第18話 モンスタートレインという名の善行

「おい八坂尚哉ッ! 君に勝負を申し込む!!」


 とある日の学校、ちょうど昼休みに入った時間。


 何だかよく分からない人が突然、俺に声をかけてきた。


「あー、うん、また今度ね。首関節は無しって事で。じゃあ俺、今から用事があるから」


 でも何だかよく分からなかったので、それなりの対応をして教室を出た。今頃、りっちゃんが首を長くして……は大げさかな。とにかく俺を待っている事だろう。


「ちょっと待て! なんだその適当な反応は! まさかこの学校にいて、僕の事を知らないのか!?」


 と思ったら、何か言いながら追いかけてきた。


 俺、今から用事があるってハッキリ言ったのに……。


 ああ、あれかな。ピンポイントで人の話が聞こえなくなる難聴スキル持ち。恋愛話に出てくる主人公が持っている、デメリット系の【パッシブスキル】だ。俺も以前わざと使ったことはあるが……素だとしたら、ちょっとした呪いのたぐいなのだと思う。


 しかし初対面の知らない人より、優先すべきは幼馴染みの美少女。俺はそのあたり、明確な優先順位をつけていた。


 まこと、世の真理である。異論を唱える輩には【コブラツイスト】でもお見舞いしてやろう。


「あー……んー……」


 思い出す素振そぶりを見せながら隣のクラスへと入る。


「りっちゃんお待たせぇ!」


「あっ! ナオくぅん!」


 教室へ入り声をかけた瞬間、小気味こきみの良い返事と共に、りっちゃんが寄ってくる。


 それは、どこか甘えたような声だった。


(今日も俺の幼馴染みは、あざとく美少女をしているなぁ。これ、恐ろしい事に計算じゃなくて天然なんだよねー……)


 そんな愚にも付かない事を思いながら、彼女と合流する。


「待った?」


「ううん、今来たところだよ!」


「アハハ、なにそのデートの待ち合わせみたいな返事」


「ふふ~。一度は言ってみたいって思ってたんだけどね? 実際の待ち合わせじゃ言わせてもらえなかったから、覚えてる内に言っておこうかなって」


 無邪気に笑いながらそんな事を言ってくる。


 ツッコみどころが無くもないが、まぁ可愛い範囲だ。ここは無粋なツッコみなどせず、好きに言わせてあげよう。


 そうして俺たちは、連れ立って教室から──


「おいっ待てっ! 聞いているのか! 勝手に僕の六花を連れていくんじゃない!」


 出ようと思ったのだが、なぜかさっきの人が未だに絡んできていた。


 …………。


「ノブッ!」


「おん? 尚哉か。お前、草薙と昼飯に行くんじゃねえの?」


「今から行くよ。それより、なんかノブにお客さんが来てて。俺の後ろの……人」


「!?」


 後ろの人は絶句し、驚いている。

 とりあえずノブになすりつけよう。ノブ、本当にすまない。明確な優先順位を付けてしまっている俺をどうか許してくれ。今度、覚えてたら埋め合わせはさせてもらうから。


 名前を知らないから『人』なんて言っちゃったけど。


 こういう行為をゲーム世界の用語で【トレイン】というらしい。さっきの【パッシブスキル】という用語とともに、最近、同じクラスの友達から教えてもらった。その時は時間がなくて、詳細な意味までは聞き損ねたけど。


 俺が推測するに──【トレイン】という言葉の本来の意味は多分、『経験値ソースを人に譲ってあげる親切行為』という意味だと思う。だって列車ってカッコいいし。要は、レベルアップの補助になるのだ。


「後ろのやつ……って、西園寺じゃねぇか」


「あ、知り合いなんだね。えっと、……『ノブ、これから昼飯一緒にどう?』だってさ」


「はっ? 俺にか? なんで? コイツ、有名なヤツではあるけど……俺と接点ないぞ? それなのに俺の事をアダ名なんかで呼ぶはずが……お前、そいつのセリフ捏造ねつぞうしてんじゃねぇか?」


「まぁまぁ、それくらいはノブ特有の広い心でね? 人と食べる飯は美味いし、ここは仲良くしてあげなって。ねえ、それよりもういいかな。俺、早くりっちゃんと昼食に行きたいんだけど」


 りっちゃんを待たせている俺はソワソワしていた。


「いや待てよ!! なんで俺が尚哉に迷惑かけてるていなんだよ!!」


 今日もノブのツッコみはキレッキレである。後ろの人はノブのツッコみの鋭さに、まだついていけないようだ。俺の友人を舐めないでほしい。先ほど絶句して以来、ずっと固まっていた。


「ナオくんナオくん、今日のお弁当はね──」


 一方、りっちゃんはりっちゃんで、俺達の会話には全く興味がないらしい。この子は変わりもn──マイペースなのだ。


 俺の手を控えめに引っ張りながら、作ってきたお弁当の中身について説明をしようと夢中になっている。なんとも可愛らしいアピールだった。


「りっちゃん、待って待って。ほら、中身は楽しみにしてるんだから、まだ内緒──ね?」


 人差し指を使い、『シーッ』というジェスチャーと共に言う。


「うん! それはそれで良いねっ!」


 すると笑顔でアッサリ納得してくれた。相変わらず素直で良い子だ。


 そうして俺はいつものように、りっちゃんと一緒に昼食を摂るべく、教室から出るのだった。


 きっとノブも、新しい友達と楽しくご飯を食べるだろう。アイツは良いヤツなので、何の心配もない。さっきノブにも言ったが、和気あいあいとした雰囲気は食事の良いスパイスとなる。


 期せずして友達の紹介をしてしまった。最初こそ罪悪感を覚えていたが、まさにWin-Winなこの状況。だが、ここで調子に乗って感謝の言葉までは求めない。


『情けは人のためならず』


 その行いは巡り巡って自身へと返ってくる。


 一日一善くらいのささやかな感覚でいい。皆も善行の功徳くどくというものをコツコツとむべきだ。


 むろん、求められれば具体的なメリットの提示もできる。


 もしも転生担当の神様でも存在するなら……。何かあった時は異世界に生まれ変わらせてくれるし、その際にはチートを授けてくれるだろう。


 引っ越し前の友人が貸してくれたラノベにはそんな物語が書いてあった。


 ソースは俺自身。異世界にこそ行ってないが、美少女奴隷ができそうな今の状態である。これまで一体、どれほどの徳を積んできたのやら。


 ……いや、こう言ってしまうと、まるで俺が自ら奴隷を欲しているようだな。発言には重々気をつけるとしよう。


 移動しつつ、しみじみとそんな思いをせていたら、後ろから──


『おまっ! 人にワケ分からんこと押し付けてイチャイチャしてんじゃねえ!』


 なんて幻聴が聞こえてきたが、優先すべきはもちろん幼馴染みの美少女。


 まこと、世の真理である。異論を唱える輩には【ロメロ・スペシャル】でもお見舞いしてやろう。

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