第101話 使命

 埼京線の電車が、赤羽駅のホームに到着した。


 甘王隆の母親だと名乗る女性から、握り飯をふたつほどもらっていた。敵の根城ねじろに入り込んで、握り飯を貰って帰ってくるというのも変な話だったが、人の好さそうな女性から手渡された食料を固辞こじするのも礼儀に反するような気がしたので、遠慮なく貰ってきた。


 甘王家の人々に対して、甘王隆は自分は魔王であると宣言していた。当然、その言葉を信じる者などおらず、あかねと母親は、甘王隆は以前と変わらぬ家族だと信じている。甘王が魔王として覚醒したとき、まず最初に犠牲になるのが、人のいあの二人なのだと思うと、いてもたってもいられない気分にさせられるが、仮に南条が真実を打ち明けたところで、二人が信じるとは思えない。




 改札を抜ける直前、南条はコンコースに明奈の姿を見た。制服姿の明奈が、改札の内側に立つ南条に視線を向けた。南条は微笑み、明奈に向けて右手を上げる。


 だが明奈は、南条に背を向けて歩き出すと、人通りの多い赤羽駅の東口へ姿を消した。時間が時間だけに明奈の動向が気になった南条は、改札を出て明奈を追ったが、人込みに紛れた明奈の姿を見つけることはできなかった。


 南条はスマホを取り出し、明奈にメッセージを送ってみた。二分もすると、明奈から自宅で勉強をしているとの返信が来た。自宅にいるのなら、先程見かけた少女は明奈ではないのかもしれない。見た目だけでなく気配まで明奈に酷似こくじしていたが、明奈本人が自宅にいるというのなら、別人だと結論付けるしかない。




 今日の出来事を、明奈に話して聞かせたいと考えている自分に気づき、南条はとまどいを覚えた。


 魔王討伐軍にいた頃は命令が全てだったし、三賢者の死後、光の勇者として独り立ちしたのちは、パーティを組まず単独行動を続けてきた。


 同士や仲間、友と呼べる者がいなかったわけではないが、魔王討伐という勇者の使命を遂行するには、国家間の思惑おもわくや利権などを徹頭徹尾てっとうてつび排除して事を進める必要があった。その結果、南条は人間を中心として構成された魔王討伐軍から離脱し、単独で同盟を結んだ龍の王と共に、魔王城を急襲した。




 明奈に会って、何の話をしたいのだろうか?宿敵だった魔王がこの世界で復活していること。復活した魔王が、この世界の人間として家族を持ち、普通に仕事をしていること。自分の師匠であるランスロットがネコとして転生してきていること。魔王の脅威を知りつつも、今現在、誰にも迷惑をかけずに生活している魔王を倒すことに意味が見出せないこと。蛟の化身のような連中がこの世界に存在し、何かを画策かくさくしていること。 


 そんな話を、平和に生きている女子高生に話して聞かせて何になるのか。年の離れた男から、正気を疑うような話を聞かされた女子高生は、どんな顔でどんな反応を返してくるのか。




 当たり前に考えれば、今日のことは自分の胸のうちに秘めておくのが正解だ。甘王家を辞する際、玄関先で別れたランスロットに相談するべきだったが、時間の経過とともに、自分は本当にあの白猫と会話をしていたのか不安になってくる。全ては南条の妄想か、あの白猫は魔王の作り上げた幻覚であった可能性も捨てきれない。


「奴と私は、表裏一体なのかもしれないな」


 自宅への道すがら、呟いて苦笑する。魔王が現れたなら、勇者と名乗る人間が取る行動は結局ひとつだけだ。


「奴が魔王であるなら、わたしはわたしの全力を賭して魔王を倒す。唯それだけのことなのだろうな」


 呟きながら歩く南条を避けるように通行人が道を開けていく。いつだって勇者は一一人だ。一人きりで強大な魔王と対峙するからこそ、勇者なのだ。

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