第33話 主従逆転?

「ねえ、りっちゃん。ふと思い出したんだけど」


「唐突にどうしたの? ナオくん」


 普段、学校が休みの日は私の部屋に集まることが多い二人。

 この日は珍しく、ナオくんの部屋へと来ていた。


「昔さ、『ごっこ遊び』ってよくしたじゃん。ほら、例えば親子ごっことか」


「うんうん、やったねぇ。あの時はお母さんに中断されて、ちょっと不完全燃焼だったかな……あっ」


 今さら気づいた。あの時は夢中で気づかなかったけど……お母さん役を演じてた時の私って、客観的に見たら完全に痴女じゃない!?


 求められてもないのに自分から胸をさらそうとして、あまつさえ……あ、あああぁあああ!! 恥ずかしいぃいいい!


 恥ずかしさのあまり、ゴロゴロ転がり回る私。



 まぁ、いま命令されたら羞恥心は無視して即座に脱ぐけど。



「ちょ、ちょっとちょっと。髪と服装が乱れちゃうよ。また、急に頭を抑えて転げ回っちゃったりしてどうしたの?」


 私の内心を知らないナオくんは普通に心配そうだった。


 あっ……そうか、他の人が相手だと死ねるけど、ナオくんなら何の問題もないじゃない! それに今では奴隷候補。求められればいくらでも脱ぐわけだし、考え方を変えよう!


 相手はナオくん相手はナオくん……客観的な意見なんて存在しない……。

 ………………よし、納得完了!


「ふう。心配かけてごめんね? 大丈夫、何でもないから。それより、なんで『ごっこ遊び』の話を?」


「何でもないって言葉には無理があると思うんだけど、ほんと大丈夫……? いや、首輪──じゃない、チョーカーを見てたらね、『そういえば昔、ペット枠に立候補したことがあったなぁ』と」


「あっ、わかっちゃった。奴隷じゃなくてペットが欲しいってこと? ヒューマンタイプの」


「うん、全然わかってはないね。この前ショコラと戯れてるとき、『やっぱり動物は癒やされるなぁ』って連想しただけだよ」


「そうなんだね。あ! 私でできるなら、ナオくんを癒やそうか?」


 ショコラ。草薙家で預かっていた室内犬のダックスフンド。可愛いけど私の場所をおびやかしてきた、恐るべき存在。


「うーん……りっちゃんからは常に癒やされてるからなー……。そうだ。さっきの『ごっこ遊び』。不完全燃焼って言ってたし、ちょっとやってみる? この歳になると小芝居って言った方がいいのかな」


「えっ……私、ナオくんを癒やせたことあるの? 個人的にはそこを追求していきたいけど……まぁ、ナオくんが小芝居やろうっていうならそれで」


 すごく気になるんだけど、ナオくん第一の私だった。


「よし、決まりだね。じゃあ配役はどうしよう」


「その時は私が決めたし、今回はナオくんが決めてくれていいよ」


「それなら今度はシンプルにいくか。あの時にならって俺は犬の役。以前立候補したし、せっかくだから。で、りっちゃんがその飼い主で」


 私が飼い主……普段と逆転してる関係だけど、まぁお遊びの一環と考えれば。


「えっと、私はどうすればいいの? 要は、飼い主をどんな設定にするのかなって」


「今回、りっちゃんはりっちゃんのままでいいよ。演じるのは俺だけ。りっちゃんは素のまま、犬としての俺に接してくれたらいい」


「私だけイージーモードっぽいけど、いいの?」


「いいよいいよ。別に難易度を求める必要なんてないって。あ、ただ犬とは言っても服を着たり最低限は許してね?」


「う、うん。それはもちろんだけど──」


 なんか気になる発言があったけど、彼はそのまま進行し始めた。


「じゃ、三秒後に始めるから。3,2,1──」


 そしてそのまま始まってしまった。いいか、切り替えていこう。


「わあ! かわいいワンちゃん! ほら、でてあげるからこっちおいで?」


「ぐるるるるるぅ……!」


「ヒェッ!?」


 うなってる! メチャクチャ威嚇いかくしてる!

 かわいいワンちゃんなハズなのに、なんで!?


 ──はっ! 演技に関しては(自称)本格派のナオくんのことだ。


 まさか……!


 草薙家のヒエラルキーにおいて、おそらく私は底辺だろう。

 犬は群れの中でも自分より下に位置づけた人間には従わなかったりする。

 その、犬が持っているという、家族の序列さえ考慮に入れて演じているというの!?




 ナオくん……おろそしい子!!




 しかし今回は見通しが甘かったね、ナオくん!


 こういう時のナオくんは私を傷つけない。

 二人は強い信頼で結ばれているのだ!

 邪道かもしれないけど……それを逆手に取って、強制的に仲良くなる!


 そういえば、犬設定のディティールは聞いてなかった。


 もしかしたら人間不信で怖がってる犬設定なのかもしれない。

 ということは──私の献身の果て、犬は人間不信を克服する……。


 そんな愛のあふれる物語。まさに感動!


