第37話  邪魔者

 「どうしました?」


 路地の入口で声がした。振り向くと逆光ぎゃっこうの中に人影が見えた。


「なんでもないんです。すみません。行って下さい」


 チャオの言葉を聞いた柿沼が何か言いたそうに口を開く。声を上げたら口をふさいでやるつもりでいた。どうせ柿沼は死ぬのだから、高松の為にやったことにすればいい。


「そうはいってもなぁ」


 酔っているのか、足取りも定まらない様子で男が路地に入ってくる。場合によっては、このおせっかい野郎は本日二人目の犠牲者になる。


「血の匂いがする。誰か怪我をしているはずだ」


 どういう嗅覚をしているのだろう。反吐へどと小便の臭いが漂う路地裏から漂う血の匂いを、男は嗅ぎ分けたことになる。


 逆光の中から現れたのはスーツ姿のサラリーマン風情ふぜいだった。


「何それ。ダサっ」


 男の姿を見た途端とたん、チャオは素にになって声を上げてしまった。


 あろうことか男は、ネクタイを頭に巻いて右端から垂らしていた。黒革の安っぽいビジネスバッグを斜めに掛けたその姿は、日曜6時半のアニメでしか見たことがない、昭和の酔っ払いだった。


 チャオの視線に気づき、男は鉢巻はちまき替わりに巻いたネクタイに手をやった。


「やはりだまされたのか。すれ違う人が笑っていたから、おかしいとは思ったが」


 男は頭に巻いたネクタイを取ると、微笑みながらチャオに近づいてきた。


「日本のサラリーマンは、酒を飲んだらああするんだと教えられた。そうするとみんな、道を開けてくれるんだとね」


 意外にもまだ若い男だった。そしてチャオは、どこかでこの男を見たことがある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る