第6話 追憶編・彼女がメシウマに至るまで

 これはまだ尚哉が引っ越す前の話。


 ある日、六花りっか尚哉なおやに尋ねた。


「ねえねえナオくん」


 出会ってからそれなりの時間が経ち、人見知りで引っ込み思案な少女は、すっかり尚哉と打ち解けていた。


「ん、なに?」


「ナオくんの好みのタイプ、聞いてもいい?」


「俺の好み? ──そうだね、ネックロック系は危ないから今回は除外するとして」


「関節技じゃないよ!! なんでナオくんはすぐ関節技に結びつけちゃうの!?」


「俺の早とちりか。ごめん、それじゃあ具体的に何の好み?」


「えっとね……女の子の……タイプ……」


 モジモジしながら六花は口にする。


「うーん……」


 この時、尚哉の頭脳は高速回転していた。素直に六花と言うと確実に話がこじれる。あと、言えなくはないが、正直ほんの少し恥ずかしい面もある。かと言って、『髪が銀色の女の子』なんて多少オブラートに包んだところで(実際は全く包めてないが)彼女は自分に結びつけないだろう。


 結果────


「そうだね、メシウマな子かな」


 尚哉は日和ひより、大衆受けするような無難な答えを返していた。


「なるほど、メシウマ……」


「あのね、先に言っておくけど馬は関係ないからね? 飯が美味いって意味だからね?」


 わずかな誤解すら許さない。尚哉は詳細に説明することにより、六花の勘違いや変な思い込みを極限まで減らそうと試みた。


「うん。めしがうまい、ね……」


 しきりに頷きながら握りこぶしをグッと握る六花。その仕草を見て、尚哉の頭の中に一抹の不安がよぎった。



 翌日、公園にて。


「ナオくん」


「ん?」


「実は私、メシウマを体得してきたんだけど……」


「え、一日で!? マジか。スペック高いとは思ってたけど……りっちゃん凄いな」


『自分も少しずつ始めてはいるが、料理は難しい』

 そんな認識の尚哉は素直に感心した。


「え、へへ。そうかな? じゃあ、ハイ、これ」


 無造作にポケットから油性マジックペンを取り出し、尚哉に渡そうとする。


「………………りっちゃん、さすがに俺もマジックペンは食えないよ」


「……? マジックペンは食べ物じゃないよ?」


 そこで気づく尚哉。

(ああ、この子また変なこと考えてるな)


「ちなみに、これを受け取って俺はどうすればいいの?」


「私に落書きしてもらおうと思って」


「どういうこと!?」


「そうすればほら、私って滑稽になるでしょ?」


「滑稽というか可哀想になるね」


「ナオくんはね、その私を指さして笑うの」


「俺、どんな酷いヤツだと思われてんの!?」


「えっ、だってメシウマが好きって」


「どう繋がるか検討がつかないけど……昨日言った通り、飯が美味いってことだよ」


「うん、そうだよ? 私もちゃんと【めしうま】について調べたんだよ。そしたら不幸な状況の人を笑うことだって」


「ご飯関係ある? それ」


「うん。『他人の不幸で飯が美味い』って。あ、ナオくんが言ってるのはこれだなって思って」


「間違いなくそれじゃないね。かすりもしてないね。普通に料理が上手に作れる子って意味なんだけど……」


 と、そこで公園に同級生が入ってくる。彼は初日に六花をイジメていたリーダー格。尚哉の取りなし(肉体言語による矯正)で、今となっては普通に友達の間柄になり、性格も丸くなった。ついでに時間の経過から精神年齢も上がっている。彼は、信幸のぶゆきという名前なので、尚哉からはノブと呼ばれていた。


「おん? 尚哉に草薙か。マジックペンなんて持って何やってんの?」


「ノブ、ちょうどいいところに。ちょっと聞きたい事があるんだけど」


「聞きたい事か?」


「難しい事じゃないから。『メシウマな女の子』って聞いて何を想像する?」


「なんだそれ。著名人なんかを連想していくゲームか? でも俺、料理の上手いアイドルとか知らんしな」


「だよね!? メシウマは料理上手だよね!? 仮に、仮にの話なんだけど……『不幸な女の子を眺めて飯が美味い』って趣味の男がいたとして……どう思う?」


「ますます意味が分からん。相変わらず変人やってるな。男から見た女の好みって話だよな? ……普通に変態の発想じゃねえの? まぁそんなドSなやつも、世の中にはいるかもな」


 この発言を聞いてマジックペンをポトリと落とす六花。そして。


「うぅ……。変態でごめんねえええぇえええ!!」


 泣きながら走り去っていく六花。


「ああっ! りっちゃん!! ノブッ! 貴様ッ!」


「いやなんで俺が悪人みたいになってんだよ! 今日は何もしてねえだろ! どっちかっつーと追い詰めたのは尚哉じゃねえの!?」


「チッ……今はりっちゃんを追わないといけないから勘弁してやる。ノブ、今度会ったら【ヒールホールド】だからね」


「待てよ!! なんでサブミッションされる流れなんだよ!! 明らかに尚哉が悪いだろ!? ああっ待て、走り去るな! 人の話を聞けぇ!!」


 後には不幸確定な、元いじめっ子リーダーだけが残されるのだった。

 元いじめっ子とはいえ、こいつに対してメシウマする輩は皆無である。

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