第32話 趣味を探してたらバニーが出てきた。後編

 で、最後にたどり着いたのは演劇部。


 もしかしたら興味が引けるのではって発想は実に単純。

 りっちゃんは昔、『おままごと』や『ごっこ遊び』が好きだった、ただそれだけだ。


 別に思惑が外れてもそれはそれでいいし。


「あっ六花ちゃん、いらっしゃい! もしかして入部!?」

「六花ちゃんなら即スター間違いないね!」

「いや、八坂くんを案内してるだけなんじゃない? 今まで六花ちゃんが部活に入る空気ってなかったし……」


 最後の人、正解。


 高校ではちゃんと友達に恵まれてるのか。何よりな話だ。


「うっうん。ナオくんがね、部活、見学したいって、言うから……」


 お友達らの勢いに気圧けおされながら、しどろもどろに返事をしているりっちゃん。かわいい。


「あっ! そうだ!」


 先ほどの三人のうち、一人が何か思い付いたように声をあげた。


「実は私たちって被服部の子と協力で……こんなこともあろうかと、六花ちゃん用の衣装を用意してるんだよ! よかったら着てみない!?」


「エッッッ!?」


 りっちゃんの人気は思った以上のようだった。しが、推しがすごい。


 というよりさ、万が一りっちゃんの入部に期待していたにしても、『こんなこともあろうかと』って。こんな場面で出てくる言葉としておかしくない?


 普通に日の目を浴びないどころか……それ奇跡的な巡り合わせだよ?


 だが。


「りっちゃん」


「ナオくん。ナオくんを待たせるなんて言語道断だから、悪いけど断──」


「ここは是非、厚意に甘えよう!」


「乗り気なの!?」


 りっちゃんのリアル着せ替え状況なわけですよ?

 こんなシチュエーションを俺が見逃すわけないじゃないか。


「いやいやいや! 寸法が合うわけないじゃない!」


「それなら大丈夫。被服部の子がちゃんと把握して、六花ちゃんに合わせてくれてるから。六花ちゃん、スタイルいいね」


「なにそれ!? 怖いんだけど!!」


 そればかりは確かにちょっと怖いな。

 自分の知らないところでサイズを把握されてるなんて、ストーカーかよ。


「まあまあ! ね、八坂くんも六花ちゃんの衣装、見たくない?」


「見たい」


「ナオくん反応早すぎるよ! でもまあ……ナオくんが見たいっていうなら……」


 彼女は渋々しぶしぶ、別の部屋に連れて行かれた。

 俺は内心でガッツポーズをしていた。


 それからしばし待つと──


「ジャーン! どうこれ!? まさにお姫様じゃない!?」


「……、……」


 ドレス姿のりっちゃんが複雑そうな顔で出てきた。

 まさにノーブル。素晴らしく似合ってると思う。


「ブラボー!!」


 ドレスといえば演劇でも王道。今回は衣装だけで演じているわけではないが。

 それでも俺はスタンディングオベーションで、惜しみない賞賛をおくっていた。


 プリンセスりっちゃんを鑑賞することしばらく──


「それじゃあ、そろそろ次いこっか?」


「エッッッ! まだあるの!?」


 どうやら衣装は一つではないらしい。

 りっちゃんは驚愕していた。


 またも待たされたが、全然苦にはならない。

 女の子の着替えに時間がかかるのは常識だ。


「ほらほら! メイド服だよ! 男の子ってこういうの大好きなんでしょ?」


 どうやら着せ替え係の子は、男というものに対して大層な偏見を持っているらしい。


「大好きです」


「ナオくん!?」


 だが、少なくとも俺は大好きなので正直に返事をした。


「じゃあ次ね。大丈夫、それで最後にするから」


「えぇー……まだあるの?」


 心なしか、ゲンナリしながら連れて行かれるりっちゃん。


 そして最後に出てきたのは──


「これは……ヤバいね。私が着せておいてなんだけど……健全さというか、まぁ……」


「う、うぅ……」


 なんとバニーガールの衣装だった。

 りっちゃんはメチャクチャ恥ずかしそうだ。


 この子、俺の前では躊躇ちゅうちょなく脱ごうとはするけど、羞恥心はちゃんとあるんだよなあ。


 それでも、『おっぱい触る?』って爆弾発言をした時は平然としてたし……恥に対する尺度が全くわからん。


 ──って、いやいや、さすがにこれは無しでしょ!


