第8話 追憶編・かいしんの一撃

 例によって、これはまだ尚哉が引っ越す前の話である。


 尚哉は隣家に住んでいる六花を誘い、公園に遊びに向かっていた。


 インドアの遊びとアウトドアの遊び。日によってやる事こそ違うが、2人は基本的にいつも一緒にいる。


 出会った頃の六花はいじめられており、いつも一人ぼっちだったが、今では尚哉を間に挟みさえすれば大体の人と接することができるようになっていた。


 2人が公園に着くと先客がいた。初日に六花をイジメていた3人だ。


 名前はリーダー格の信幸のぶゆき、それに追従していた輝彦てるひこ康明やすあき。尚哉はそれぞれ【ノブ】、【テル】、【ヤス】というアダ名で呼んでいる。


 3人はなにやら雑談で盛り上がっていた。


「YEAH! HEY! YO! 3人で何やってんだYO!」


「こ、こんにちは~」


 妙なテンションで絡み始める尚哉に、恐る恐る挨拶する六花。


「尚哉に草薙か。尚哉はまた……今日はどういう絡み方だよ」


「2人ともチッス。今日はダベってただけだわ」


「相変わらず仲いいね。ちょっと男のロマンについて語り合ってて」


 案外、常識人のノブと当たり障りのない2人。打ち解けてみれば芯から意地悪という事はなく、普通に気の良いやつらだった。


「俺とりっちゃんも混ぜてよ。んで、男のロマンって具体的に何について?」


「私も入っていいのかな……?」


 遠慮なく入ってこようとする尚哉。六花は尚哉の後ろから様子をうかがっている。


「別にいいけど……さっきヤスが言った通り、男向けの会話だし。草薙にとっちゃつまんねー内容かもしんねぇよ?」


「尚哉がいりゃあ草薙はどんな内容でも良いんじゃね?」


「それは言えてるかも」


 ちょっとした気遣いを見せるノブと、尚哉達の仲を冷やかす2人。いつもの事なので、尚哉と六花は特に気にしていない。


「まあまあ。りっちゃんにとって有害そうなら、そこから遊び方を変えるだけだから」


「私にとって有害……?」


「お前、遊び方を変えるってサブミッションかけてくるだけだろ! テルにヤス、気をつけろよ。尚哉のセリフ、一見マイルドに聞こえるけど違うぞ。要は草薙を害したらお仕置きって意味だからな」


「もう身に沁みてるから勘弁だわ……」


「ダイジョブじゃない? 会話内容っつっても【かいしんの一撃】についてってだけだし」


 尚哉の牽制に注意喚起をするノブ。残りの2人も特に害意はなかった。


「【かいしんの一撃】?」


「あ、私それ知ってる。ゲームなんかに出てくるやつだよね?」


 意外にも六花の方がいち早くピンときたようだ。


「そうそう。尚哉、【かいしんの一撃】知らねぇの?」


「草薙が言ってるのでビンゴ」


「RPGなんかでの鉄板ネタだよ」


「ゲームか……俺、あんまりやらないからなぁ。んで、その一撃が何なの?」


「何て説明すればいいのか……要は通常より多く敵にダメージを与えられる事なんだけどな。それってどういう状況の攻撃なのか、話し合ってたんだよ。ちなみに俺は、一時的に覚醒状態になって繰り出す一撃だと思ってる」


「ノブくんが言ってるのは火事場の馬鹿力みたいな意味ね。僕は……ボクシングで言うところのラッキーパンチかなと」


「俺はアレだな、たまたま仲間との連携が上手くいったり、個人でもコンビネーション技の成功って解釈してる」


「りっちゃん、わかる?」


「うん、多分。私的には……急所への一撃かな。例えば──目潰しみたく、弱点に攻撃が当たるイメージ。ほら、思わずうずくまって、動けなくなるみたいな」


「思わずうずくまる……」


「…………」


「なんか草薙の言ってるイメージって、えげつないね」


 3人は目や喉に金的、格闘技でも禁止されている攻撃箇所を連想して身震いした。人体の正中線(真ん中)は基本的に急所なので、狙ってはいけない。



 ドン引きしている、そんな3人の感想とは裏腹に────


(ふーん、思わずうずくまるかぁ……)


 六花の言葉を反すうしながら、尚哉は父との会話を思い出していた。



 ◇


『尚哉よ』


『なに、父さん』


『今日はお前に──必殺技を伝授しよう』


『必殺って。サブミッションはまれば常に必殺でしょ? まさか打撃系じゃないよね。あれだけ邪道だとか、口を酸っぱくして言ってくるのに。それとも邪気眼とかそういう話?』


