第28話 君の名は──聞いてないんですけど。

「八坂尚哉ッ! 今度こそ勝負してもらうぞ!」


 学校の休み時間。突然、よく分からない男に声をかけられた。


 んー……知り合いではないけど、どこかで見たことあるような?


「──ああ! ノブのメシ友の人か。また突然どうしたの?」


「メシ友って何のことだ!」


「え、この前ノブと昼飯食ってなかった?」


 その時の俺は、りっちゃんとキャッキャウフフしながらお弁当をつついていたので気もそぞろ。あんまり記憶にない。


「アレは君が勝手に押し付けたんだろ!?」


「じゃあ一人で食ったんだ?」


「いや……まあ……彼とは共に食事はしたが」


 ほら、やっぱり。ノブは良いやつだからね。というか押し付けて本当にスマン。りっちゃんという明確な優先順位を付けてる俺を許してくれ。


「それなら勝負はノブとやってよ。そうだ、メシ友つながりで早食いなんてどう? 早食いでも食への感謝は忘れちゃダメだよ? じゃ、俺は今からりっちゃんに──」


「それだ!」


「え、なに急に叫んだりなんかして。大丈夫? ああ、『早食い勝負が名案だ!』ってことか」


「全く違う! そうじゃない! なにを勝手に愛称なんかで呼んでるんだ! 僕の六花を! それから勝負は君に対して申し出てるんだ!」


「『僕の六花』って、りっちゃんのこと? ………………ふーん」


「な、なんだその反応は」


「いや別に。ところで俺と勝負だとか言ってたね。楽しく遊ぶ目的じゃなくて、別の趣旨があるってことかな?」


「なぜ君と楽しく遊ばなければならない!? そうじゃない。六花を賭けて、どちらが相応しいか勝負しようと言ってるんだ。言っておくが、僕は卑怯なマネなんてせず正々堂々とやるぞ」


「なるほど、正々堂々とはいさぎよいね。ところでそれ、当の本人のりっちゃんからは許可を得てるの?」


「いいや、それはこれからだ。だが、勝った方が魅力がある男ということに揺るぎはないはず。なんなら、君と六花が納得するまで何度勝負してもいい」


「おお、負けてもリトライ可能とは寛大な。じゃ、俺からも一つ提案があるんだけど」


「なんだ? 勝負の方法か?」


「いやいや、それ以前の話ね。先にりっちゃん自身から賭けについての許可を取っておいで? ほら、事後承諾なんて後味悪いでしょ? 彼女がオーケーしたら俺は無条件で受けるよ」


