第17話 追憶編・バレンタインホワイト

 これは尚哉と六花が離ればなれになる前の、とある年のバレンタインデー。その前日の事。


 六花は朝から『ちょっと出かけてきます』と母親に言って、家を出た。


 それから時間が経ち、やがてお昼も回り、もうじき夕方へと差し掛かる頃────


 尚哉がいつものごとく、六花の家へと遊びに訪れた。


「あ、ルカさん、こんにちは。りっちゃんいます?」


 琉果ルカとは六花の母親の名前だ。


「尚哉くん、こんにちは。……あら? 尚哉くん、六花は一緒じゃないの?」


「? いえ、今日は会ってませんし、これから遊ぼうかと思って来たんですけど……」


「──えっ?」


「りっちゃんがどうかしたんですか?」


「それが、朝早くから出かけてて……お昼になっても帰ってこないから、てっきり尚哉くんの所にお邪魔してるものだと」


 その言葉の通り、尚哉と六花は朝から一緒にいる場合、どちらかの家でご飯を食べる事も多い。ルカの予想はもっともだったが、自身としては少し違和感も覚えていた。


 なぜなら……そういう時は、基本的にお互いの家に連絡が一言は入るからだ。


 それが珍しい事に、今日に限っては連絡が一切ない。もしかすると何か行き違いでもあったのだろうか? まぁ、尚哉側である八坂家がウッカリ失念しているのかもしれない。


 理由としてはそれが一番納得できる。時にはそういう事もあるだろう、そう思い込んでいた。


「お昼にも帰ってきてない……? いつもなら迷子になっても、お弁当が無ければ食事時には何とか戻ってくるのに。他の友達のところへは……ちょっと考えづらいかな。ルカさん、りっちゃんが出かける時、何か言ってませんでした?」


「それが──『今日はね、収穫に行くの! ナオくん、喜んでくれるかなぁ』って張り切って出て行ったものだから、お花でも摘んで尚哉くんにプレゼントしてると思ったんだけど……どうやら違うみたいね」


「収穫……。ルカさん、これ、本格的に迷子になってるのかも知れませんよ。ちょっとマズいのでは」


「ええ、そうね……これから思い当たる箇所を順番に探してみる事にするわ。最悪、それで見つからなかったら捜索願いも考えないと……」


 捜索願いなど大げさな話──ではない。六花は良くも悪くも目立つ。大丈夫だとタカをくくるよりは、万が一を考えた方が良いだろう。


「他には何か会話してませんか?」


「うーん……。いつものように『危ない所には行っちゃダメよ』って言ったら、『うん、山には入らないから大丈夫!』って答えてたわね』


「山『には』……?」


 何かが引っかかる。六花がピンチかもしれない状況。例によって少年の頭脳の回転──そのギアが一段階上がる。


 いくら変わり者の六花といえど、花を摘んでくるだけの事にわざわざ『収穫』だなんて言葉を使うだろうか?


 ここ最近の会話内容を思い出しながら、想像、連想、予測に推測。様々な思考が脳内を駆け巡る。


「尚哉くん、何か思い当たることがあるの?」


「ええと。これまでの話に出てきた話題の内容を思い返したんですけど、もしかしたら──」


 ◇


 果たして──尚哉の予想通り、六花は近くにある山の入り口付近。そこの原っぱで見つかった。


 彼女は尚哉へ泣きながら謝る。


「ナオくん、ごめんねぇ、ごめんねぇ。せっかくバレンタインなのに、プレゼント用意、できなくてっ」


「いや、りっちゃんが無事で本当に良かった。食べられる山菜や野草の話をしてたから、何とか場所の検討まではついたけど……さすがにその理由は思い付かなかったよ……」


 そうは言うものの、優しく背中をさする尚哉の声に非難の色はない。


 聞けば、六花はキノコを探していたという。


 事の顛末はこうだ。日本でのバレンタインデーは女の子から男の子へとプレゼントを贈る行事。一般内容としてはチョコレートを贈るのがスタンダード。


(でもせっかくだから、何か気の利いたものをプレゼントしたい)


 そう考えた少女は最近のトレンドをリサーチした。すると、どうやら世間では『トリュフ』というものを贈るのが流行しているようだった。


 そこで六花は『トリュフ』がどんな物か調べる。


 そして見つけた内容は……『トリュフとは世界三大珍味と呼ばれるものの一つ。それは、とあるキノコを指す言葉。主な原産地として有名なのはフランスなどの外国。だが、稀に日本で見つかるという事例もある』


 もちろんちまたで実際に贈られる物は『トリュフ』そのものではない。球状の形をした『トリュフが由来名のチョコレート』である。


 いつもの如く斜め上に勘違いをする六花。その結果として、彼女は大好きな尚哉へ最高のプレゼントを贈るべく、本物のトリュフを探しに行ってしまった。


 だが、不幸中の幸いだった事が二つ。少女が大人の言いつけをちゃんと守る良い子だったこと。それから、トリュフの情報を中途半端な形でしか知らず、原っぱで四つ葉のクローバーを探すくらいの感覚だったこと。


 とはいえ、彼女は彼女なりに必死だった。


 例え行動が空回りだったとしても、その頑張り自体は尊いものだ。


 途中でお腹が空いても、尚哉を喜ばせたいがために我慢する。


 草をかきわけ、葉っぱがつこうが土で汚れようが──泣き言めいた考えすら浮かべず、目的のため一生懸命に地面を這いつくばって探す。


 そんな純真無垢な思いやりを誰が否定できよう。


 だがもし、トリュフを探すために山の中へと入ってしまっていたら……本当に遭難していたかもしれない。


 それを知った尚哉と、六花の母であるルカ。二人は呆れる前に冷や汗をかいた。


 特に尚哉は……自分を想ってそこまでしてくれたのだと思うと、嬉しさも入り混じり非常に複雑な気持ちになった。


 すでに彼女は自分が悪い事を自覚して、泣きながら反省している。これ以上、怒ったり罰を与えて思い知らせる必要はない。もちろん心配させた分、お説教はされてしまったが。


 後日──手作りでこそないが、六花はちゃんとしたチョコレートを尚哉へと贈った。


 ◇


 そして、そのお返しがホワイトデーに返ってくる。


 それは、雪の結晶の形をした自作のヘアピン。


『自分がいない時、何かがあっても六花が守られますように』


 そんな気持ちを込めて、尚哉はお守り代わりに手作りのアクセサリをプレゼントしたのだった。

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