第16話 人質

 アスファルトの落ちたショットガンと短機関銃を、南条が足で踏み砕いていく。南条が足を踏み下ろすたびに、先程と同じように大地が縦揺たてゆれを起こした。

 軽々と赤髪とマシンガン女を抱き上げた南条が、二人を抱えたまま奈緒の前に歩いてきた。

「ケガはありませんか?」

 南条の声を聴いた瞬間、安堵あんどのあまり奈緒はその場にしゃがみこんでしまった。声を上げて泣き出したいが、警察官である自分が弱音を上げるわけにはいかない。

「大丈夫。あなたは?」

 赤髪とマシンガン女をおろし、脈を診ていた南条が奈緒に向かって笑顔を見せた。

「ありがとう。わたしは大丈夫だ。この二人も、命に別状は無い」

 南条が差し出した手を握り、奈緒は立ち上がった。熱いアスファルトの上に膝をついていたせいで、膝からすねにかけて軽い火傷を負っていた。

「この二人を逮捕します」

 手錠で、奈緒は赤髪とマシンガン女を拘束こうそくした。目出し帽をぎ取ってみると、赤髪同様、マシンガン女もあどけない顔をしていた。

「あの、ちょっといいですか?」

 覆面パトから明奈が声を上げた。

 覆面パトの後部座席にはさまっている明奈の頭に、拳銃が突きつけられていた。三人目の目出し帽だった。

「すみません。ちょっと大ピンチで」

 明奈の視線の先には、覆面パトから流れ出たガソリンがたまりを作っていた。ショットガンの弾丸が、覆面パトの燃料タンクに穴を空けていたらしい。

「近づくな」

 男の声だった。

「近づいたら、この女を殺す」

 目出し帽を脱ぎ去り、男が素顔をさらした。髪の薄い、うらぶれた中年男だった。

「車を用意しろ。金と車だ」

 前に出ようとした奈緒を、南条が押しとどめる。

「できないといったら?」

「この女を殺す」

 南条が明奈に視線を向ける。

「彼女はわたしの大切な友人だ」

「だったら要求を聞け。金と車だ」

「言うことを聞けば、彼女が助かるという保証はあるのか?」

 中年男の顔にとまどいが浮かぶ。

「嘘はつかない。人質の安全は保証する」

「信じられない。逃げた先で、きみは彼女を殺すんじゃないのか?」

「今殺したっていいんだぞ。見たいのか?」

「彼女を殺せば、わたしがきみを殺す。彼女へのともらいとして、きみの家族と友人も殺す」

「何言ってるんだ、お前。家族は関係ないだろう?」

 中年男の顔に動揺が走る。

「家族がいるのか。気の毒だな。苦しめはしないと約束するが、事情は説明する。きみのせいで死ぬんだとな」

 男の顔から血の気が引いていく。

「ふざけるな」

 中年男の持つ銃が、南条の胸に狙いを変えた。怒りのあまり銃を持つ手が震えている。

「お前じゃ話にならない。警官だ。警官を呼べ」

 男はポケットの中からオイルライターを取り出し、火を点けた。銃を南条に向けたまま、左手に持ったライターをかざす。

「お前を撃ち殺し、おれはこの女と共に死ぬ。これならどうだ?お前も女も死ねば、おれの家族は無事だ」

「すまなかった。今のは冗談だ」

 南条がほがらかに笑う。明奈や奈緒だけでなく、銃を持つ中年男の顔にすら安堵が広がる。

「ちょっとした時間かせぎだったんだ。悪かった」

 中年男の顔に疑念ぎねんが浮かぶ。

「時間稼ぎ?何のために」

「友が来るまでの、だ。思ったより早かったな」

 南条の視線が中年男の足元に向く。南条の視線を追った男の眼が、足元に転がる特殊閃光弾とくしゅせんこうだんを捉えた。

「なんだ、これは」

 爆音と閃光が周囲を包み、辺り一面が白い闇に閉ざせれた。

 

 奈緒はゆっくりと目を開いた。SATの隊員が中年男を取り押さえていた。奈緒が手錠をかけた二人も、SATの隊員が取り囲んでいる。

 道路の中央で呵々大笑かかたいしょうしているのは、真庭だった。

「よく耐えたな。キャリアの姉ちゃん」

 真庭が奈緒の肩を叩く。言い返そうとしたが、明奈のことを思い出し、振り返った。

「オサカベさん」

 SATは覆面パトから漏れていたガソリンに気づき、誘爆ゆうばくしない場所を狙って特殊閃光弾を投げ入れたのだろうが、中年男が手にしていたオイルライターには気づいていなかった。オイルライターが地に落ちていたら、明奈は火だるまになってしまう。

 明奈の前に、南条が横たわっていた。南条の右手には、まだ火が点いたままのオイルライターが握られている。特殊閃光弾が炸裂さくれつすると同時に、南条はホームベースにスライディングするように明奈の元へ飛び込み、オイルライターをキャッチしていた。


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