第32話  亜人談義

「こんなこと言っては失礼だけど、まるでアニメの世界の話ね」


 奈緒が感慨深かんがいぶかげに言う。


「それはどうだろうなぁ。異世界だとしても、アニメとはちょっと違う気がするぜ?」


 真庭はアニメ好きだった。特に異世界転生系はあますところなくチェックしている。南条の語る異世界は、それなりに魅力的ではあったが、アニメ化は難しいだろうと思った。第一に暗い。以前に聞いた話と総合すると、光の勇者である南条は結局、魔王と相打ちになる。三賢者も死亡しているし、話の展開からして相当なうつアニメとなる可能性が高い。


 女性キャラが少ないのも問題だった。せっかくの異世界なのだから、ハーレム状態で冒険するのが定番だろうと思う。そもそも異人種が多数登場するのだから、女性キャラがもっと登場するべきだ。エルフには美男美女が多いだろうし、亜人は頭の上に犬だの猫だのキツネだのの耳がついているはずだ。


「亜人ってのはどうなんだ?そのう、やっぱりあれかい?頭の上にモフモフの耳とか」


 さりげなく聞こうとしたがダメだった。隣に座っている奈緒の眼が赤黒く輝いたように見えた。30過ぎてモフモフかよ。口出さずとも奈緒がそう思っているのは明らかだった。


「いや、あれだ。CMとかでやってるだろう?うどんのキツネとかさ。あんな感じかなぁってちょっとだけ思ったりして」


 奈緒の全身から青紫のオーラが吹き上がったような気がした。フリーザの最終形態かよと思うほどの戦闘力だ。


「ええと、真庭さんは今、お幾つでらしたかしら?」


 冷ややかな声で奈緒が訊ねてきた。笑顔を浮かべてはいるが、真庭を見る目は笑ってなどいない。


「確かに亜人は可愛いな」


 笑いながら答えた南条に奈緒の目が向いた。汚いものを見る目だと真庭は確信した。奈緒はアニオタを嫌っている。


「亜人って、動物の耳を生やした若い女の子が、ほとんど半裸に近い格好してるあれですよね。その上だいたいが」


「巨乳。ですよね」


 氷で薄まったソーダを飲みながら明奈が答える。奈緒の怒りに火を注ぐ気なのか、明奈は空いている左手を胸の前で動かし、ボインボイィンと呟いている。


「お二人とも結構な趣味をお持ちですね。いえ、わたしは別に構いませんよ。人の好みは十人十色といいますし。ホホホ」


 奈緒の喋り方がますますフリーザに似てきている。


「亜人の子供は本当に可愛いんだ。まだ牙もろくに生えていないしな」


 遠くを見るような目で南条が呟く。


「牙が生えているのか?」


 思わず訊ねてしまった。アニメの亜人は大抵、人間の顔に動物の耳や尻尾がついているだけで、牙など見えない。


「当たり前だろう。亜人なのだから」


「そうだよな。牙くらいあるよな」


「亜人の大半は生肉が主食だからな。牙は必要だ。だが、あの口臭は耐えがたいな」


「口臭?口、臭いのか?」


「当たり前だろう、亜人なのだから。生肉を喰えば臭いも強くなる。だが彼らは歯を磨かない。亜人だからな」


「そうなのか。口が臭いのか」


「口だけではないぞ。基本的に亜人は水が嫌いだからな。風呂に入らないから体臭はきつい」


「体臭もきついのか?」


「そうだ。それとノミやダニが多いな。全身毛に覆われてるからな」


「ノミとダニ?いるのか?」


「そりゃあいるさ。真庭の言葉を借りるなら、毛だらけのモフモフが、森や草原を半裸で駆けまわっているのだからな」


「半裸っていってないよな、おれ。モフモフは言ったけどさ、半裸はおれじゃないよな」


 顔を真っ赤にして抗議する真庭の顔をみて、明奈と奈緒が笑いだす。


「それに」


「まだあるのか?もういいって」


「亜人にはトイレという感覚がない。基本森の動物だからな。だから気が向けば、ところ構わず」


「もういい。そこまでだ。見る目が変わっちまいそうだ。勘弁してくれ」


 腕時計に目を向け、真庭は立ち上がった。


「当直なんでな。そろそろ失礼する。とにかく、履歴書は体裁ていさいが整ってればいい。先方は当日、面接で決めるっていってたしよ」


 南条も立ちあがり、真庭に頭を下げる。


「手間をかける。ありがとう、友よ」


「堅苦しいな。ダチだってんなら、礼なんか言うな」


 真庭は笑いながら、テーブルの伝票を手にした。


「ここはおれのおごりだ」


 レジに向かって歩く真庭の背に、明奈がごちそうさまですと声を掛ける。


「ごちそうさま。ノミやダニにはせいぜい気をつけることですね、モフモフ好きの、ええと、失礼、お名前を失念してしまいました」


 自分の名前が奈緒の記憶から抹消まっしょうされていることを知って、真庭の全身は雷に打たれたように硬直した。



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