宴の席でのデビュークエスト

「ただいま……」


 たったひと時の気分転換を終え、僕はギルドの中へ入る。外に出る前よりも活気が溢れ、お祭り騒ぎの真っ最中だ。

 バレン以外の僕やレネル達は、初めて訪れたから、全てが真新しく感じる。だけどやっぱり、バレンのことが心配でならない。

 見る限り大勢の人だかり、皆が目当ての物を求めて押し寄せる。きっと、バレンが用意した物だろう。空の木製ジョッキを掲げ、今か今かと待ち構えている。

 目の前は人の壁。奥の控え室を見ようにも身長が足りない。バレンが無事なのか? まずはこの目で……。


『さっきからぶつかって痛いんだけど……。って今日メンバー登録したロムくんか。坊やはもしかして控え室が見たいのかい?』

「えっ、あ、はい……。そうですけど……」

「なら、連れて行ってあげるよ」


 前に立つ一人の男性が気づいてくれた。ここの人は僕が住んでいた街と違って、身分関係なくとても優しい。

 ずっとここに住んでいたい。シュトラウトでの短い滞在時間で、こんなにも明るく迎え入れてくれるのは、気持ちよく過ごせそうだ。

 名乗ることなく僕を抱き上げる、一人の男性。抱き上げるだけでなく、僕を控え室の前まで一緒に来てくれた。扉の先にはバレンがいる。

 体調が悪化してもおかしくない出血量なのに、メルフィナは彼のことを『問題ない』と言っていた。本当に大丈夫なのだろうか?


 ――ガチャリ……。


 控え室の扉がひらく。中からバレンが出てくる。容姿に変化はない。それよりも、今現在の光景に、彼は目を見開いていた。


「んーと、これは一体どういうことなんだ?」

「じ、実は……。みんな待ちくたびれていたみたいで…………」


(言えない……。詳細を0から10まで言えないよ……)


 現状に困惑するバレン。メルフィナのおかげで丸く収まったが、血圧が不安になる。というより、この世界には血圧計という機械がない。

 相変わらず表情を変えないバレン。当の本人は自身に起きたこと――自らやっていたが――問題視していないようだ。


「で、あれは何?」

「あとで説明する。んじゃ、順番に並んで来てくれ‼」

『オオオオォォォォォォォォォ‼』

「わけがわからないんだけど……。これ……」


エントランスの外まで伸びる長蛇の列。控え室には、十個以上の桶やタライ。どれも満杯で、人々がジョッキに汲み上げ始める。

 人気の高さは異常だ。バレンは自ら〝王族〟と告白し。〝王族〟にしか使えない精霊憑依エンチャントを使い。〝王族〟にしか解錠できない金庫を解放して、〝王族〟の武器を取り出している。

 僕も少しもらいたい。けど、人の血なんてほしくない。吸血鬼ではないのだから。でも、気になってしまう。


「これも計算通り、っと。あとは仕上げで終わりだな」

「仕上げって、バレン?」

「いいから、お前も汲んで来い。腐るぞ」

「くく、腐る⁉」

「あはは、冗談だよ。ほら、さっさと行って来い‼」


 僕は言われるがままにジョッキを手に取り、控え室へ汲みに向かう。色はまだ青く、金庫の時みたいに黒く変色していない。

 ならどうして、あの時は変色したのだろうか? 不思議で仕方ない。澄んだ青と濁った黒の意味がわからない。


『おーい、早くしろぉー‼』

「あ、ごめんバレン。今行く‼」


 僕は急いでジョッキに入れると、エントランスに向かう。居合わせた人は、どうやらバレンの仕上げ待ちのようだ。

 無駄に時間を使ってしまったのは、申し訳なく思えてくる。大衆酒場と化したエントランス。四方八方から聞こえる声。それを遮るマスターの制止で静かになると、


 ――王血ディープ効果調合テイスティング ウォルタレイル


 バレンが何かを唱える。その発声で、ジョッキ入った青色が、明るい水色に変化。血の臭いは完全になくなり、全くの別物になる。

 効果調合テイスティングが終わったのだろうか? けれども、まだ飲み始める者はいない。ということは、


「これからが本番だ」

「えっ⁉」


 ――追加詠唱ティニアキャスト 王血ディープ レネスト

 ――連続詠唱トリンキャスト レネスト・サウザンド 


「よし、っと。一通り終了だ。一分待て」


 バレンの連投が終わり指示に従う。経った一分。思ったよりも長い。というより、今持っている木製ジョッキの中身は、まるで普通の飲料水だ。とても透き通っているからなのか、原料を忘れてしまう。

 一分後。みんなが一斉にジョッキを口へ運ぶ。本当に大丈夫なのだろうか? 僕には、あまりわからない。いや、あまり知りたくない。

 だけど、シュトラウトの住民は、何も文句を言わずに飲み干し、残すは僕とマスター、メルフィナの三人だけ。

 一番水分を摂った方がいいバレンは、手ぶらのまま棒立ちしている。それも、『早く飲んでみろ』と急かすような目付きで……。


「その……、このまま飲んでいいの? ちょっと、怖いんだけど……。バレン?」

「ま、最初はみんなそうだよな……。ってか、お前見てただろ? 寝てはいたが、予想はできる」

「ごめん。あれはトラウマになりかけたよ……。それにちょっと違和感があるけど……」


 いくら王族だからと言って、彼の血と知ってる僕には引くものがある。でも、彼は飲むように急かす。地獄のような状況とよくわからない雰囲気。恐る恐る口に含む。

 味はないけど少し潤う感覚。不思議なことが多くて状況を掴むことが難しくなる。今何が起きているのかがわからない。


「おかわりが必要なら……。と思ったが……。メルフィ、例のお香のやつ切らしてるんじゃないか?」

「ゼレネスのことかしら?」

「ちょっと確認してくれ。この状態じゃあ、俺は行けねぇからさ……」

「それはイジりがいがあるわね」

「おいおい……。ま、俺は常時無防備だからな。別に何されても問題ないが……」

「なら、一緒に摘みに行きましょ? 王子は鼻栓忘れないように」

「いい加減、王子言うのやめてくれよ……」


(あ、アハハ…………。なんだろ、この空気……)


 僕の前で始まった、バレンとメルフィナの会話。ゼレネスの香りが苦手ということを、事前にギルドマスターから教えてもらったので、僕もメルフィナの意見に賛成。

 鼻栓と言っても魔法でだけど、ちょっと嫌な予感がしてしまう。どちらにしろ、このクエストは、きっと僕達のデビュークエストになる。

 つまり、一番困るのは……。


『レネルおにいたん‼ 抱っこしてぇー‼』

『い、良いっすけど……』

『やったぁー‼ 抱っこ‼ 抱っこ‼ 抱っこ‼』

「レネル、そっちも大変そうだね……」

『無邪気すぎてつらいっすね……』

「けど、まだ優しい方なんじゃないかな? バレンの方がものすごい大変そうな感じするけど……」


 数メートル離れた場所で、じゃれ合うレネルとフランネル令嬢様。クエストを受注しているのに気づいていないようだ。

 僕的にはそうしてもらえると、助かるし嬉しいけど……。そんなことより、外は暗いから後日でもいいのでは?

 外敵に襲われないためには、昼間に行動したい。


「あと、一つ言い忘れていたんだけど」


 木製ジョッキを持ち、壁に背を預けるメルフィナがボソッっとつぶやく。言い忘れたこととは何なのだろうか? 言葉は続く。


「明後日か、明明後日かしら? 今度シュトラウト卿の祝賀会があるのよ。そこでもゼレネスの花が必要だから」

「そういえば、バレン。今日何日だったっけ? 昨日カレンダー見るの忘れたから」

「おいおい、それくらいちゃんと見とけよ……。ったく、今日はルナジェイン歴一五〇八年の、5月3日。そして今日から〝シュトラウト〟を活動拠点にする」


 ――・・・・・・…………。


「『ええぇぇぇーーーーーー‼』」


 バレンの唐突な宣言に、居合わせ人全員が仰天の声を上げる。正直僕も驚いてしまった。けれども、ここを拠点にするのは、住民の優しさを考えれば頷ける。

 拠点移動も悪くない?


『まじか、バレン王子がここ拠点にするってよ‼』

『そうらしいね……。くぅー。早く特注武器を鍛えねば‼』

『バレン王子バンザーイ‼』


 ――バンザーイ……。バンザーイ……。バンザーイ……。バンザーイ……。バンザーイ……。バンザーイ……。


「だから、俺はもう王子じゃねぇぇぇぇ‼」


 ただ〝拠点にする〟と言っただけで、どんちゃん騒ぎに盛り上がり始める空間。これには、僕でもフォローができない。

 そうこうしているうちに、揉みくちゃにされるバレン。翌日に確認したところ、あの後一睡もできなかったと、眠たげな顔でバレンがボヤいていた。

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