第100話 虚実
甘王家から
荒川に掛かる鉄橋の上を走る埼京線のドアにもたれ、南条は車窓を流れる街の灯りを眺めていた。目まぐるしい今日一日の出来事を整理しなければならなかった。この世界に転生して初めて、南条は困惑し、混乱していた。
前の世界において宿敵だった魔王が転生していた。かつてのような圧倒的な力こそ有してはいないが、その潜在能力は未だ
魔王は甘王隆という青年の肉体に憑依している。いや、憑依というより共存といったほうが正しい。魔王が憑依した肉体には、明らかに宿主である甘王隆の人格が存在し、それが魔王の行動に強く影響を及ぼしていることは間違いない。
甘王がどんな人間だったのか知る由はないが、
圧倒的な魔力を有した魔王でさえ、魔法適正のない甘王の肉体に憑依したままの状態では、本来持つ魔力の半分も引き出せていないようだ。例えるなら、抜群の身体能力を持つアスリートを、動きづらく重い鉄の鎧の中に押し込め、その動きを封じ込めているような状態だ。
それは魔王の話からも推測することができた。魔王が
魔王が南条とランスロットに語って聞かせた戦闘の内容は、話半分、あるいはそれ以下の展開だったはずだ。魔王がそれほどの魔力を有していたのなら、南条は今ここにいない。河川敷の公園での戦闘で、跡形もなく消し去られていたはずだ。
魔王の巧妙なところは、話の内容自体に嘘はないことだ。小山美穂の命を救ったことや、彼女を呪った蛟の二人組との闘いは、おそらく事実なのだろう。
魔王が隠しているのは、自分の使った術に関する情報だ。
甘王隆の肉体という檻の中に自ら
だが、魔法の知識が
魔王の目的が最初からそれであったことなど気づきもせず、圧倒的に有利な状況であったにも拘わらず、敵は魔王の思い描いた通りに踊らされてしまっている。
役者が違うとしかいいようが無かった。魔力など無くても、魔王はそれを恐れもせず、それすら利用して敵を欺いてみせる。甘王隆の人格に影響され、冷酷さや残忍さは姿を潜めているが、
最大の問題は、甘王隆をどうするべきかということになる。
魔王としての力を取り戻す前に、人類の敵として甘王を
魔王の話をうのみにするのなら、現状のまま、甘王隆の肉体という檻の中に魔王を閉じ込めておくことが最善なのだろう。甘王を殺し、甘王に宿る闇の瘴気を流出させることは、魔王の覚醒を手助けすることになるからだ。魔王の本体である闇の瘴気が、魔法適正に優れた別の人間に憑依し、魔王の持つポテンシャルが開放されてしまえば、現状、仲間もいなければ、有効な武器も所持していない南条は成す術もなく魔王に抹殺されてしまう。
ただ、やみくもに魔王の話を信じるのも問題だった。高層ビルでの戦闘の話のように、魔王は事実を
この世界に転生してきた南条もまた、かつての光の勇者としての能力の半分も引き出せてはいない。世界の成り立ちの違いなのか、転生した肉体との相性の問題なのかは不明だが、南条の力は、この世界の人間より僅かに
甘王隆の肉体の中にいるから、魔王の持つ力が封印されていると考えるのは早計なのかもしれない。南条にそう思い込ませることこそが、魔王の真意である可能性もある。甘王によって力を制御されているという話は、南条に自分を攻撃させない為に魔王が作り上げた
そうだとしたら、南条は魔王を倒す最大のチャンスを逃すことになる。
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