「ほう、この前とは打って変わって話が早いな。よし、待ってろ。次の休み時間にでも六花に話してこよう」



 そして次の休み時間。



「おい八坂尚哉! どういうことだ!!」


「なにが? しかし毎回そんなに叫んだりして、血圧大丈夫?」


「分かっててとぼけてるんだろう!? 賭けの提案をしたら即座に断られた! 卑怯者め! 事前に根回しか何かをした上で『許可を取ってこい』なんて言ったんだな!?」


「根回しか……ある意味、確かにしたね」


「そらみたことか! さっそくメッキが剥がれたな!?」


「今度レジャープールに一緒に行くから、その根回しをね。りっちゃんから水着のチョイスを頼まれたのもあってさ。悪いけど俺は遊びの用意とはいえ──手抜きはしない」


「ええい! 何の話をしているんだ! いや待て! 勝手に僕の六花とプールに行くだけでも許しがたいのに、さらには水着まで君が選ぶだと!?」


「水着くらいで大げさな。この前の下着選びに比べるとまだハードルも下がると思うんだけど」


「下ッッ!?」


 ノブのメシ友の人は、信じられないという表情で絶句していた。


 と、そこで最初に話題に出てたノブが通りかかり話しかけてきた。


 ちなみに現在、話している場所は廊下である。メシ友の人の騒がしさが周りに迷惑をかけていないか、密かに気になっていたりする。


「おん? また尚哉に西園寺か……はぁ、また今度は何を騒いでんだ? またどうせしょーもないことだろ?」


「おー、ノブ。聞いてよ、ノブのメシ友に絡まれてるんだよ」


「俺のメシ友って……アレは尚哉が勝手に押し付けていっただけだろ。てか俺の関係者が迷惑をかけてるような言い方やめろよ。で、聞いてくれって何の話だよ」


 こいつマジで面倒見いいな。


 それからカクカクシカジカと事の経緯をノブに説明する。


「あぁ……そりゃあ西園寺が悪いわ。というか、こういう時の尚哉には逆らわない方がいいぞ。空気的にはまだセーフなラインか……コイツが本気を出したときの理論武装とサブミッション、マジでヤバいからな」


「なっ!? 君まで八坂尚哉の肩を持つのか!?」


「公平な意見だっつーの。これ、説明する必要あるか?」


「言ってくれ。僕の納得できる理由なんだろうな?」


 あれ? ノブが登場したことで俺を置いてけぼりに展開が進行してゆく。





 まあいいか。楽だし。持つべきものは友人である。





「まずな、初対面で無礼に尚哉に絡んだんだろ? それを改めないとコイツ、西園寺の名前すら口にしないと思うぞ。わざと認識しようとしないどころか煽ってくる可能性すらある。それから……ここが核心なんだが。草薙関連で少しでもネガティブな要素を尚哉に振ったらアウトだ。今回に関しては──草薙を賭けて勝負だったか。あのな、そういうのはお話の中だけにしとけ。草薙に限らず人権ってのがあるのは分かるな? 人はモノじゃないんだから、そんなこと言われても相手にはされないのは当然…………って、なんで俺が全部説明してるんだよ!! 尚哉、お前わかってて黙ってるだろ!? 途中で代われよ!!」


 長々と解説してくれたと思ったら、いきなりキレ始めた。

 今日もノブのキレ芸は素晴らしいな。


「ごめん。ノブが頼もしすぎてつい」


「お前、俺をおだてたら済むと思うなよ? まあ西園寺、もうちょっとあるが大体そんなとこだから。反論があるなら聞くが?」


 舌の根も乾かぬ内にフォローしてくれるノブ。こいつ、天性の保護者とかなんじゃないの?


「う、ぐぐ……今日はッ……失礼する……!」


 そう言ってメシ友さんは顔を赤くして立ち去った。そしてなぜか周りから喝采が巻き起こった。場所が廊下だったせいか、途中から見世物みたくギャラリーが集まってきていたのだ。


 そして拍手が収まったと思ったら今度はザワつき始めた。みんな忙しいな。


「ナオくん大丈夫ッ……!?」


 ああ、りっちゃんが来たからか。納得。


「大丈夫大丈夫、賭けのことなら無事に──」


「絶対ダメだよ!? 女の子ならまだしも、西園寺さんの息子さんを奴隷にだなんて!」


 ちょっとこの子なに言ってるの?


「りっちゃん、奴隷だなんてワードは一言も出てないから。ところで、さっきの人はお知り合い?」


「うん。知り合いというか……お父さんのお知り合いの息子さん。よく覚えてないんだけど昔、家に遊びに来たことがあったらしくて。進学先が同じ高校だったみたいで、なぜかよく話しかけてくるの」


 そういうことか。それでアプローチをかけられていると。見た限り不本意なんだろう。大体想像通りだった。


「まあ災難だったね。ところでさ、賭けの内容って聞いてる?」


 多分いつものやつだろうけど。


「……? ナオくんを巡って私と西園寺さんの息子さんが勝負するって話でしょ?」


 ほらやっぱり勘違い。どういう会話の末そうなったのかは知らないが、おそらく自己評価が低いせいで自分を争っての勝負なんて発想に行き着かないんだろう。


 そこは後でフォローするとして。




 この周りのザワつきを何とかしてくれませんかね?

 下手すると首輪の件で回避したはずの俺の風評被害がね。


 あのノブですら、『ど、奴隷……!?』とか言ってるんだもの。

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