第29話  死線

 折れた剣を魔物の死骸に突き立てているところを、ランスロットに見咎みとがめられた。


 嘘をついても仕方がないので、敵が憎いのだと答えた。それほど憎いなら魔物の肉を喰らえといわれた。鮮やかに魔物を斬り伏せるランスロットの姿を目の当たりにしていたから、その言葉に従った。異臭を放つ肉を口にいれ、咀嚼そしゃくして飲み込んだ。あとで知ったが、魔物の肉には毒があった。


 三日三晩死線をさまよい、目覚めてからも嘔吐を繰り返した。不定期に襲い来る強烈な痙攣けいれんに備えるため、にれの木片を口に含み固定した。地獄のような苦しみはほぼ一月続き、立ち上がれるようになったときには、肉を喰らえといったランスロットは遠征のため姿を消していた。殺す気だったのかと思ったが、任務を与えられていた。致命傷を負った団員の最後を看取みとれという命令だった。

 死にゆく団員たちを、ただ見守った。治療用の帯も薬も死にゆく者には与えられず、ただ横になり、もがき苦しみ死んでいく様を、何もせずにただ見続けた。団員たちからは死に神と呼ばれ忌避きひされたが、それでも命令を守り続けた。不思議だったのは、あしざまにののしり、呪いの言葉を吐き散らす団員たちが、死の間際になると態度が変わり、感謝の言葉を口にすることだった。


 ランスロットが戻り、旅団に加えられ戦闘に参加した。狩人の村での戦闘では魔物にまるで歯が立たなかった矢が、面白いように魔物の体を貫き通した。知らぬうちに矢に加護が与えられていたのかと思い、ランスロットに訊ねたが、笑って否定された。


 15歳になる頃、弓を取り上げられ、ダガーを渡された。旅団はどこの国にも属さないかわりに、戦闘では常に最前線をになわされていた。 


 間合いの短いダガーは戦闘には不向きで、死なないために逃げまどう日々が続いた。逃げて逃げて逃げまくり、それでも追い詰められたとき、魔物の群れをたったひとりで殲滅せんめつしていた。


 その後、ダガーは剣に変わり、やりになった。激化げきかする戦闘の中で、自分はいつの間にか敵味方が恐れを抱く存在となっていた。


 武器に精通すると、後方支援こうほうしえんに回された。足りない物資を探し求め、購入し届ける。三賢者のひとり、公孫翔こうそんしょうからは、人が何を欲するかを考えろとだけ教わった。物資の話だとばかり思っていたが、あるとき不意に、人が求めるのは物資だけではないのだと気がついた。一粒の麦も得られないのに、実力以上の力を出す隊もいれば、豊富な兵站へいたんを抱えながら、壊滅かいめつしてしまう部隊もいた。戦闘が終わるまでに届けられなかった兵站を前に、生き残った兵士たちと話をした。彼らはみな、悔しがってはいたが怒ってはいなかった。殺されても仕方がないと伝えると、兵士たちは笑いながら、間に合いはしなかったが来てくれたじゃないかと言ってくれた。


 信頼していると言われた。辺境を守備する部隊の下士官からだった。言葉は知っていたが、意味はわからなかった。公孫翔に訊ねると、お前には縁遠い言葉だと言われた。


 その意味はすぐにわかった。大雨が続き、物資が滞った。泥濘でいねいの中を荷車を押し、兵たちを叱咤しったしながら物資を届けたが、辺境の守備隊は全滅していた。仕方ないと思った。気の毒ではあるが、天候は左右できない。運が悪かったのだ。


 何をしても怒ることが無かった公孫翔が罰を科してきた。部下の前で、10回の鞭打むちうちを受けることになった。3回の鞭打ちで死ぬ者もいる。悪天候で物資が滞っただけで、10回の鞭打ちは理不尽だと思った。


 兵たちの前で罪状が読み上げられた。怠慢たいまんの罪だった。10回の鞭打ちは、公孫翔への怒りで耐え抜いた。瀕死の状態で牢に叩き込まれ、痛みをこらえながら夜を過ごした。明け方、数年ぶりにランスロットが現れた。別の輸送部隊が、さらに離れた場所にいた部隊に物資を届けていたことを知らされた。複数の輸送路を踏査とうさし、輸送方法も改良したその部隊は、悪条件にも拘わらず想定そうていより2日早く物資を届けていた。体力任せの行軍だけで、軍の生命線である兵站を担っていたのだということに、ようやく気がついた。運に任せていたのは、辺境の部隊ではなく他ならぬ自分だった。


 鞭打ちの痛みに声を上げることはなかったが、心の痛みには耐えられなかった。呻き、叫び、のたうち回った。許せないのは敵ではなく、愚かで情けない自分だった。なぜ鞭打ちで死ねなかったのだろうと自問した。殺されるべきだったのに、おめおめ生き延びた自分を恥じた。

 

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