第5話 世界の関節は外れる

 朝、ベッドの上で目が覚めるとお腹のあたりが重かった。


 金縛りの類いだろうか? と、視線を向けると──銀色の髪。重さの正体は、りっちゃんだった。


 別にベッドに入ってきているわけではない。床の上に女の子座りをしており、自分の手を枕にして俺のお腹の上で寝ていた。しかも涙の跡をつけて。


 これはまた……どういう状況だろう。


 りっちゃんの変じn──エキセントリックさには多少の耐性がある俺でも意味がわからない。いや、ちょっと語弊があるか。耐性はあるが、先日の一件のように斜め上の展開になることの方が多いかもしれない。


 今日はどういう経緯でこうなったか聞いてみるか……全然想像はつかないけど。


 ちなみに、我が家のセキュリティは基本的にりっちゃんに対してフリーパスである。家人がいても快く上げるし、なんなら合鍵を渡しかねない勢いだ。それほど両親はりっちゃんを気に入っている。


「りっちゃん、りっちゃん」


 涙の跡があるクセに、彼女は気持ちよさそうに寝ている。無防備すぎだろう。


「んん……ナオくん、えへへ」


 そうして甘えた声を出しながら起きて──ない。寝言だと!? え、微妙に身動き取れないんですけど。無理矢理どかすのは忍びないし。


「りっちゃん、りっちゃん」


 片方の手は空いていたので、頭を軽くポンポンとタップしながら語りかける。


「ナオくんんん」


 そうして俺の名前を呼びながら起きて──ない。え、子猫のように手のひらに頭を擦り付けてきた。なんだこれ!? ホントに寝てんの?


「あの、起きて?」


 申し訳ないけど身体を揺すぶることにした。


「んぇ……あれ、ナオくん?」


「尚哉です。おはようございます。ところで何やってんの?」


「……?」


 その問いに、りっちゃんは『見ての通り寝起きだけど?』みたいな表情をした。眠たげな感じで。


「大丈夫? なんか、色々と」


「あっ! ごめんなさい。私ったらナオくんの部屋に来ちゃって、そのまま寝ちゃった」


「それはいいけど。りっちゃんならいつでも大歓迎だし。でも、起こしに来てくれたの?」


「ううん」


 まあ今日は学校休みだしね。じゃあどういうこと?? 謎かけかな。また、ぶっとn──斜め上の行動原理だろうか?


「それじゃあ何か用事があったとか」


「用事? 特にないよ?」


 今度は『なに言ってるの?』みたいな顔で首をチョコンと傾けている。仕草があざとい。


「降参。答え教えて。あとそろそろお腹の上から動いてくれない? 首痛くなってきた」


 そういうと素直に動いてくれた。


「えとね、早起きして手紙読んじゃって」


「手紙。誰の?」


「ナオくんからの」


「俺、手紙上げたのって引っ越しの時だけだよね」


 まさか今さら開封したわけでもあるまいに。


「そうだよ、その時のだよ」


「なんで!? ワインみたいに熟成させても手紙は美味しくなんないよ!?」


「それは、その。私にもちょっと事情があったといいますか」


「熟成させる事情……?」


 そんなことある? 許せないから開封しなかったって雰囲気でもないし……わけが分からぬ。


「ともかく、手紙を読んだら感極まっちゃって。来ちゃった」


『来ちゃった』って彼女かよ。そんな感動的なこと書いた覚えないんですけど。


 しかし、先日の『友達でも恋人でも奴隷でも』宣言もあるしね……。でもアレは友達ってことで落ち着いたハズ……そこのところ、本人はどう思ってるんだろ?


「感極まらなくても私、奴隷だしね。ご主人様のお世話はしにこないと」


「いや友達って話で着地しなかった!?」


「ナオくん、冗談だよ。幼馴染みジョーク」


「えぇ……。本当かな」


「私だって成長したし、冗談くらい言えるようになってるよ」


 彼女は『ドヤッ』て感じで、その大きな胸を張りながら言う。


 ふむ……。こういう系の冗談はOKなのか。どこまでがセーフなんだろう。


 そう言われるとボーダーラインを確かめたくなってくるのが人情。ここは一発、最低ラインに位置する下世話な冗談でも言ってみるか。


 理想の反応は──


『もうっナオくんたらっ』


 あたりかな?