 実は演劇部じゃなくてコスプレ部なんじゃないの? ここ。

 いや、それ前提にしてもチョイスとしてどうなの!?





 でも素晴らしく似合っているし、【おおやけの場においては健全の鬼】を自称している俺が言うのもなんだが……着せ替え係の子の言う通り──エロいと思わされてしまった。


 ちなみにプールの時の件は状況が状況なので、俺の中では不可抗力である。


「すごく──いいと思います」


 一時的に【紳士道】から外れはしても、良識だけは捨てまいと心がけている俺。


 だが、実際に口から出たのはそんな言葉。

 俺はとても素直な野郎だった。


 しかし、着せ替え係の子の思惑にまんまとはまってしまうとは──この八坂直哉、一生の不覚。


「ナオくん、言っておくけどこれ恥ずかし──あっ」


「あぶなっっ!!」


 高いヒールのせいか、つまづいて転びそうになるりっちゃん。

 咄嗟のことに慌てて下から受け止める俺。


 いや、ヒールまで付いてるとかどんだけ本格的なの!?


 その時間とお金と労力、もっと他に使ったらいいんじゃない?


 俺が下敷きになれたお陰か、パッと見た限りでは怪我は無さそうだけど……。


「りっちゃん、大丈夫?」


「うん、ナオくんが受け止めてくれたお陰で無事に──痛っ」


「六花ちゃん!?」


 さすがに演劇部の子も血相を変えて駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫。ちょっと足、ひねったみたいだけど、それだけだから」


 そうは言うが、すぐに立つ気配はない。


 ここは一刻も早く保健室に連れて行かないと!


 いや、でも先に着替えを──ええい!


「りっちゃん! ちょっとごめんね!」


「えっ! ナオくん!? ひゃっ!?」


 彼女の上に俺の上着をかけ、お姫様抱っこの形で持ち上げる。


 一瞬おんぶにしようかとも思ったが、彼女は仰向けに尻餅をついた状態。

 もうそのまま抱え上げることにした。


「六花ちゃんごめんね! こんな時に最低なこと言っちゃうけど、すごく羨ましい! 本当にごめんね!」


 なんか謝りながら本音も言って、また謝ってる。

 この着せ替え係の子も、ちょっとアクが強いな。


 って、それどころじゃない!


「すぐ保健室に行くから!」


「えええ!? さすがに重たいでしょ!?」


「重たいというより尊い! 大丈夫だから!」


「なにその返事!? 本当に大丈夫なの!? ──って、ヒャア! ナオくん速い速い!!」


 なにやら腕の中でピーピー言ってるが、そんな彼女を無視して保健室へ猛ダッシュする。


 先生から診てもらった結果は──『軽い捻挫。安静にしてればすぐ治るから大丈夫』だった。


 はあ。重傷そうでなかったとはいえ、骨とか筋をやってなくて本当に良かった。


 それから間もなく。

 演劇部の子がりっちゃんの着替えを届けてくれたので、保健室の中で制服に着替え直してもらう。


 さすがに俺は外で待機していたが、先ほどの着せ替え係の子も献身的に手伝ってくれたようだ。


 先生の手際もよかった。


 だが……本当に驚いたのは、りっちゃんのバニー姿を見ても全く動じることなく、医療行為を施すその姿勢だ。治療後も怪我をした状況以外には、特に言及することもない様子。医療に関わる人って、すごい。


 それとも首輪──じゃない、チョーカーの件といい、この学校が変人の巣窟そうくつなだけなのか。



 その後、着替え終わってからは照れる彼女を背負い、そのまま俺たちは家路についたのだった。




 そして翌日。


 友人のノブが疑いの目をもって俺にこう聞いてきた。


「なあ尚哉。なんか昨日、バニーを抱えて走る男が現れたとかいう噂が立ってるんだが……」


 ノブはいつも、トラブルの中心に俺かりっちゃんがいると思っているフシがある。

 まったく失礼な男である。


「ああ、それはこの学校の七不思議でね──」


「いやお前転校生だろ!」


 クソッ! 気が動転していたとはいえ、ウサ耳くらいは外しておくべきだった!


 この八坂尚哉、一生の不覚!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る