「ほら。怖くない、怖くない。おびえなくてもいいから、ね?」


「グルブルゥウウゥゥウ!!」


「ヒェッ!?」






 無理無理無理!!

 そんな甘ったれた設定じゃないこれ!!


 強引に触りにいけはするんだろうけど、迫力が凄すぎて飲まれちゃう!!


 見通しが甘かったのは私のほうだったよ!!


「ナオくんナオくん!」


「……ん? 俺の演技に何か不備でもあった?」


「不備がなさすぎるのが問題といいますか……」


「……?」


「率直に言って、私になついてる設定にしてください」


「なるほど、そういう方向性がお好みと。そういえばそのあたりの打ち合わせはしてなかったね、ごめん」


「ううん。甘く見てた私が悪かったから」


「甘く……? まあいいか、それじゃ、始めるね。3,2,1──」


 再び始まる小芝居。

 今度は私のイメージ通りだろう。


「わあ! かわいいワンちゃん! ほら、撫でてあげるからこっちおいで?」


「クゥーン」


 大人しくそばに寄ってくるナオくん犬。

 やだこれ可愛い!

 これこれ、こんなのを求めてたの!


「!! そうだ、撫でやすいよう、膝の上にいらっしゃい?」


 この前の膝枕で味をめた私は、ナオくんのベッドの上で再びそれを実行しようと考える。


 膝枕をして、なおかつ頭を撫でてあげられる……まさに一石二鳥!


 今回ばかりはナオくんも大人しく指示に従ってくれるようだ。


 そして私の膝の上で心地よさそうな表情をしているナオくん。

 これ、大好きなんだよね。


「よしよし、よしよし」


 なでなでなでなで。


 ……………………。


「よしよし、よしよし」


 なでなでなでなでなでなで。



「…………あの、りっちゃん?」


「……? まだちょっとしか経ってないよ? もうやめちゃうの?」


 その言葉を聞いて、ナオくんはチョイチョイと時計を指さした。


 …………三十分経ってるぅ!?


 あれえ!? 体感的には数分くらいなのにっ。


「ってことで、そろそろいい?」


「もうちょっとだけナオくん撫でたい」


 しまった! 『うん、そろそろいいかな』って言うハズが、本心を口に!!


「じゃあ三分ね」


 即座に妥協してくれるナオくん。

 ワガママを言って申し訳ない気分だけど、素直に嬉しい。



 そして改めて再開をしようとすると、部屋の戸をノックする音が聞こえた。


『尚哉よ。六花ちゃんが来てるのか?』


「ああ、父さんか。うん、来てるけど何か用事?」


『うむ』という返事とともに部屋に入ってくるナオくんのお父さん。


「じゃあちょっと失礼するぞ。実は先日、良い羊羹ようかんをいただいてな。どうせなら六花ちゃんにも──」


 と思ったら、目を見開いた後、セリフの途中で黙って部屋から出て行った。なんだか早足で。


 それをダッシュで追うナオくん。


『ちょっと待てえエエエエェェ! 父さん絶対にロクでもないこと考えてるだろっ!』


『失敬だぞ貴様! 父さんは羊羹を取りついでに、リヒトに電話しようと思っただけだ!』


『その電話だよ! 紳士の名をかたる外道め!』


『なっ!? この【紳士道正統後継者】の父に向かって外道だと!? 貴様ァアア!!』


 それから何やら争うような音が聞こえたあと──普通にナオくんは戻ってきた。手に持ったお盆の上にお茶と羊羹、それからなぜかスマホも乗せて。


「見苦しいところをみせちゃってごめんね。でも大丈夫。父さんのスマホは回収したし、電話なんてさせないよう母さんに言って目を光らせてもってるから」


「電話……? って、スマホを回収できたってことは、ナオくんが勝ったの!?」


 あれっ、未だお父さんには勝てないようなこと言ってなかったっけ?

 私の勘違いかな?


「勝った……というよりは痛み分けかな。今日は勝負じゃないし、目的は十分果たせたからいいよ」


「そうなんだ? ねね、もうちょっとだけさっきの、いい?」


 先ほど本音を吐いてしまった私は、もう開き直ることにした。


「……りっちゃんって、そういうところ強いよね。全然構わないけど」


 そのまま小芝居を続行させてもらい、私は十分に満足する。




 それから家に帰ると──なぜかお赤飯が用意されていた。


「あれ? お赤飯って、何かめでたいことでもあったの?」


 少なくとも私に思い当たることはない。


「もう六花ったら!」


「……これを」


 お母さんは『しょうがない子ね!』って感じで言葉を返し、お父さんは一言だけ喋ってスマホを渡してきた。


 そこには──


『リヒト。さっきな、尚哉と六花ちゃんがベッドの上で』


 それだけ書かれたメッセージが表示されていた。

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