第30話 追憶編・劣等感を刺激する少女

 過去──六花には男子にも女子にも友達がいなかったが、その日は違った。


 珍しいことに女子から遊びに誘われ、これはチャンスだと尚哉に送りだされる六花。


 もちろん、イジメに遭う前の話である。


 六花と別行動の尚哉は、公園で友人のノブ、ヤス、テルと一緒にサッカーボールで遊んでいた。


 そこに駆け込んでくる六花。


「ナオくぅん……」


 彼女はションボリしていて、半泣き寸前だった。


「あれっ、りっちゃんどうしたの!? 今日は女の子たちと遊んでたんじゃ……まさか、イジメられたとか……?」


 別に他の男連中に言ったわけではないのだが、ビクリとする友人三人。


「ううん……普通に遊んでくれてたんだけど、途中で言われちゃったの。『六花ちゃんって何の遊びしても勝っちゃうから、面白くないよね』って……」


「ああ、ハイスペック美少女っぷりが裏目に出たのかー……」


 瞬時に尚哉は理由を悟った。ちなみにこの時、美少女と付ける必要はない。


「それで、いたたまれない気持ちになっちゃって、『用事があるから』って逃げてきちゃったの……」


「それはしょうがないね、時代がりっちゃんに追いつくのを待つしかないかもしれない。その子らを説得するのも厳しいかもしれないし。それじゃ、今日はいつも通り、俺たちと遊ぶ?」


「いいの……?」


「もちろんいいよ。いつも言ってるでしょ? りっちゃんならいつでも大歓迎だって」


「ナオくんっ……!」


 状況も丸く収まろうかというこの状況で、尚哉と遊んでいた友人のノブが声をかけてきた。


「あのさ、いいお話っぽいところ、こんなこと言うのもどうかとは思うんだが……。尚哉自身は、そういうのってねぇの?」


「そういうの?」


「ほら、劣等感というか……サブミッションは別として、基本的に何するにしても草薙の方が尚哉よりスペック高いんじゃないか? そこに劣等感を感じることはないのかってことだよ」


「りっちゃんに劣等感……?」


「あ、これ本気で分かってないな。ほら、男なら誰しもプライドってあるだろ? 別に女子を差別する気もないが、女に負けっぱなしで尚哉は平気なのかってことだよ」


「全然平気」


「即答かよ! え、なんでだ? 理由、教えてくれ」


「理由……いるかなあ。俺、自分から言うのもなんだけど、普段から結構頑張って生きてるし、紳士道もサブミッションの上達にも邁進まいしんしてるし……これ以上の理由って要る?」


「いや要るだろ。目の前で能力差を見せつけられて、全く思うところがないのか?」


「りっちゃんすごい。ハイスペック美少女、って思うね」


「じゃなくて! 例えば草薙と何らかの勝負をして負けたとして、悔しくないのかって話だ!」


「勝負したとしたら、負けて悔しいっていうのは確かにあるかな……? いや、そもそもりっちゃんと勝負事ってしたことってあったっけ……? まぁでも、美少女と同じ空間にいられる幸せに比べたら些細すぎることだし、何より父さんから『尚哉よ。勝敗とは兵家の常だ。そこにこだわる内は未熟と心得よ』って叩き込まれてるし」


 尚哉はサブミッションをやっているとはいえ、【紳士道】の教えにより無闇に争いごとを起こそうとしないし、その父の教えのせいか、人と自分というのを割り切っているフシがある。


 六花の方はそもそもの話、闘争心自体が皆無で、競争という考えも苦手だった。


「前から言ってるけど、お前本当に俺らと同い年なの?」


「さあ?」


「もはや肯定すら放棄するのかよ!?」


 そこで別の友人であるテルも発言する。


「僕は女に負けたくないなぁ。や、差別したいってことじゃなく、守ってやりたいのに不甲斐ないって意味で」


「女の子を守ってやりたいって……もう答えは出てるんじゃない? 自分を鍛えまくりなよ。それに守るつもりなら、相手の女の子よりも周りの男子と競うべきでは? 女の子に負けるより、他の連中から守ってあげられない方が不甲斐ないと思う」


 尚哉の発言により、テルは『うぐっ』と息を呑んで動きを止めた。


 とはいえ、その発言をした尚哉自身が将来、その『守ってあげられない不甲斐なさ』に打ちのめされることになるのだが。


「俺も負けっぱなしは嫌だわ。例えば、テストでも運動でも、負けたらモヤモヤしそうだし」


「それなら自分が納得できるまで精進すればいいじゃん。スポーツでいうところのノーサイド精神ってやつ? 負けて悔しいのはしょうがないけど、劣等感を引きずってもいいことないと思うよ。でも、人間だしそんな簡単に割り切れないか。そうだね、友達に愚痴を吐くとか『これなら勝敗を気にせずに打ち込める自分だけの趣味』を見つけるとか……まぁ、色々と模索するのもいいかもね」


「…………」


 テルと同じく、ヤスも何も言えなかった。


「あっ、そうだ。『いかにできた人間でもマウントを取りたいと思うこともある。そんな時は、己の内に敵を見出みいだし、己につことを心がけるのだ』。これも父さんの【紳士道】の教えね」


「はい……先生……」


「いや俺、先生じゃないんだけど……。大体、三人ともさ、劣等感劣等感って、『メチャクチャ好みだけど絶対に勝てない女の子』と『優越感は得られるけどそこまで好みじゃない女の子』。どっちを取りたいの? いや、どっちかに正解があるわけじゃないんだけどね。そんなの人それぞれで、例えも極端だし。っていうか、そもそもそんな話だったっけ、これ」


「「「………………」」」」


 さらに追い討ちをかけられ、三人とも完全に沈黙した。


「尚哉……お前、本当に同い年かよ……」


「ノブ、この前からそればっか言ってない……? あ、でも。ノブは案外、いい保護者になると思う」


「どういう意味だよ!?」


「さあ……?」


「お前、俺に対してだけ適当すぎねえ?」


「信頼がゆえだよ」


「えぇ……」


 納得がいかなそうなノブ。


 そんな様子を見て、六花はキラキラとした表情をしていた。


「ナオくん、カッコいいね!」


「りっちゃんは超可愛いね。ホントもう、いつ見ても超美少女」


「あ、あぅ……」


 ………………。


「あれ、なにこの空気? なんでみんな、黙りこくっちゃってるの?」


 はからずも少年のせいで、それぞれが自分の中に何かを見てしてしまい、考えこんでしまったのだった。


 六花だけは照れが理由だったが。


 ただ、ノブだけはいち早く復活し、尚哉に──


「いや、やっぱりどういうことだよ!?」


 とツッコんでいた。


 ノブ。尚哉を除き、この場で一番タフな存在である。


 そして尚哉は将来、『やっぱりノブは、いい保護者になったな』と確信を得るのだった。

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