第16話 ショッピングデート~背負わされた十字架~

 それから、つつがなく手荷物をロッカーに入れ現場に到着。


 そこでは『雑多』という言葉が相応ふさわしく、様々な物が並べられていた。


 恐らくは家に眠っていたのであろう古物から、先ほどのレジン細工のような手作りの物まで。なんともバラエティに富んでいる。


 ウインドウショッピング感覚で、あちこちを冷やかして回る……と、りっちゃんがとあるお店の前で立ち止まった。


 そこは手作りのシルバーや皮革製品等のアクセサリを扱っているお店だ。


 陳列ちんれつしているものを作った本人であろう、お姉さんが店番をしている。ジーッと品物を見ていると、お姉さんが話しかけてきた。


「いらっしゃーい。良かったら色々と見ていってね。……あら、可愛い子。アナタ、何でも似合いそうね」


 りっちゃん、お店に立ち寄る度に褒められすぎである。まあ分かるけど。


「ありがとうございます。あの、オシャレな物がたくさんありますね。お姉さんの手作りですか?」


「あは、褒めてくれてアリガト。そうそう、これ全部アタシが作ったんだよ」


 なんだかサバサバした雰囲気のお姉さんだ。


「へぇ~……」


 りっちゃんは並べてある物をポーッと見ている。何か欲しいのかな……。


 あっ、そうだ! 今回、付き合ってくれたお礼に、何かプレゼントでもしよう。


 そんな名案を思い付いた。


「りっちゃん、何か欲しい物ない? 良かったら今日のお礼にプレゼントするよ?」


 それを聞いた彼女は目を輝かせる。


「本当!? いいの? じゃあ……お言葉に甘えようかな」


 おぉっ! 彼女がこういう場面で素直に甘えてこようとは! 普段は遠慮しがちなのに。


 しかし、例えば金属のジャラジャラしたような野太いチェーンなんかは、さすがにイメージに合わない気がする。


 ……! もしかしたら指輪なんか欲しかったりして……! なんだかんだ、変わってはいても女性らしい子だし。


「うんうん、あんまり高額過ぎるのは買えないけどね。ある程度は大丈夫だから、遠慮なく好きなの言って?」


「やったぁ! じゃあ私──これがいい!」


 ほらやっぱり。全く迷いがなかった。彼女がチョイスしたのは指輪……じゃないな。革の……、なんだろうコレ。バンド?


 サイズ的に、腕に巻くには大きいような。なんというか、意外だ。


「えっ……」


 そしてなぜか困惑するお姉さん。ついさっきまで自信ありげだったのに、どうしたんだろう?


「えと。じゃあその革のやつ、ください」


 そんな様子のお姉さんを置き去りにして、りっちゃんは希望を口にする。


「えぇっと、あのー……。これ、リストバンドじゃなくて首輪なんだけど……」


 はぁ!?


「はい、分かってますよ?」


 りっちゃん分かってて選んだの!?


「いやあの。言いにくいんだけど……犬なんかにするペット用の首輪で……」


「はい、分かってますよ?」


 ………………これはマズイぞ……! 非常にマズイ流れだ。


 分かりづらかったけど、間違いなくスイッチが発動している。何とか止めなければ!


「あっ! なんだ、ペット飼ってるって事だね。焦ったぁ」


 ホッと胸をなで下ろすお姉さん。違うんです……!


「いえ、私用ですよ?」


「エッ!?」


「りっちゃん。ほら、お姉さん困ってるから」


 ここは申し訳ないが、お姉さんも巻き込んで説得に協力してもらおう。そう思い、自然に言葉を誘導する。


「──ナオくん、さっき、何でも買ってくれるって…………」


 ああッ!? ものすっごいヘコんでる! シューンとしてる! 耳と尻尾が垂れ下がった犬みたいに!!


「買いたくないわけじゃないんだよ! 用途がさ! ヒューマン用じゃないんだってば!!」


「そこはほら。奴隷ってある意味ヒューマン型のペットみたいな」


「ハイ!? 奴隷!? お兄さん、こんな可愛い子を奴隷にしちゃってるの!?」


 ファッ!? すごい勢いで飛び火していく! じきに大火事だよ! バーニング大炎上だよ!


 あらぬ誤解が加速し、俺の脳内語彙ごいがおかしくなってゆく……!


「未遂! 未遂ですから!」


 大慌てで弁解する。


「未遂って事は全く無根拠な話でもないんだ!?」


 あばばばば!!


「ナオくんからのプレゼント、嬉しいな……」


 りっちゃんは自分の世界にひたりきっている。ちょっと! 現実世界に帰ってフォローして!?


「アタシはまぁ……要望とあらば売りはするけど……」


 お姉さんも諦めないで!!


「人間用! ヒューマンタイプのチョーカーとかないんですか!?」


 なんとか妥協案を引き出すべく、交渉をこころみる!


「金属製のネックレスで良ければ……」


 よし! 新たな選択肢追加! ここだ、ここしかない!


「うん、ネックレス。りっちゃ──」


「私、これがいいな」


 もう! なんて頑固な子! というか話を聞いてない!


「サイズは大きめだし、調整が利くから合わなくはないけど……あ、ペット用だから金属の輪っかも付いてるけど、これは流石さすがに──」


「それも下さい」


 !?


「お兄さん、もしかして調教師か何かなの……?」


 お姉さんの目が……!


「いえ、ナオくんは普通の高校生です。特技は関節技。調教は私が勝手にされてるだけで」


「関節技で、普通……? うぅぅん、なんともコメントに困るね……」


 微妙に真実を混ぜてこないで!?


「あのっ待っ──」


 しかし、未だに【りっちゃんスイッチ】は入りっぱなし。もはや二人とも俺の話など聞いちゃいなかった。勝手に進んでゆく交渉。カオス過ぎる。



 で。



「毎度あり~。えーっと……お兄さん、何て言ったら良いか分からないけど……頑張ってね!」


 グリーンの(ペット用)首輪に金属の輪っかをラッピングしてもらった、りっちゃん。


 そのまま俺たちはお姉さんに見送られる。首輪を貰った彼女は、この上なく満足そうだ。


 俺は──もう諦めた。彼女が喜んでくれさえすれば、もはやどうでもいい。


「………………」


「ナオくん、ありがとう!! ここ最近で一番嬉しかった!!」


 ペット用の首輪をプレゼントして貰ったことで、とてつもなく上機嫌な彼女。俺は何を言えばいいのだろうか。


 りっちゃんを喜ばせるという意味でなら、今日のデートは大成功だ。


 だが、そういう問題じゃない。


 なんだか途方も無い大きさの十字架を背負わされた気分というか。俺、異世界転移した覚えなんかないのに……なんで奴隷をゲットしかけてるんだろう……。


 そのまま帰路につく俺たち。りっちゃんは……彼女にしては珍しく、鼻歌なんて歌っている。


 せめて。せめて付けるなら、自宅の室内だけにして下さい。


 そう願ってやまないが、その願いは俺の胸の内で虚しく響くだけ。


 今後の事を考えると、なんとも嫌な予感にさいなまれてしまうのであった。

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