第27話 追憶編・超美少女の私

「ナオくんナオくん」


「なに? りっちゃん」


「ナオくんって何か、欲しいものってないの?」


 以前、好みのタイプを聞いて失敗した六花。

 その時から少し時間が過ぎてはいるが、場所も公園で、シチュエーションもほぼ同じである。


 今回は別の手口で尚哉の気を引こうと考えたのだった。


「欲しいもの……力、かな」


「ナオくんは挫折を味わった主人公かなにかなの!?」


「ごめんごめん。そうだね──新技かな」


「現実寄りだからって関節技も違うよ!?」


「え、でも欲しいものだよね? ちょっと話が見えないな」


「えっとね……そういうのじゃなくて……プレゼントされたら嬉しいものってこと」


 モジモジしながら言う六花。


「なるほど、物質縛りと。俺、物欲ってあんまりないからなあ。あ、そうだ。『肩たたき券』なんてどう?」


「?? ナオくん、肩なんて凝るの?」


「いや俺は凝らないけど。ルカさんに使ってあげようかと」


「ナオくんそれ、わりと最低だよ!?」


「そうかな? ルカさんは肩たたきで喜ぶ、喜んだルカさんを見て俺とりっちゃんが喜ぶ……思いやりスパイラルで世界も平和になると思わない?」


 あたかも良いことを言っているようだが、送る人間の心情を全く考慮に入れておらず、六花の言う通り、送ってくれた人物に対してわりと最低である。


 この場合、六花がプレゼントする話には達していないので、乙女心にまでは言及できないが。


「そう言われてみればそれも──はっ! 危うく丸め込まれるところだった! 優しさは否定しないけど……ナオくん自身が欲するものだよ!」


「俺限定……ちなみに、送ってくれる人って誰? その人にもよるね」


「…………えっと、もう言っちゃうと、わたし……」


 この時、少年の思考は鋭さを増し──


『これは下手なものを要求すると確実に斜め上のものを持ってくる。なにか、無難な方法を……!』


 そういう結論に至った。


「なるほど、りっちゃんかぁ。気持ちだけでも嬉しいんだけど、それじゃ収まらないんだよね?」


「うん、私……ナオくんに何かプレゼントしたい!」


 グッと拳を握りながら言う六花。それを見て、尚哉は少女の説得を諦める。


「ありがとう。じゃあいいかな?」


「うん、なんでも言ってね! カブト虫でも油田でも、私頑張ってプレゼントするから!!」


「じゃあ『何でも言うこと聞く券』、お願いしていい? もちろん他の人には無効、りっちゃんが俺に対してだけ、ね」


 少年は六花の言葉にツッコまず要求する。


「そんなのでいいの……? 私、券なんてなくても、いつでもナオくんの言うこと聞くんだけど……」


「りっちゃんの『何でも言うこと聞く券』が欲しいんだよ。それとも断る?」


「!! 待っててね! 私、作ってくるから!」


 そう言って六花は家へと走り去った。


 そして翌日。


「ナオくんっ! ほらこれ!!」


 ニコニコしながら六花は尚哉へと『何でも言うこと聞く券』を渡す。

 彼女は幼少の頃からスペックが高く、その券は無駄にクオリティの高い作りとなっていた。


「これりっちゃんが作ったの!? すごいな……」


「えへ、いつでも使ってね!」


「じゃあさっそく使いたいんだけど」


「もう使うの!?」


 もっと重要なシーンで使われると想定した券。

 それを渡した瞬間に使われようとされ、六花は驚愕する。


「え、期限に関しては聞いてないんだけど……ダメかな?」


「もちろんダメじゃないけど……」


 なにかに落ちない気持ちもあるが、問題があるわけでもない。


「じゃあ使うね。簡単なことだから安心して。今日一日、りっちゃんの『私』って言葉を変えてほしい」


「?? どういうこと?」


「りっちゃん、自分のことを私って言うでしょ?」


「それは、うん」


「それを変えて欲しい」


「えっと、ボクとか……?」


 もちろん、いま出した例えは適当に言っただけである。

 ただ、尚哉が喜ぶのなら一人称を変えるくらいは余裕だな、と六花はこの時思っていた。


「いや、ボクとかアタシとか、そういうのじゃなく『超美少女の私』で」


「えっ」


 想定外の要求。六花は全く理解ができなかった。


「さっきも言ったけど簡単な話だよ。単に、普段『私』っていってる言葉を『超美少女の私』って言い換えるだけ。難易度も高くないよね? じゃあ、この会話の次から始めようか。サン、ハイ」


「ちょっと待って、超美少女の私には超美少女の私なんて言い方、無理だよ!」


 しかし素直な少女は尚哉の要求にそのまま従う。


「──!! おお! 思ったより良い感じだ! これは……一石二鳥どころか色々とすごいんじゃないか……?」


「ちょっとナオくん、超美少女の私を置き去りにしないで! 一石二鳥とか意味がわからないよ!」


「……これいいなあ。あ、そうだ。ルカさんにも見せてあげるか。喜んでくれる光景が目に浮かぶ」


「えっ!? このまま超美少女の私の家に行くの!?」


「うん、このまま超美少女のりっちゃんの家にね」


「~~~~」


 普段、尚哉から『美少女』という言葉自体は言われている。

 なので、からかわれているという印象は受けなかったが……自分の中で処理できない感情を抱える六花だった。



「こんにちは~」

「た、ただいま~」


「六花に尚哉くん、お帰りなさい。あら……? 六花、何かあったの? 元気が無い──わけでもなさそうね」


 尚哉が普通にしているので危険は感じなかったが、六花の母ゆえに違和感を感じ取るルカ。


「……うん。超美少女の私、元気だよ……」


 そのセリフを聞いて、ルカは尚哉の方を見やる。

 尚哉はサムズアップし、ルカは頷いた。


「そっか、いつも通り、超美少女な六花ってわけね! ふふ、オヤツ用意してるから、上がって手を洗っていらっしゃい」


 ニコやかにそういってルカは引っ込んだ。


「あの……ナオくん。なんでお母さん、あんな普通に様子の違う超美少女の私を受け入れてるの……? 明らかにおかしいと思うんだけど」


「それはね──りっちゃんが超美少女だからだよ」


「それ理由になってるの!?」


「理由というか世のことわりだね」


「ことわり!?」


『何でも言うこと聞く券』を使われる前後から、かなりの頻度で叫んでいる六花。

 それはそれとして、二人ともルカの言うことを素直に聞き、手を洗って六花の部屋へ行く。


「おお、カステラって超美少女のりっちゃん好きじゃなかったっけ?」


「うん。かすていら、超美少女の私、大好き! ……これ、もうやめてもいい?」


 少女は珍しく尚哉の指示を辞退しようとする。

 だが、こういう面に関して尚哉は甘くない。


「俺はね、別に超美少女のりっちゃんをイジメたいわけじゃないんだよ。期限は今日一日って言ったけど、本気で嫌ならいつでもやめていいよ」


 ニコリと優しげにそう返した。

 少年は嫌味なしにサラッとこういうセリフを言うクセがある。

 中々に厄介な野郎だった。


「……超美少女の私、もうちょっと頑張る……ところで、なんで今日はお母さんが横にいるの?」


 何も言い返せない六花は『超美少女』を続行する。

 そして、なぜかニコニコしながら近くに座っている母に言及した。


「尚哉くんのお陰で健気に頑張ってる超美少女の六花を見てたくてね。あの卑屈の塊の六花が……やっぱり、尚哉くんは最高ね」


「ヘヘッ、それほどでもないですよ」


 少年漫画の主人公のように鼻をこすりながら尚哉はルカへと答える。

 二人のやり取りは完全に茶番だった。


「もう! 超美少女の私を無視しないで!」


「ふふふ。あ、そうだ。せっかくだから超美少女の六花の将来の夢、お母さんに教えてくれない?」


 母へ憤る六花に対し、ルカは微笑ましげに笑っている。


「今ここで!? 超美少女の私、何回か言ってるよね……?」


「今だからこそ聞きたいのよ」


「いいけど……。超美少女の私の将来の夢はね、お嫁さん」


 尚哉の方をチラチラ見ながら顔を赤くして発言する六花。


「実際、超美少女のりっちゃんが言うと『美少女代表の夢』みたく聞こえちゃうね。いや……それ、過言ではないな、マジで」


 真剣な顔でコメントをする尚哉。


「もし貰い手がなかったら尚哉くんが超美少女の六花を貰ってやってくれるかしら?」


「えっ!?」


 思いがけない母の提案に驚く六花。


「貰い手がないってことは絶対ないと思いますけど……俺じゃ、超美少女のりっちゃんには釣り合わないんじゃないかなぁ」


「そっそんなことないよ! ナオくんに釣り合わないのは超美少女の私だよ!」


 棚からぼた餅的な展開を取りこぼすまいと、少女は必死になる。


「おっ! 今のは美少女の皮肉っぽくて最高だね!」


「ナオくんなに言ってるの!?」


 そうして、六花以外は和やかな雰囲気で一日が過ぎていった。



 翌日。



『もう超美少女は指定しない』という約束で、六花は新たな『何でも言うこと聞く券』を尚哉に発行する。



 次に指定されたのは──『天使な私』、だった。

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