第30話  調整

  汚名を挽回ばんかいする機会も与えられず、魔法を操る異種族いしゅぞく混成部隊に送られた。亜人、エルフ、魔族と人間で構成された魔術師の部隊だ。指揮するのは三賢者最後のひとり、エンノオヅネだった。会って早々、子どものように見えるオヅネから、お前には魔法の才能がないと宣告された。訓練次第で多少は使えるようにはなるが、大魔術師には絶対になれないと悲しそうな顔で言われた。あとで知ったが、オヅネは常に悲しそうな顔をしていて、別になげいているわけではなかった。


 混成部隊では、部族間の調整役を任じられた。種族が違えば、軋轢あつれきも生じる。


 亜人たちは索敵さくてき魔法に優れていた。エルフは風、水、炎、土といった属性魔法、魔族は呪術や攻撃魔法に長け、人間は強化や防御魔法に特化している。どれも単独では魔王軍に対抗することはできなかったが、連携することで強力な魔法攻撃が可能となる。


 調整は困難を極めた。もともと亜人とエルフは魔族と人間が嫌いで、魔族と人間は憎みあっていた。話し合いに向かうと、亜人たちは姿を消し、エルフたちは結界を張った。魔族からの呪いを受けて、眼を見えなくされたこともあった。


 八方ふさがりの状況に活路を見いだせず、オヅネに相談した。知らないよ、そんなこと。そういうとオヅネは、悲しそうな顔をしたまま姿を消した。


 魔族の長に会いに行った。一番面倒な相手だと思ったからだ。それに興味もあった。魔族がなぜ人間と手を組んでいるのが不思議だった。


 魔族のひとりから、呪いを受けた。長に一歩近づくたびに、体の一部が壊死えししていく呪いだった。百歩近づけば体は崩れ落ち、死に至る。魔法防御などまるで知らないから、長に近づけば間違いなく呪いは発動する。


 それでも長に会いに行った。前線では次々に同志が死んでいく。死ぬのは怖くなかったが、戦場で死にたかった。だが、その願いはかないそうになかった。


 十歩目で指が腐り落ちた。三十で眼球が溶け、六十で舌が抜けた。八十で足が崩れ落ちたので、そこから先はって進み、長の前に着いたときには、芋虫のような肉塊になっていた。勇気は認めるが、一度発動した呪いは治せないと長から告げられた。


 なぜ魔王と戦うのだろうと考えた。魔族なら魔王と共闘すればいいのにと思った。舌がないから喋れなかったが、その疑問は魔族の長に伝わった。


 魔族とは、闇の属性を持つ人間なのだと言われた。耳もないのに、長の声がはっきりと聞こえた。持って生まれた闇の力のせいで、人からうとまれ、迫害され、やがて生きる為に集団を作った。何世代にも渡り、闇の者たちだけで暮らすうちに、魔力は増幅し、魔術は進化した。闇の力を持つ者が人の世に生まれたと聞けば、迫害される前にその者を誘拐し、一族として育てた。そうするうちに、人の世界とは決定的な溝が生まれ、人でない者たちとして扱われるようになった。


 気がつくと、魔族の長が住まうゲルの硬い床に座っていた。腐り落ちたはずの手足も、舌も眼球も無事だった。魔法による精神攻撃を受け、幻覚を見ていたのだと教えられた。


 一生廃人はいじんと化すかもしれないほどの精神攻撃だったのだと言われた。廃人にしてしまってもよいのかとオヅネに尋ねたら、馬鹿だから大丈夫でしょ、と返されたという。本当に大丈夫だったのだなと、魔族の長は声を上げて笑った。


 エルフの結界は難なく破ることができた。死に至るほどの精神攻撃魔法を受けたせいで、精神攻撃への耐性が上がっていた。並みの結界などものともしない耐性を、強制的に身につけさせられたようなものだ。


 エルフたちは魔族との共闘をかたくなに拒んだ。両者には長い争闘の歴史があり、寿命の長いエルフたちの中には、魔族に家族友人を殺されたものも多く、その憎しみは根の深いものだった。


 エルフの里を訪れ、エルフたちの前で、魔族の長の首を差し出した。


 魔族の長は自らの命を差し出すことで、魔王と闘うという共通の目的がある間だけでも和解したいと望んでいた。首を届けるのは重荷だったが、長の息子から、これは調整役のお前の仕事なのだと厳命げんめいされた。


 エルフの説得により、亜人の協力も取り付けることができた。混成軍の本格的な参戦により、旅団は各地で魔王軍を撃破しはじめた。利権争いに明け暮れていた各国も協力体制を敷き、魔王軍に対する包囲網を狭めていった。


 決戦に参加することは許されなかった。魔王軍との最終決戦と位置づけられたガルンヴァイムの戦では、戦地から遠く離れた辺境の城下町ボルサールで情報収集の任務に当たらされていた。


 混成軍と旅団、王国、帝国、共和国がひとつになった大軍は破竹の勢いで進軍を続け、魔王城を包囲した。

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