『親を中二病扱いするなっ! 失敬だぞ貴様ッ! まさか父さんの事を普段からそんな風に思ってたのか!?』


『そう思っているかも知れないという事もきにしもあらずかな』


『結局どっちなんだ。お前のそういう所は母さんに似たのか……? とにかく、そういうことではない。これは──【紳士道】において必要不可欠なわざ。お前が上手く発動できれば相手は癒やしダメージのあまり、思わずうずくまってしまうだろう』


『癒やしダメージって。言葉、狂ってるでしょ』


『まあ聞け。サブミッションは基本的に女性にかけてはいかん。そこはいいな? しかし、これに限っては女性相手にのみ発揮できるのだ』


『女の子相手なら誰にでも効くの?』


『いや、相手とTPOはわきまえねばなるまい。注意点としては……恥ずかしがらずに真剣にやる事だ。もしも照れが生じた場合、その時点でお前の負けと心得よ』


『そんなの役に立つのかなぁ』


『覚えておいて損はない。いずれ……そうだな、大人になった暁には使うシチュエーションもあろう』


『例えば、りっちゃんには効く?』


『六花ちゃんか……今の未熟なお前だと五分五分だな。よし、では何パターンか授けるとするか。まずは──』


 ◇



「あっ、なるほどね! 俺わかっちゃったよ」


 そして尚哉は『理解した』とばかりにポンと手を叩く。


「いや尚哉。言っとくけどサブミッションの話じゃないからな」


「あんな技使う主人公いねーよ」


「草薙より尚哉の方がえげつなかったわ」


 発言前から非難にさらされる尚哉。平素の行動から考えると自業自得だった。


「違うよ、何言ってんの。サブミッションは常に一撃必殺。自分から加減する事はあっても、ラッキーパンチだとかでダメージが上下するなんて有り得ないから。サブミッションは関係ないって」


「えぇ……マジかよ」


 不信げな目で尚哉を見るノブ。


「じゃあこの場で実践してみせるよ。りっちゃん、ちょっとこっち来てくれる?」


「うん」


 即断で疑いもなく尚哉に近寄る六花。忠犬もビックリの反応速度だった。


「おいおい、さすがに女子相手に攻撃はマズイんじゃねえの? 悪口言ってた俺が言うのもなんだけど、怪我なんかさせたら……いや、尚哉が草薙を傷つけるはずがないか。ん? でも攻撃だよな……?」


 男3人は訳の分からないまま、とりあえず尚哉たちの動向を見守る。


「りっちゃん、動かないで。そのままジッとしててね?」


「うん」


 またもノータイムで了承する六花。その信頼度はすでにカンストか、ゲージを振り切っている。尚哉は無防備な六花の前に立ち──なんと、そのまま彼女を正面から抱きしめた!


「うひゃっ!?」


 デコピンでもされるのかな? と思っていた六花は、尚哉の思わぬ行動に吃驚して固まってしまう。


 そして。


「りっちゃん……今まで1人ぼっちで辛かったね。これからは俺がいるから、安心して────」


 そのまま耳元で、そう囁いた。いわゆるウィスパーボイスである。


「ひゃううぅう!?」


 なおや の かいしん の いちげき!!


 ゆでだこのように真っ赤になった顔を両手で覆い、まるで腰が砕けたように六花はうずくまる。予想していなかったとはいえ、喰らった方としてはたまったものではない。完全にK.O.状態だ。


「おまっ! 尚哉……、マジかよ……」


「お、おとこすぎるだろ!?」


「もうお前がナンバーワンだよ!!」


 その行為に3人は白目を剥く勢いで驚愕する。そして本能から悟り、理解してしまった。


『これほど致命的な一撃はない』


 もはや無条件に、白旗を上げざるを得ないのだと。


「うーん……これだとまだかな。ちょっとダメな感じ?」


「違うけど、こんなの違うけど否定できねぇ……お前ホントに同い年かよ……おかしいだろ……」


「ある意味、尋常じゃないダメージ受けてるし……」


「ていうか、『これだとまだ』って。逆にまだ引き出しがあるのかよ……もう勘弁してやれよ……」


 日頃は子ども達が元気に走り回っている長閑のどかな公園。


 平和な光景、子ども達の戯れには違いない。


 が、今日に限ってはいつもとは違う……何とも言えない空気が漂っているのだった。

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