 最悪、さげすまれるような視線を向けられるかもしれない。

 その時は謝ろう。場合によっては先日のりっちゃんみたく土下座だ。よし。


「ぐへへへお嬢さん、奴隷なら今この場で全裸になりな」


 超下世話なセリフを吐いてみる。字面だけで変態っぽいので、無表情かつ平坦な声で言った。


「………………」






「あっ待って! 冗談だから無言で服に手を付けないで!? うおお! 顔を赤らめてるクセに動作によどみがねぇ!!」


 俺は慌てて手を止めさせた。言葉で止まる気配がなかったので、腕を掴んでの実力行使である。


「あ……ごめんね」


「それ俺のセリフなんだけど。念のために、何が?」


「ナオくん、自分で脱がせたい派なんだよね?」


「うん違うから。俺の話聞いてた? さっき、りっちゃんが冗談を言ってたから、どこまで通用するのかなって試しただけだから」


「そうだったんだ」


 そこで俺は思い出した。この子……昔から指示や命令じみた言葉をあげると、妙に喜んでいたな。え、まさか根っからの隷属気質? いやいや……。


「ゲスいこと言ってゴメン」


【紳士道】どころか、これじゃあ【鬼畜道】だわ。


「むしろ望むところなんだけど」


「え、なんだって?」


 本当は聞こえている。でも聞こえたらマズイので、必殺の難聴スキルを発動した。難聴なんて、物語で見たらヤキモキするだけなのに、まさか自分が使う日が来ようとはね。


「あれ、聞こえてない。ナオくん調子悪いのかな。大丈夫? おっぱいさわる?」


 ……は?


「……りっちゃん、それ吹き込んだの誰? 野郎──男かな?」


「えっ? 男の子じゃなくて女友達だけど……男の子だったらどうなるの?」


「純真無垢なりっちゃんを汚したとみなして──あ、大丈夫だよ。ちょっと『ソイツの世界の関節を外す』だけだから」


「そんな表現するのシェイクスピアくらいだよ!? 違うよ、親切心だよ。ちーちゃんっていうお友達から、『男の子はそう言ったら元気が出るから』って言われて」


「男女平等の社会とはいえ、女性にサブミッションは……しかし、うーん。開発中の【言葉関節】ならワンチャンあるか……? もしくはその子の彼氏にサブミッションする【リレーション関節】を。大切な人を壊されるかなしみを知るがいい」


「なんか魔王みたいな発言しちゃってる!? ナオくんって相変わらず関節技のことになると人が変わるね」


「そんなことないよ。それよりりっちゃん。さっきのセリフ、他の人には絶対言っちゃダメだよ」


「もちろん。ナオくん専用だから」


 俺専用、か……。


「…………俺に対しても封印して」


 ちょっとだけ気持ちが揺れたのは許してほしい。


「そうだよね。私みたいな裏切りクズ女のおっぱいなんかで元気が出るはずないよね……」


 面倒臭いな!?


「元気が出すぎて困るって話だからね! りっちゃんはクズでもないし、魅力的だから! ほら、復唱して! 『私はクズ女じゃなく超美少女です!』」


「わ、私はクズ女じゃなく超美少女です! ……えへへ」


「なんで嬉しそうなの? あ、自分の美少女っぷりを自覚しちゃった?」


「ううん……。こうやって無理矢理に言いなりにされるの、懐かしくて嬉しいなって」


「言い方ァ!!!!」


 確かに昔、自己評価の低いりっちゃんがネガる度に似たようなこと言ってたけど……。その言い方だと俺、本当にDV野郎の鬼畜みたいじゃん!!


「あ、家に入れてもらったときにナオくんのお父さんとお母さん、『これから出かけるからお昼はいない』って言ってたし、私がお昼ご飯作るね?」


 りっちゃんの料理か……。


「マジックペン以外でお願いします」


 過去の苦い出来事が蘇り、失礼とは思うも、つい口に出してしまった。


「あの時はすいませんでした。私もあれからちゃんと料理の勉強はしたので、あの事はもう忘れて下さい……」


 俺の中で『りっちゃんメシウマ事件』と呼んでいる思い出である。


 あの後はアフターフォローという名の慰めの方が大変だったなぁ────

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