第29話 目もくらむほどの君。

「ナオくんお待たせぇ!」


 休日のとある一日。

 私たちはレジャープールへと遊びに来ていた。


 水着は彼と一緒に買いにいったのだが、試着姿は見せていない。

 パレオ付きの可愛い水着。

 南国風といいえば伝わるだろうか。

 パーツがそれぞれ分かれてるから、ちょっと露出が多めかもだけど。


 実質、今回が初お披露目だったりする。

 可愛いデザインだし、気に入ってくれるといいな。


 そんな、お披露目されたナオくんは──


「────」


 言葉を失っていた。


「ナオくん?」


「よし、りっちゃん。そろそろ帰ろうか」


「いま来たばかりだよ!?」


 予想だにしない第一声に私は吃驚する。想定外の言動が多いナオくんだけど、今日は輪をかけて分からない。


「今、思い直した。プールってね──とても危ないところなんだよ」


「じゃあなんで来たの!? そ、それじゃあ浅いところにいるから。あ、でもウォータースライダーくらいは──」


「ウォータースライダー!?」


 ナオくんは目を剥いて驚愕した。


「わ! ビックリしたぁ! えっ、絶叫マシーンってわけでもないし……驚く要素、ある?」


「そりゃ驚きもするよ。りっちゃん、肉食猛獣の群れに子羊──いや、特上A5和牛を投げ込むとどうなると思う?」


 猛獣に……子羊? サバンナに草食動物的な話かな? でも、牛??


「えっと……食べられちゃう?」


 聞いたまんま、何のひねりもない答えだけど、そうとしか浮かばない。


「ヒュウ! ビンゴ。今日のりっちゃんは冴えてるね」


 彼は指を鳴らしながらクールに言った。なんだろう、ハードボイルドな気持ちの日なのだろうか?


 まあナオくんだし紳士だし、そういうこともあるのかもしれない。


 でも。


「え、私、冴えてるかな? もしかして褒めてくれてる? 偉い?」


 バカな私は率直に喜んだ。


「これ以上なくね。正直、りっちゃん以上に可愛くて良い子を俺は知らない」


「も、もう!」


 出た! ナオくんの【褒め殺し】! これに私は何度やられたことか!


「どれくらい可愛いかというと……眩しすぎて失明しそうなくらい。これは水着のチョイスを誤ったな。もっと、りっちゃんの魅力を殺すような──暗闇的なやつを選ぶべきだった。クッ、俺としたことが……」


「どんな褒め方!? というか褒めてる最中に暗闇なんて表現使うの!?」


「いや、待てよ……暗闇か……ゴスロリ……アリがゆえに無しだな……ここはやはり露出を避ける方向性で……ダイバースーツ……うん……」


 聞いてない。私の話を全然聞いてない。これはいわゆるゾーンというやつだろうか。競技なんかで超集中した時に入るといわれる境地の。




 こんな場面で入ってる人、見たことないけど。




 結局、数分ほどブツブツと呟いた末、ナオくんは戻ってきた。


「りっちゃんごめん。でもね、俺の言い分も聞いてほしいんだよ。理由はね──」


「あ、お帰りなさい。ふふ、ちゃんとどこにも行かずに【待て】ができたよ? 偉い? また褒められちゃう?」


『褒めて褒めて』という感じでナオくんを見上げてみる。

 冗談めかして言うが、さっき褒められた時から私も少し狂っていた。


「────」


「ナオくん?」


「よし、そろそろ帰ろうか」


「またなの!?」





 議論の果てに、半日ほど遊ぶということで決着がついた。


 いつも大体のことは許容してくれるナオくんだというのに、こういう日も珍しい。


 そうして私たちのプール遊びはスタートしたのだが……。


「!! りっちゃん! そっちは危ないから!」


 なぜか、ことある毎にナオくんから教育的指導が飛んでくる。


「ええっ!? すごい浅いよころだよ!?」


 ほら! 監視員の人ですらナオくんの鬼気迫る注意喚起に驚いてるから!


