第4話 尚哉編2・再会。そして……ん?

 りっちゃん、元気にしてるかなあ。


 高校二年での引っ越しと編入。俺は家の都合で各地を転々としてきた。それも次でお終いの予定。どうやら、今度で引っ越しは最後の予定らしい。


 それとは関係なく、転校の際に俺の心は思わず浮き足立った。なんと! 編入先の高校に、幼馴染みだった草薙くさなぎ六花りっかこと『りっちゃん』がいるらしいのだ!


 書類を提出し、先生に学校を案内してもらっている時に──どこかで見た白銀の髪を見かけた。あの目立つ色は後にも先にも、りっちゃんしか持っていなかった。勘違いかと思い先生に確認したところ……まさかのビンゴだったのである。


 引っ越す寸前、彼女は同級生から嫌がらせを受けていたようだった。もし酷いようなら遠方からでも絶対に力になろうと、去り際に手紙を残していったのだけど……どうやら苦境を乗り越えたらしい。


 遠目に見る彼女は穏やかな笑顔。とても嫌な環境にいるとは思えないほどに輝いている。昔は肩口で切りそろえていた髪は、背中の中ほどまで伸びていた。


 昔の彼女はちょっと変わっていて……異常に自己評価の低いところとか、妙なスイッチのあるところとか、思い込みの激しいところがあったのだが。


 あの様子だと、昔と比べて変化したのかもしれない。


 多感な年頃だし、それも頷ける。


 それはそれとして、ケジメとして俺は彼女に謝らねばならない。一応、手紙にも書いたおいたがそれはそれ。誠意をしめすなら直接の謝罪だろう。


 現状、環境が改善していようが、以前の俺が彼女の力になれなかったのは間違いないのだ。苦々しい思い出にして昔の心残り。俺は過去を追想する。


 昔の引っ越し直前、放課後のことである。


 ◇


『う、うん。私ね、本当はずっとナオくんと一緒にいるのが苦痛だったの。金輪際、関わらないでほしい……』


 そう彼女に言われた。セリフだけ切り取ると酷そうに見えるけど……。俺の脳裏に、即座にひらめくモノがあった。


 ・りっちゃんは大丈夫とは言うものの、まだ嫌がらせを受けているような気配がある。


 ・引っ越しの話を含め、色々と会話をしても上の空でいることが多い。


 ・放課後、この会話をし始めてすぐに気づいたこと──なんか扉の影から女子が一人、こちらを見ている。


 ・いかにもつらそうに、涙目でプルプル震えながら今のセリフを吐いた。


 次々と連想していき、結論に辿たどり着いた。


 あ、コレ問題解決できてないわ。


 りっちゃん、俺を心配させないために『大丈夫』なんて言ったな? 彼女は普段ウソなんか言わないから、完全にその考えに胡坐あぐらをかいていた。くそぅ、良い子ちゃんめ。


 で、今の状況。扉の影から見てる女子は嫌がらせの主犯格か見張りあたりだろう。てことは、俺に酷い事を言えって命令でもして、ちゃんと実行してるか確認してるってことか。


 大体、普段アレだけニコニコと後をくっついてきておいて、『本当は苦痛だった』ってアナタ!!


 せっかく最近は泣かなくなってきたのに……あそこまで辛そうにしてるなら、よほどの条件を出されたな?


 俺と縁を切らないと女子全員でハブるとかイジメるとか……多少の違いはあるかもだけど、そんなところか。


 ハッキリ言おう。彼女は俺の初恋だ。好きな女の子にこんな辛い想いをさせて……紳士どころか男としてどうなんだよ!


 あまりの情けなさ。ビックリするほどダメ男な自分にショックを受け、フリーズしながら見張りの女子を見ている内に、りっちゃんは走り去りさっていく。見張りの女子も慌てて逃げていく。


 やば、ほうけてる場合じゃない! と彼女を走って追うものの……これまた情けないことに、足の速い彼女に追いつくことはできなかった。


 ◇


 とまあ、これが大体の流れだ。


 弁解するわけではないが、りっちゃんのスペックは非常に高かった。勉強はできるし運動神経もいい。その上、美少女。天、二物も三物も与えすぎである。


 それに差し引かれるように、本人自身は嫌がらせを受けたり、めちゃくちゃネガティブだったりするが。


 良くも悪くも『出る杭は打たれる』を地で行っていた。もしかすると、ヒヨコのようにチョコチョコと付いてまわるような従属気質っぽいところも、周りの嗜虐心しぎゃくしんを刺激していたのかもしれない。


 どちらにせよ難儀な話だ。


 少し話が逸れてしまった。とにかく、ずっと気がかりだったのだ。とはいえ、編入するまでは『手紙の返事もないし、さすがに忘れられてるかなー……』と思っていた。


 そしたらだ。驚くべきことに、彼女は俺を覚えていた上、『放課後に話したいことがあるから、教室に残ってほしい』なんて言伝ことづてをしてきたではないか!


 さすがに『告白か!?』なんて考えるほど脳内お花畑ではないが、旧交を温められたら嬉しい。素直で優しい子だったし、再会早々、罵倒してくることはないと思いたい。


 どちらにせよ、りっちゃんならいつでも大歓迎である。


 俺の理想はこうだ。


 ◇


『改めて、あの時はホントごめん!!』


『え?』


『厚かましいのは承知の上で……許してくれない?』


 そこで過去の事だと気づく、りっちゃん。


『もしかして引っ越しの時のこと? もう、ナオくんったら何年前のことを言ってるのっ』


 そしてほがらかに笑い合う俺たち。


 んー……過去の延長線上だとこんな感じの反応はしないか?


