第25話 お泊まりイベント~過去、私がメス堕ちさせられたワケ~

「尚哉さん、よく来た。いつものように、部屋は空けてある。我が家だと思って、くつろいでほしい。そうだ、後で晩酌をする予定なのだが。そちらはジュースで構わない。良ければ一緒に──」


 まずナオくんを迎えたのは、私のお父さんである。朴訥ぼくとつとも言えるが口数の多い、独特な喋り方。名前は李人リヒト。お母さんと同じというか、私だけ名前が外国っぽくない。


 リヒト、ルカ、リッカ。ほら、一人だけ浮いてる。漢字に直せば、繋がってる感はまだあるかな。以前ナオくんにそう打ち明けたら──


『えっ何言ってんの? どこもかしこも、めっちゃ繋がってるじゃん』


 と返された。どこもかしこも繋がってる……?


 それはともかく、今日はナオくんが家に泊まりに来ている。引っ越す前から彼が泊まっていくこと自体は珍しい事ではなかった。というかむしろ、ほぼ彼専用と言ってもいい部屋が、無駄に広い我が家にはある。


 この歳になると、異性の友達の家に泊まる行為……それはもう普通じゃないのかもしれない。でも、家のお父さんとお母さんは、二人とも昔からナオくんを可愛がっていた。


 どれくらい可愛がっているかというと──


『尚哉さん、頼む。婿でも嫁でもいい。六花を貰ってやってくれ。頼む』


『尚哉くん、厚かましいのは承知の上で私からも。負担にならない範囲でいいから、主人の話も視野に入れておいてくれると嬉しいわ……!」


 そんな風に、必死に彼を息子にしたがっているほどだ。私としては、『大好きなナオくんと家族になれるかも』なんて舞い上がっていた。


 まあそれは私が裏切る前の話なので、その時に舞い上がっていたのは流石に許して欲しいと思う。


 ナオくん一家がこちらに戻って来てからは、あちらのご両親とも再び交流が始まっているし。


 そういえば家の両親は、男の子も欲しかったんだとか。昔、ナオくんが泊まりに来たときに喜んでいて、一度そう言っていた事があった。


 その時、私は──


『女の子なんかに生まれちゃってゴメンね。男の子だったら、もっと強かったかもしれない。ナオくんとも、男友達としてもっと仲良くなれたのかも』


 そんな事を口から漏らしていた。


 もちろん今ではそんなこと微塵たりとも思っていない。むしろその逆。ナオくんを前にして、女の子じゃない私なんて考えたくもない。


 それを聞いた両親は、少し申し訳なさそうな顔をしていた。その様子を見て、私は自分の失言に気づいたが、問題はそこじゃなかった。


 どうやらナオくんの中の地雷を、ピンポイントで踏み抜いていたようだったのだ。


 彼は未だかつて見たことのない様子──まるで幽鬼のようにユラリと立ち上がり、静かにこう言った。


『りっちゃん、ちょっとそこに直ろうか』


 それから延々と──たぶん、体感で小一時間くらいは説教されてたと思う。


 曰く、


『ご両親に対しては、後でタップリと反省すればいい。でも、そうじゃない。そこじゃないんだ、違うんだ。言うに事欠いて──りっちゃんが男の子として産まれてたら、だって……? あのね、りっちゃんという超美少女が消えて野郎が一人増える。これが……どれほどの世界的損失か分かる?』


『あのでも』


『りっちゃん。ちゃんと話、聞いてる? 俺、喋っていいって言ったかな? 言ってないよね。それより続き。女の子なんかに生まれちゃってゴメン? 美少女としての自覚があって、嫌味として今の発言をしたなら許すよ。でも違うよね。ここは──もう俺の持論から語らせてもらうか。そもそも前提として──」


 それから彼は懇々こんこんと語り続けた。私の足が痺れようが関係なく。だけど、私の中に浮かんだ感情は喜びだけだった。


 そう、それは私の『女の子としての価値』を認められた事実から──ではない。もちろん、それも嬉しかったが……それとは違う。


 なぜか、彼から必要とされる発言を聞くたび、そして命令されるたびにゾクリとした喜びが駆け巡っていたのだ。


 一時期、コレは普通ではないのかと悩んだけど、後で親友の【ちーちゃん】に話してみると……別に変な話ではないという答えが返ってきた。


 なんて言ってたかな。【束縛されたい系女子】だとか、そんな言葉だった気がする。


 それはともかく、話はお説教だけで終わらなかった。


 一通り聞いた私が──


『うん、ありがとう。こんな私でも存在していいって事が、よく理解できたよ。お父さんもお母さんも大事に思ってくれてるもんね。そんな自分を粗末に扱うと、そりゃあ失礼だよね。』


 お礼の意味合いでナオくんにそう言った。それが、合図だった。


『────』


『あれ? ナオくん?』


『リヒトさんにルカさん……すいません、俺はもう我慢なりません。申し訳ないですが、娘さんに実力行使をして分からせます』


『尚哉さんの、好きにするといい』


『ホント、六花はこういうところ恵まれてるわよねえ……』


 三人は意味の分からない会話をしていた。


 実力行使……今まで一度もされたことないが、とうとう私も関節技を受ける日が来たのだろうか。


 それがそもそもの勘違いだった。


 ナオくんは私の近くに寄ってくる。もちろん、私は逃げも抵抗もしない。


 彼は開幕代わりに短くこう告げた。


『……りっちゃん、俺、これから本気出すからね──』


 そして、【かいしんの一撃】の時に発覚した、私の弱点である耳元で──ささやき続ける。


 放たれたのは関節技などではない。ありとあらゆる好意的な言葉の数々。


 それはある意味、関節技より暴力的ともいえた。


 彼がひとしきり囁き終わる頃──


『しゅ、しゅいましぇん。私は……根っから女の子ですう。し、幸せぇ。もう、男の子が良かったなんて二度と言えにゃい……』


 私の腰は砕け、立ち上がれない状態にされていた。


 あまりにも凄かったので、このエピソードも後に【ちーちゃん】へ話してみると……。


『六花ちゃん……そんな頃にもう……。とっくの昔にメス堕ちさせられてたんだ……』


 何とも言えない視線を送られた。



 と、そんな懐かしい回想はそこまで。



「六花ぁ! ちょっと手伝ってちょうだい! 今日は【ショコラ】も預かってるし、分かってるでしょ? 今だけちょっと手が欲しいのよ!」


 今日に限っては、お母さんとの約束があるのだった。


「ぁ、そうだった。はーい、すぐ行くね!」


 ナオくんの事はお父さんに任せ、とりあえず私はお母さんの元へ急ぐのだった。

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