第13話 銃撃

 走り出してすぐに、指令センターから奈緒の乗る捜査車両に指令が入った。カーロケーションシステムが表示する情報によると、北赤羽で発生した武装強盗の容疑者が乗る車両が、奈緒の乗る覆面パトカーのすぐ近くを走行中とのことだった。


 パソコン端末の画面を見る限り、逃走車両は奈緒の運転する覆面と並走するように住宅街の路地を進んでいる。


 奈緒はルームミラーに映る明奈を見て、舌打ちをした。逃走車両を追いかけたいのはやまやまだったが、事件の参考人である民間人を後部座席に乗せていては、武装強盗犯の追尾ついびに参加することもできない。


 あきらめて無線に手をかけた途端、眼前を走るパトカーの横腹に灰色の小型トラックが激突した。走行中だったパトカーは横転し、道路の中央分離帯に衝突して停止した。


「南条さん」


 後部座席から明奈が声を上げる。前を走るパトカーには警官2名と南条が乗っている。


 激突した小型トラックから出てきたのは、目出し帽めだしぼうかぶった3名の男だった。それぞれが銃を手にしている。


「まさか、あれって」


 目出し帽のひとりが、停車した奈緒の覆面に向けて銃を構えた。武骨ぶこつな形状を持つその銃は、猟銃などという生易しいものではなかった。映画でしかお目にかかれないような戦闘用ロングバレルショットガンの銃口が、奈緒と明奈に向けられていた。


「伏せて」


 奈緒が叫びを、爆発音のような銃声がかき消した。覆面パトのフロントガラスが砕け散り、車内に降り注ぐ。


「おおっ、すっげぇ。反動マジ強ぇえな」


 ショッガンを撃った男の、場違いなほどにはしゃいだ声が聞こえる。まだ若い。20代だろうと奈緒は見当をつけた。


「大丈夫?生きてる?」


 後部座席に声を掛けた。返事の代わりに明奈は右手を突き出し、ピースサインを奈緒に見せた。


「よかった」


 同乗者の安全を確認して安堵したが、それで現状が良くなるわけではない。男の声から察するに、ショットガンを撃つのは初めてだったのだろう。発射時の反動で銃口が上を向いたから助かっただけで、次は無い。


「あなた、オサカベさんていったっけ」


 後部座席から親指を立てた右手が突き出された。オサカベで間違いはないのだろう。


「わたしが応戦するから、あなたはドアを開いて逃げて」


 ハンドルの脇についている後部ドアのスイッチを解除し、奈緒は腰のホルスターから拳銃を抜いた。


「ドアは押すだけで開くから、わたしが合図したら、姿勢を低くしながら車から離れて。後ろを振り返らず、できるだけ遠くへ逃げるのよ」


 突き出された右手がOKを模った。恐怖で声が出ないのか、それとも元々少し鈍いのか、奈緒には判断がつかなかった。


「イチ、二のサンで逃げて」


 男がショットガンのフォアグリップをコッキングする音が響いた。銃撃でずれてしまったルームミラーから、覆面パトに近づいてくる目出し帽の男の姿が見えた。


「お巡りさん、早く逮捕してぇ」


 逃走する気がないのか、目出し帽が挑発するように声を上げる。拳銃のグリップを持つ奈緒の手が震えていた。奈緒がホルスターから抜いたのは、官給品かんきゅうひんであるSAKURA M360Jだ。戦闘用に開発されたアサルトショットガンに比べると、5発装填そうてんのリボルバーは見るからに頼りない。


「イチ、ニの」


ルームミラーに映る目出し帽は、明らかに油断している。反撃するなら今がチャンスだと奈緒は判断した。震える手でリボルバーの撃鉄を起こす。


「サン。逃げて」


 上半身を起こし、リボルバーを男に向けた。ショットガンを構えた男の体が奈緒を見て硬直する。奈緒はたて続けに二回、引き金を引いた。


 耳栓を使用せず発砲したのは初めてだった。残響ざんきょう鼓膜こまくを叩き、ボンネットに散ったガラスの破片が衝撃で跳ね上がった。腕の沿線上に弾丸を送り込むイメージで放った二発は、正面に立つ目出し帽の胴に着弾ちゃくだんした。


 電気ショックを受けたように目出し帽が倒れた。初夏の太陽が照り付けるアスファルトの上に横たわる男を見て、全身から汗が噴き出してきた。眼の中に流れ込む汗を拭おうと顔を上げた奈緒の頬に高熱が走った。


 遅れて聞こえてきた銃声に、奈緒は視線を左に向けた。小型トラックから降りた別の目出し帽が、サブプレッサーをつけた短機関銃サブマシンガンを構えていた。高熱を発する左頬に手を当てると、ねっとりした血が手に触れた。目出し帽の持つ短機関銃が再び火を噴いた。エンジン音に似たうなりと共に、弾丸がバンパーに当たるコツコツという音が近づいてくる。咄嗟に首をすくめると、奈緒がいた座席のヘッドレストに次々と穴が開いた。


「ショットガンの次はマシンガンって、なんなの」


 怒りに任せて声を上げた。そうでもしなければ、恐怖のあまり泣き叫んでしまいそうだった。

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