 まぁ何の事だか気づかないってシチュエーションも十分あり得るだろう。


 その時は改めてあの時の状況説明からするか。で、仮に許されないとしても謝りたかった旨を伝える。それから、『可愛いのは元からだけど、立派になったね』とでもコメントしよう。


 その言葉に、りっちゃんは──


『もう、ナオくんったら可愛いだなんて! ありがとね。ご覧の通り、今では私もリア充だよ!』


『いやいや、ようやく時代がりっちゃんに追いついたんだよ』


 そこでほがらかに笑い合う俺たち。ハッピーエンド。イエス、完璧。


 ◇


 なんて思っていた時期が俺にもありました。


 え、現実ですか?


 はい、なぜか土下座した幼馴染みの美少女が号泣しながら謝ってきています。なんなのこの悲惨なシチュエーション。俺の想定には無いよ。


 というわけで、ここからが現実……というか、現在進行中の状況。



「あの時はごめんなさいいいぃいいいぃい!!」


「土下座!? エッッ! りっちゃん何してんの!?」


「私はナオくんを裏切ったクズ女ですぅ! 産まれてきてすいません~!!」


 なんで!? 


「ちょっと待って!? なにこれ!? なんか分かんないけど、とりあえず立って!! これハタから見たら美少女を土下座させてイジメてるド外道だよ俺!!」


「う、うえぇ、うぐうううう!!」


 なんとか起き上がらせて励ますが、彼女は泣き止んでくれない。何かがキッカケで、感情の収拾がつかなくなったらしい……。


 それからしばらく。ハンカチを渡してあげつつ、昔のように、りっちゃんの背中を泣き止むまでトントンと叩いた。以前は普通の行為だったけど、今は再会したばかり。つまり……昔と同じような距離感で接して大丈夫か、まだ確認すら取れてない。


 これ不可抗力だよね、セクハラにならないよね? 


 落ち着いた頃合いを見計らって、どういう事情か聞いてみる。すると──


「つまり、俺を裏切った……いや、自己保身かな? そっちを優先してしまって、死ぬほど後悔してたと?」


「うん……。許されるなら、一生をかけて償おうと……」


 発言が重たいな!? これ、こじらせる方の変化をしちゃってるのでは……。


「一生!? いやいや! あのね、りっちゃん」


「うん……」


「なんて言ったらいいのかな。そんな強い人間なんて、そうそう居ないと思うよ?」


 よし、とりあえず全力で説得しよう。ハンパない罪悪感を抱えてるというか、事態を重く見過ぎだ!


 で、説得を続けた結果。


「…………ナオくんは優しすぎるよ」


 ものっすごく渋々しぶしぶっぽいけど、なんとかなりそうです。はぁ、マジで良かった。


 それから会話を続け、雑談レベルまで落とし込むことに成功。やっと普通の幼馴染みの再会っぽくなってきたかな?



 と、思いきや。



『今日の話、父さんにしたら間違いなくお仕置き確定だなー。でも、りっちゃんを土下座までさせちゃったし、それくらいは許容しないとね!』


 といった内容にシフトした所で、再び彼女に変化が訪れる。



「だ、ダメだよ!! 代わりに私がナオくんのお父さんと戦うから! もう私のせいでナオくんが傷つくのは嫌なの!!」


 いや戦うて。


「りっちゃん何言ってんの!? 大丈夫、大丈夫だから!!」


「で、でも……。そうだ、償うって気持ちは今も嘘じゃないから! 私に出来る事があったらなんでも言ってね?」


 全開の笑顔と、上目遣いのあざとい仕草。


 これ、他の男どもに言ってないよね? 確実に勘違い案件になっちゃうよ? りっちゃんはこうなったらもう止まらないから……何か無難な提案で誤魔化しておかないと。


 彼女、気弱なようで昔から妙に頑固なところがあるのだ。


 元々、俺の言うことに従順だった子だし、このままだと『償いとして奴隷になる』くらいまで言い出しかねない。


 ──なんちゃってね。さすがにそこまではないか。引っ越し前の友人から借りた小説の影響を受けすぎたかな。奴隷なんて発想が許されるのは異世界くらいだよ。いかんいかん。


「いや、そこまでの覚悟は持たなくて良いんだけど……。あ、そうだ」


「なに!?」


「そんな食い気味にくる内容じゃないから落ち着いて。それなら、また改めて友達になってもらえればなーって」


「良いの? こんなクズ女なんかがナオくんの友達になっても……!」


 あああ、まだ自分の事をクズ女とか言ってる!


「いやクズ女って。りっちゃんって昔から卑屈すぎるというか、自己評価が低すぎない? 俺、昔からけっこう褒めてなかったっけ……」


「ナオくんは優しいからね……! でも、本当にナオくんの言う通り、私が価値のある女なら──友達でも恋人でも奴隷でも、なんでも言ってね!」


「りっちゃん…………」


 本当に奴隷とか言い始めたよ……。タチが悪い事に彼女は本気だ。ここで俺が頷けば彼女は本当に承諾する。


 昔のように、【妙なスイッチ】が入ってしまった。そうなったらもう無敵状態だ。できれば平素の気弱な状態と、足して二で割って欲しいものである。


 その証拠に……りっちゃんの、グッと手を握る仕草。アレ、以前と同じなら、【スイッチ】が入ったときの合図なんだよね……。

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