第28話   記憶

 正確な年齢など知らなかった。生年月日と問われても、そもそも親がいないのだから知りようがない。物心ついた頃には、森の狩人に付き従い、獲物の皮をいだり矢じりを研いだりして、わずかな食糧を手にする生活をしていた。


 獲物の息の根を完全に止めることは一番最初に覚えた。死んだと思い込んでいたオオカミやクマが、突如とつじょ牙をむき襲い掛かってくることがあった。同じ仕事をしている孤児の数名が、それで命を落とした。それ以来、獲物がどれだけひどい傷を負っていようと、獲物の首に刃を当て自分の手で頸動脈を切断するまでは油断しないようになった。誰からもめられなかったが、皮を剥ぐ技術は上がり、それに比例して食い扶持ぶちも多く回ってくるようになった。




 5歳になった頃(正確には、親のいる5歳の子供たちと同じくらいの体格になった頃)、弓を手に入れた。狩りの途中で獲物に襲われ死んだ狩人のもので、出来が悪く、打ち捨てられていたものを拾ってきた。大人用の弓を引くには力が足りなかったが、足を使うことで弓を引けるようになった。周りの大人たちは笑ったが、笑われても構わなかった。弓を射る。自分の手で獲物を仕留めたい。それが全てだった。


 左足の指で弓を押さえ、足を前に突き出して矢を射る。足の力は腕よりはるかに強く、子供でも弓を射ることができた。矢をつがえるのに時間がかかったが、左手を使うことで解消した。練習のため、動きの鈍い両生類や爬虫類を的にしていたせいで、狩人の村にいる女子供からは忌み嫌われた。小動物を狩るようになり、やがて飛ぶ鳥を打ち落とすようになった。体の成長と共に、引ける弓は大きくなり、大型の獲物も一撃で仕留められるほどになったが、狩人たちからは認められなかった。




 森の獲物が減り、飢えることが多くなった。戦争が始まっていると聞かされたが、どこの国と何のために戦争をしているのかは教えて貰えなかった。それはそれで構わなかった。すでに弓の腕前では並ぶものがいなかったから、戦争が拡大したならどこかの軍にでも入って食いつなぐつもりでいた。


 ある日、撤退てったいする兵士たちと遭遇した。兵士たちは怯えていて、狩人の村からなけなしの食糧を奪って逃げて行った。撤退してきた兵士たちなど恐れてはいなかったが、自国の兵をないがしろにしたとなれば面倒なことになる。兵たちを逃したあと、狩人たちは森に入り、敵兵を待ち構えた。自国の兵士を打ち負かす軍であろうと、森は狩人の領域だ。どれほどの大軍かは知らないが、一泡吹かせてやれば、自国から褒美ほうびが得られると村の者は考えていた。




 深夜に、そいつらは姿を現した。それは軍などではなかった。それどころか、人ですら無かった。記憶にあるのは、闇の中で光る獣の眼だった。無数の獣の眼が、凄まじい速度で村を覆い、全てを破壊していった。朝になり、森の落ち葉の中で目覚めたとき、辺りは村人の死骸で埋め尽くされていた。かしの先端を尖らせただけの粗末そまつな槍で、魔物たちは倒れている村人に止めを刺して歩いていた。人ではない物との戦争では、捕虜など存在しなかった。一方的な殺戮さつりくだけが、魔物どもの目的であり、褒美ほうびでもあった。


 


 止めを刺される寸前に、味方が到着した。それは庇護ひごを受けていた王国からの増援ではなく、辺境の村で組織された自警団だった。


 光の三賢者のひとり、ランスロット率いるその旅団は、武器と魔法を連携させた攻撃で、次々と魔物の軍を打ち破り、国を超えた組織を作り上げていた。


 自国の兵や狩人たちの攻撃を物ともしなかった魔物たちが、弱体化魔法で力をがれたのち、強化魔法で身体能力を高められた兵が振るう光の剣で切り伏せられていく様子は圧巻だった。

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