第99話 会談

 狭い6畳間で二人と一匹は顔を突き合わせた。


 互いに殺し合いをしていた者たちが会する場所としては不自然ではあったが、この三者会談自体が偶発ぐうはつ的なものなのだから仕方がない。


 南条と甘王は茶をすすり、ランスロットはあかねが用意したミルクを皿から飲んでいた。互いに言葉はなく、不穏な時間が経過していく。


「いつこっちに来た?」


 甘王が問う。


「8月の初めだ」


 不愛想に答えた。自分と甘王の関係性からすれば、笑顔で会話などできるはずもない。


「ワシは去年の冬じゃ」


 南条より早く転生している。どうりでこの世界に馴染なじんでいるわけだと思う反面、人間でない魔王の人間社会への適応てきおうぶりは異常だと言わざるを得ない。だが、それを言うならランスロットも同様だろう。


「猫はいつからだ?」


 人に対するように魔王が白猫に顔を向ける。ミルク皿から顔を上げた白猫は、うにゃと一言だけ答えた。


「1年か。長いな」


「猫の言葉がわかるのか?」


 呆れ顔で、甘王が南条に目を向ける。


「わからんのか?」


「わからない」


「亜人や龍族とはどうやって意思の疎通そつうを図っておったのだ?」


「シシリカ語で・・・・・・」


「お前は相手に莫大ばくだいな魔力を消費させ、やつらの言葉を人語じんごに変換させていたというわけだ。無駄なことをさせたな」


「仕方なかろう。異種族間いしゅぞくかんでは波長を合わせるのも簡単ではない」


 テレパシーでの会話には向き不向きがある。波長の合う人間同士ならさして苦労はしないが、異種族と交信するにはそれなりの手順を踏む必要がある。ましてや動物相手となると、仮に波長が合ったとしても思考回路が異なっているから、会話など成立するわけがない。


御大層ごたいそうな言い訳を並べおって。要は聞く耳を持っておらんのだ、貴様は」


「聞く耳を持たないだと?貴様がそれを言うか?数多の種族の願いを踏みにじり、殺戮さつりくを続けたお前が」


 圧倒的な魔力を用いて、弱者を蹂躙じゅうりんした魔王が言っていい言葉ではない。南条の全身から、黒みがかった赤いオーラが立ち上り始める。ランスロットの強化魔法の効力が持続しているせいで、南条のオーラは感情の変化によって色を変える。立ち上る赤黒いオーラは、殺気以外の何物でもない。


「にゃ~あ」


 緊迫きんぱくした状況に似つかわない声をあげ、ランスロットがあくびをした。白猫は南条に視線を向けると、フゴーと唸りを上げる。


「己が未熟を棚に上げて何を怒っているのだと言っておる」


 南条を見つめる白猫の瞳孔が大きくなっている。確かにランスロットは、相手の目を真正面から見て物を言う。


「なんて馬鹿で間抜けな弟子だとも言っておるぞ。冗談も通じない童貞思考のアラサーがともな」


「あの一言にそこまでの情報量は無い」


「いいえ、白猫さんはそう言ってます。南条くんは猫の言葉はわからないんでしょう?だったら黙っててください」


「言葉がわからなくたってそれくらいは判る。そもそも師はわたしが今何歳なのか知らないはずだ」


 語気を荒げちゃぶ台を叩いた。勢いで飛び散った茶のしずくがランスロットの額に落ちる。


「にゃっ」


 ランスロットが牙をむいて南条をにらむ。


「すまない。つい取り乱した」


「うにゃにゃ!」


「ホストに礼を尽くせといわれても承服しょうふくはできない。確かに茶を振舞ふるまわれてはいるが、相手はあの魔王なのだ。師匠こそ宿敵を前にその落ち着きぶりはいかがなものかと」


 前足の肉球でバシバシとちゃぶ台を叩きながらランスロットが唸りを上げるが、南条も意に返さない。


「勇者たるものがとおっしゃいますが、存命中ぞんめいちゅう一度たりともわたしを勇者などと呼びはしなかったでしょう。今になって勇者としての自覚などと言われても困ります」


「人選を誤った様じゃの、猫よ」


 茶を啜りながら魔王が呟く。その魔王に向かって、白猫は大袈裟おおげさに肩をすくめて見せる。


「まぁ素質だけはあるのじゃろう。指摘されてすぐに、お主の声を聴きとれるようになるのだからな」


 魔王の言葉で我に返った。とりとめの無い猫の鳴き声が、いつの間にか昔馴染むかしなじみのランスロットの声で脳内再生されている。


「どういうことだ?猫の言葉が解る。わたしの妄想もうそうか?」


「お主の中にも魔力、お主らがいうところのオドが残存しているのだろうよ。ワシ同様、この世界の宿主の身体に馴染まないだけで、魔力が消えて無くなったわけではない」


「数日前に新宿で発火魔法を使う男に出会った。この世界でも魔法を発現させることは可能なのだな」


「一見すると女のような、背の高い金髪の男か?」


「そうだ。わたしが転生してきたその日にも、男を使って強盗をさせていた」


「なるほど。あのつたない精神支配を他でも使っていたのだな。愚か者め」


「あの男を知っているのか?」


「ちょっとした縁があってな。あやつのおかげでワシは力の一部を取り戻せたのやもしれぬ」


 しばらく間を開けたのち、魔王は静かに語りだした。

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