離岸流りがんりゅうとか危ないし、なにより人が多い! りっちゃん! 海を舐めちゃいけないッ!」


 離岸流!?


「海!? ここプールだってば!!」


 いつもより想定外だとは思ったが、さすがにこれはおかしい。

 結局、再び話し合うことにした。





「ごめんごめん、俺が回りくどく明言してなかったのが悪かったね。さっき詳しく言おうとしたんだけど、機を逸しちゃってて。要は、水着姿のりっちゃんがナンパに遭ったり、目立って衆目にさらされるのが嫌だってことでね」


 なるほど……私を守ってくれようとして、あんな感じに。


 でも。


「あの、ナオくん。私、あんまりナンパってされたことないよ?」


「──エッッッッ!?」


 彼はここ一番という感じで驚いた。


「ほら、こんな髪だから見てくる人は確かに多いけど、話しかけてこようとする人はあんまり……。見世物みせものは遠くからで十分って感じじゃないのかなぁ?」


 お友達からはよく『この前ナンパされちゃって~』なんて聞かされるけどね。

 これも魅力の差、なのだろう。

 でも私にはナオくんという大前提の存在がいるから、別に悔しくないし。


「……ああ、なるほどね、そういうことか……」


 意味深なふうに彼は頷いていた。

 分かってくれたのだろうか?


 それにしても、『衆目に晒されるのが嫌』って言葉……これはおそらく、『りっちゃんは見世物じゃない』というナオくんの優しさなのだろう。


 髪色の件さえなければ、お友達に借りた少女漫画に出てくるシチュエーションなのになぁ……。


 その漫画では彼氏役のキャラクターが、そんな言葉をヒロインに向かって言うのだ。

 実際に私も言われたらドキドキするのだろうか?


 …………冗談として発言したら、ナオくんなら許してくれるかな?


「ねえ、ナオくん」


「ん?」


「もしかして、私の水着姿が他の人に見られたらって──嫉妬しちゃったり?」


「うん。いつも言ってるけど、りっちゃん超美少女だし、さらには今、水着だからね。なんならナンパの心配よりはそっちの比率の方が上かも。嫉妬か。はあ、我ながら狭量だなあ」


「!?」


 えええええ!?

 いやいや!!

 リップサービスにしても本当に褒めてるにしても、この人──毛ほども照れてないんですけど!!


 今まで見てきた漫画の男の子は──


『ばっ!? ……そんなんじゃねえよ』

 って、照れながら言ったり。

『……お前は俺のものだろ?』

 と、ぶっきらぼうに言ったり。

『お前のその姿、他のやつには見せたくないんだ……』

 とか、妙にカッコつけてたり。


 他にもあるけど、大体そんなのだよ!?


 素直に褒めながら嫉妬してると言いつつ、まだ未熟だと反省する男の子。


 ナオくん…………。


「りっちゃん?」


「えっと、なにかな!?」


「なんか、すごく赤くなってるけど大丈夫?」


「!?」


 さっきから妙に胸がドキドキしてると思ったら!

 どうやら創作にあるとおり、このシチュエーションは私に甚大なダメージを与えていたらしい。


「ん~……熱中症ってことはないだろうけど……一応、飲み物でも持ってくるか」


 私の心配第一とばかりに動こうとする彼。


「だだだ、ダイジョブだから!」


「……? そう? まあ俺も反省したし、もしナンパが来てもガードするから、もう普通に遊ぼうか」


「ッ! うん!」


 それから私たちは本当に楽しく遊んだ。

 流れるプールにも入ったし、ナオくんと一緒にウォータースライダーも滑った。




 そして……。


 今はプールも終わって帰りのバスに揺られている最中。


 昼間に張り切ったせいからか、ナオくんは私の隣で舟を漕いでいる。

 わずかばかり、私の肩に頭を預けながら。

 頭を預けてくれているということは、それだけ私のことを信頼してくれているのだろう。


 プールでのこともドキドキしたし、十分に楽しかったけど……。

 その事実が今日で一番嬉しかったのだった。

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