずがない。
正社員として働かないかと、南条から提案された。バイトではなく、正規の社員として企業と雇用契約を結ぶことだ。雇用契約上では
「労働条件は?」
「9時から翌日の9時までの24時間勤務。9時に仕事が終わればあとは自由だ。翌日が休みならさらに時間はある。年間の休日は110日」
「お給金は?」
「基本給プラス残業手当。資格を取得すればさらに手当が出る」
「ぼーなすはどうだ?ぼーなすはさすがに出ないじゃろ?」
「入社1年目は
悪い条件ではなかった。むしろ甘王の経歴を
「条件に
「構わない。言っておくが、決して楽な仕事ではないぞ」
「笑わせおる。たかだか人間の営みなど、魔王であるワシからすれば
南条の提案に従い、甘王は警備員として北関東サンツリーで働き始めた。待遇も勤務時間も悪くはなかったが、そこに罠が仕掛けてあるとは思いもしなかった。
シフト制と聴いていたから、仕事中に南条と顔を合わせることは
「同じ勤務にしてほしいとセンター長に依頼した」
不満を漏らした甘王に、南条は平気な顔でそう言ってのけた。
「なぜそんなことをした?それでまた、どうしてそれを会社側が受け入れるのだ?」
「わたしとお前は、常に一緒にいなければならないと話した。快く同意してくれた」
「常に一緒だと?なぜじゃ。理由を聞かれたはずだ。お主は何と答えたのじゃ?」
「わたしとお前はコインの裏表。いわば
従業員食堂のテーブルで食事をしながら、南条はいとも簡単にそう言ってのけた。それを聞かされたセンター長がどう思うかなど、南条はまるで考えていない。怖ろしい男だった。
「イ・モウトゥがBLという言葉を教えてくれおった」
「BL?どういう意味だ?」
「ワシとお主の関係をな、BLと抜かしおったのよ」
出勤日に、甘王家の前で甘王が出て来るのを待っていた南条を見て、イ・モウトゥが言い出した。
「ボーイズラブの略だそうな。ボーイズラブとはな、男同士での恋愛関係を指す。つまりお主の行動は、世間にはそう
「わたしとお前が恋愛関係?何を言ってる。馬鹿馬鹿しいにも程がある」
「毎朝自宅まで迎えにきて、同じ電車で通勤する。シフト勤務であるにも係わらず、現場の責任者に毎日同じ勤務にしてくれと頼みこむ。理由を
「事実は異なるのだから構うまい。魔王が覚醒すれば、この世界全体が危機的状況に
話にならなかった。魔王である自分が言うのもなんだが、人間社会の常識が南条にはまるで通じない。
「ねぇ南条さん、ほんとマジでやめませんか?そこまでする必要ありませんよ」
甘王モードで話しかけてみても無駄だった。甘王に目も向けず、慣れない箸の扱いにてこずっている。
この場で
デザートのスイカを口にすると、甘王は思念を集中した。
「ぺっ!」
魔力を込めたスイカの種を南条に向けて吐き出した。
何事もなかったかのように、首を
「もう一度やったら首をへし折る」
箸から視線を上げ、南条が静かに告げる。
口の中にはまだスイカの種がふたつある。南条の
「あっ、お疲れ様です。お昼ご飯ですか?」
視線を南条の背後に向けた。釣られた南条は振り返る。
「ぺっぺっ!」
連続してスイカの種を吐き出した。背後に誰もいないと気づいて振り返った南条には種を交わす余裕はない。命中する。
南条が額を突き出した。両目を狙ったスイカの種は突き出された南条の額に
だが本命は梅干しの種だ。口から放たれるスイカの種を警戒している南条の
「ほう」
思わず口元が
必殺の威力を秘めた梅干しの種は、南条の顎下数センチ手前で停止していた。
「
死角から放たれた梅干しの種を、南条は右手に持った箸で
「ご老人こそ、食事のマナーが随分と悪いようですね」
南条が箸先の種を甘王の飯茶碗に落とした。魔力を込めた梅干しの種は鉛の玉のように重く、甘王の飯茶碗がひび割れる。この辺が限界だった。
「
「そうはさせん。永きに渡る人と魔王の争いに今日こそ結着を着ける。覚悟するがいい!」
椅子を
クスクスと笑う声に気づいて、視線を南条から逸らした。食堂内にいる十数人の従業員たちが、全員こちらを見ている。
「あっと。その・・・・・」
恥ずかしさの余り、全身がカッと熱くなる。魔王としての自分ではなく、宿主の甘王隆が反応してる。気まずくなって
「なぁに笑ってとるんじゃ、人間風情が。燃え尽きろ
突き出した甘王の掌の先に、南条が立ち
「させはせぬ。バゴス・エクリクシーぃぃ!」
右手を突き出した甘王と、両手を突き出した南条が
だが
何人かが甘王と南条にスマホを向けている。突き出した掌の前で両手を突き出している南条の額から汗が
「ああっと、その、ラノベの、ラノベの練習です」
取り
「なんかワシ」
南条とは視線を合わさず、甘王は食器を片付け始めた。
「魔王として大切な何かを失ってしまったような気がする」
呟いた甘王を後目に、南条は無言で茶を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます