第26話 罪滅ぼしとそのメスイヌは別の話だよ!
「う、ううぅううう~~!」
うなり声が聞こえる。
いま、俺はりっちゃんの家に泊まりに来ている。彼女の家とは家族ぐるみで何かと仲が良く、本当にたまにだが、お泊まりイベントが発生する。
建屋の広さなどの都合から、泊まるのはもっぱら、りっちゃんの家。無論、彼女のご両親もいるので健全なお泊まりだ。
今回はちょっとしたイレギュラー……というか、いつもと違うところがあった。
草薙の親戚筋から犬を預かって欲しいと頼まれたらしく……現在、草薙家にはダックスフンド──室内犬の【ショコラ】という名前の犬がいる。
さっきのうなり声はそのショコラ──ではなかった。ショコラは実に大人しく人なつっこい。俺は犬も猫も大好きなのである。
うなっていたのは…………何を隠そう、りっちゃんだった。
「りっちゃんって犬嫌いだっけ……?」
とりあえず尋ねてみる。
「ううん。ワンちゃんは私も好きだよ。問題は……ショコラが居座ってる場所だよ!」
居座ってる場所って……俺の膝の上?
単に俺がソファーで
「えーっと……。良かったら、りっちゃんも、乗る?」
途切れ途切れながら、そんな提案をしてみる。
しまった。咄嗟に口から出ちゃったけど見当違いだったかも。これ、りっちゃんが膝の上でショコラを可愛がりたいとかいう意味だったら憤死モノの勘違いである。
だがしかし。
「ッッッ!! いいの!?」
どうやら俺の予想はど真ん中を打ち抜いていたようだ。そういえば、そこまでのスキンシップって滅多にしてないな。再開翌日に俺の上で寝こけていた時なんか以外では。手を繋いだり頭は撫でたりっていうのはあるけど。
「いや、まあ……。ショコラ、ちょっとごめんよ」
膝の上からショコラを降ろすと、そのまま大人しくルカさんの方へ向かったようだ。本当によく
別にショコラの毛が付いているわけでもないが、気分的に仕切り直す気持ちで、俺もショコラが座っていたあたりをパタパタとはたいてソファーへと戻る。
そして。
「それじゃあ……おいで、りっちゃん」
「わんわん!」
途端、目を輝かせながら彼女が俺の膝の上へとダイブしてきた。
しかし、『わんわん』て。別に構わないけれど……それでいいのか、りっちゃんよ。
さすがにショコラほど小さくはないのでソファーに身体がはみ出ている。
強いて言うならお姫様抱っこ──横抱きの体勢に近いだろうか。
「よーしよしよしよし!」
でもせっかくなので、俺もロールプレイに興じてみた。気分は動物王国の主だ。ワシャワシャと頭を撫でる。
調子に乗った俺も人のことを言えた立場ではない。
って、しまった、ちょっと乱暴に撫ですぎたか! これ、女の子相手には普通にアウトだな。
「ナ、ナオくん!?」
ほら、さすがのりっちゃんもドン引きで──
「なにこれ!? すごい! かつてないほど満たされるんだけど! 私、こういうのを求めてたのかも!」
なかった。全然引いてなかった。むしろ驚くほどに喜んでた。なんか興奮してるし。
犬のように可愛がられて喜ぶ美少女……微笑ましいような、どこか闇を
まあいいか。そんなりっちゃんも可愛らしいし。
そうやって
「あら? ショコラの代わりに六花が可愛がってもらっちゃってるの? ふふ、六花はご主人様に尽くされっぱなしでいいのかしら?」
ハタから見ると微笑ましい光景なのだろう。ルカさんはにこやかにそんな冗談を言った。
すると。
「ぁ、わ、わ、わたし……」
その言葉とともに、りっちゃんはピタリと動きを止める。心なしか青くなってる気もする。
!?
まさか……りっちゃん特有の拡大解釈の末、彼女のトラウマが刺激されてしまったか!?
というか、イジメの
途端に俺の頭脳は最適解を探し始める。
「りっちゃんりっちゃん、ほら、落ち着いて。ルカさんは『交代したら?』って言ってるだけだから。よしよし、誰も責めてないからね」
「こうたい……?」
いつかのように背中をさすりながら
で、気づくと。
「…………」
なぜか俺がりっちゃんから膝枕をされていました。なんでやねん。
ああ、でもなんだろうこれ。
ものすごく快適なんだけど。
そして気になることが一つ。りっちゃんの表情だ。
最初はニコニコしていたのに、なにやら今は真剣に思案げな顔をしている。
「そろそろ起きようか? 重たいでしょ」
人様の家まで来て、ここまで我が物顔するのもね。
そう思い、少々なごり惜しいが終了を提案した。
すると──
「…………ナオくん、私、今、人生の岐路に立たされてるかもしれない」
なんか真面目な口調で語り出した。
「それ、過去の罪悪感的な話?」
「それとは違うんだけど」
「じゃあアレだ。甘やかされるのと甘やかすの、どっちが捨てがたいかとか」
「ナオくんエスパーなの!?」
わからいでか。さっきから俺の頭は冴え渡っているのだ。第一、一瞬シリアスな空気っぽくはなったけど……今日のりっちゃん、いつにも増してお花畑だし。
「別にどっちかだけ取らなくても、気分と状況に応じて使い分けたら?」
「天才なの!?」
あまり嬉しくない褒められ方をされてしまった。これ、以前に友人から借りた、異世界的な小説で主人公が奴隷から褒められてるシチュエーションと似た感じのやつだ。
決して悪くはないんだけど、奴隷ポジションの話題が出ている当の本人から言われたらシャレにならない。
過剰な罪悪感さえ無ければなぁ。
と、そこで今まで黙っていたリヒトさん──りっちゃんパパが口を開いた。いつもは
「……ルカ」
ショコラと一緒にパタパタと動き回るルカさんに声をかける。
「はい?」
「今日は、一等いいやつを開けてほしい」
「まあ!」
その一言でルカさんは手を合わせて顔を輝かせた。さすが夫婦。分かり合ってる感がすごい。
「良い日だな。実に良い日だ。これは、尚哉さんが来る日も近いな」
常人では分からないであろう、ものすごく控えめにガッツポーズをしているリヒトさん。
俺は知っている。アレ、ものすごく上機嫌な時にやるやつだ。
「ふふ、そうね。あの紙は六花が混乱した時に用意してるし」
ルカさんもニコやかに答える。
「だから、【あの紙】って一体なんなんですかァ!? ちょっと怖いんですけど!?」
りっちゃんの膝枕というパラダイスから脱する機会を完全に逸した俺は、快適なままそう叫んだ。
膝枕の快適な状態でツッコミを入れる男。
我ながら大層まぬけな光景だと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます