第31話  履歴

 連合軍の壊滅かいめつを伝えてきたのは、ボルサールを実効支配じっこうしはいしていたヴァルキリー連邦国の将軍、黒狼こくろうの騎士ナギト・ヴァン・ウォルブスだった。


 三賢者も参戦したこの一大決戦は、戦闘開始から僅か半日で勝敗を決した。完全に包囲された魔王城の中で、籠城ろうじょうを強いられていたはずの魔王は、連合軍の意表を突く攻撃を仕掛けてきた。


 魔王はその魔力を使い、半径5キロに渡る魔王城を空中に浮かせ、城から数百匹ものサラマンダーを世に放った。縦横無尽じゅうおうむじんに空を飛び、煉獄れんごくの炎を吐き散らすサラマンダーの大軍は、一瞬にして連合軍の兵を焼き尽くし、広大な森林を有したガルンヴァイムを焦土に変えた。


 この戦いで三賢者は命を落とし、エルフ、亜人、魔族の大半も死滅した。残ったのは辺境の大国、ヴァルキリー連邦だけとなり、魔王は魔王城の進路をヴァルキリーへと向けた。


 単独で魔王城へ向かおうとしたところを、三賢者の知人だという男、バド・マーディガンに制止された。バドに叩きのめされ、三賢者はこの戦いの敗戦を予測し、最後の希望として自分を残したのだと告げられた。お前こそがこの世界最後の希望、光の勇者なのだと、バドにそう告げられた。


「ちょっと待った」


 ファミレスの硬いソファに座って、南条の話を聴いていた真庭が両手を突き出した。この店に入って、かれこれ二時間は経過していた。南条の話に惹き込まれ、ドリンクバーのお替りすら忘れて聞き入ってしまった。


 いいところなのにと明奈は唇を尖らせている。奈緒は息をつき、冷めてしまった紅茶を一息に飲み干した。確かに凄まじい話だった。これが南条の作り話だとしたら、南条には才能がある。その場にいた者にしか語れない臨場感りんじょうかんが、南条の言葉からは伺えた。


「兄ちゃん、兄ちゃんの話はよく解った。続きを聴きたいのはヤマヤマだけどな、これはまぁ、そんな話じゃないんだ」


 テーブルの上に置いたA4の用紙を指で叩きながら、真庭が続ける。


「略歴ってのはだな、そういった、人生の略歴じゃなくってな」


 真庭は太い指で用紙をつまみ、南条の顔の前に突き出した。


「履歴書っていうのは、そういう話を書く書類じゃないんだ。要は、学歴とか職歴を書くだけなんだ。すまん」


 南条は目を丸くして記述の無い履歴書を見ていた。


「わたしの半生を書き、わたしという人間がどういう存在かを知ってもらう。そういう書類だと言っていただろう?」


「そうなんだけどな、そんな大長編を書くスペースなんかないだろう?そもそも雇う方も、そこまで濃厚に知りたがってはいないんだな、これが」


 ソフトドリンクの氷をガリガリ噛砕かみくだきながら真庭が弁明する。履歴書の書き方を教える際に、これはお前の半生を雇い主に知ってもらうために書くのだと説明していた。真庭が面白半分にガキの頃はどんなだったんだよと尋ねたせいで、南条は語り始めたのだ。

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