第3話 円月輪 十六夜
瓦礫の底で、勇者は目を開いた。
勇者は
「これに助けられたのか」
勇者は手にした龍の髭を、前髪の一本に結び付けた。
体に絡みついた粘液を拭い去ると、勇者は瓦礫の中から魔王と女の顔を持つ怪物を見上げた。
「もう一度あれを受けたら、助からないな」
上空を
周囲を見回すと、ほのかに赤く光る魔刀が落ちているのが見えた。自分の右手には、青い光を刀身に留めたもう一振りが握られている。
故あって手に入れた伝説の魔刀だった。左の一本を
魔法効果の残したまま、赤く光る眉月を拾い上げると、勇者はその場に胡坐をかき、再び呪文詠唱を開始した。詠唱の声が力強く響き始めると、それに呼応して両手の魔刀も輝きを強めていく。
瓦礫の上を飛行する魔王は、勇者が落下した辺りの瓦礫の底から
「行け。殺せ」
女の顔が六つのオオカミの首の中に
輝きが
「困ったな」
憎悪を
「こんな状況なのに、少し楽しい」
スキュラの目は、勇者が両手に持つ魔刀を捉えていた。刀身に光を留めた魔刀は、強力な魔法効果を付与されている。スキュラは突進の速度を落とし、オオカミの首を左右に分けた。首を掻き分け、中央に現れた女の顔は、正面に立ち尽くす勇者の姿を見て、舌なめずりを始めた。憎悪を込めた呪詛を吐き出そうと、女は口を開き大量の空気を肺に取り込み始めた。
勇者の両手が体の前で交差した。両手に持つ二振りの魔刀の
「
黄金色に輝く円月輪は、空気の抵抗を受け複雑な
円月輪に切断された女の顔は地響きを立てて、勇者の前に落ちた。スキュラ本体である女の顔は、首から斬り落とされて尚生きていた。女の眼は勇者を
「やめましょう」
円月輪を分け、元の二振りの魔刀に戻し鞘に納めると、勇者は女の顔に向けて静かに声を掛けた。
「あなたは美しい。これ以上傷つけたくはありません」
勇者の言葉に、女の顔は驚いたように目を見開く。女の顔から、
「こんな形でしか、あなたの呪いを解けなかった。わたしの力の無さを許してほしい」
女の瞳に涙が浮かぶ。
「休んでください」
勇者の右手が女の頬に触れると、女の顔は眩い光を放ち、やがて消えていった。
「甘いのう」
見上げた先に、スキュラの背に立つ魔王がいた。本体であるはずの女の顔を斬り落とされても、スキュラ本体はまったくダメージを受けていないように見える。
「尻の軽い女だ。甘い言葉に釣られて、己を切り刻んだ男を許すとは」
オオカミの頭のひとつを
「
魔王の手が撫でていたオオカミの頭を
「フロガ・エオーナ」
薄笑いを浮かべた魔王が呟くと、魔王に頭を鷲掴みにされたオオカミの頭から炎が上がり、
六つの首それぞれが苦痛の叫びをあげ、スキュラは空中でのたうち回った。全身を覆う炎は、いくら
「ほうら、良い子だ。苦しみから逃れたくば、その男を噛み殺せ」
絶望に血走った眼を魔王から勇者に向けると、炎に包まれたスキュラは地上に立つ勇者目がけて突進を始めた。
「
突撃してくるスキュラに目を向け、勇者は右の魔刀を引き抜いた。氷の魔法を付与されていた玉鋼有明は未だ刀身に
フロガ・エオーナは、永遠に消えることない炎で敵を焼き尽くす術だ。フロガ・エオーナで全身を焼かれているスキュラは、不死身の体を持つが
勇者は帯革に下げた
「フロガ・ミクロン」
呟くと同時に、勇者の右手が
勇者は掌を開くと、握りしめていた木の実を口の中に放り込んだ。
勇者の体がほんの一瞬だけ、紫に輝いた。同時に、周囲の動きが
「喰い殺せ」
上空から勇者を
炎に包まれたスキュラは、六つのオオカミの口から牙を剥き出しにし、勇者に襲い掛かった。スキュラの戦闘力は、
「バゴス・テリコス!」
叫ぶ勇者の声を聴いて、魔王は眉をひそめた。人間である勇者が、
勇者の魔刀が眩い光を放ち始めた。青く輝く魔刀を逆手に持った勇者は、腰を落とし微動だにせず、襲い掛かるスキュラを待ち受けていた。
スキュラの巨体が勇者の体を
「馬鹿な」
スキュラが勇者を噛み砕く
スキュラの全身を包む
炎を
大地に降り立った勇者に、無数の氷の結晶と化したスキュラの体が降り注いだ。魔王城の
「永遠の終わりだ。眠るといい」
頬に付着した氷の粒を拭い、勇者は消えゆく怪物に
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