パーティ登録式直前

 ◇◇◇バレン目線◇◇◇


「ふわぁー。ん……。眠い……」

「バレン、大丈夫?」

「大丈夫なわけねぇよ……。ふぁーう……。うぅ……。さっきからあくびが止まんねぇ……」

「む、無理に起きてなくてもいいよ……」

「そう言ってられるかよ……。登録式なんだしよぉー」


 本当は寝たい。二日連続で寝不足気味だ。時間があれば、すぐに寝たい。どこでもいいから、横になりたい。目を開けているのがめんどくさくなる。

 それなのに、今日は冒険者パーティの登録式。寝ている場合ではないのは、昨日の段階で気づいていた。

 長に会えると聞いて騒ぐレネルとフランネル。それを見守るロムとブライダ。俺にくっつくメルフィ。

 メルフィには離れてもらいたいが、まあ深く考えるようなことではない。別にどうだっていいことだ。


「おにいたん‼ おさって何? 偉い人? かっこいいの? どうなの? どうなの?」

「そうだよ。これから大事な式もあるから」

「だいじなしき? それってなーに? 教えて教えて‼」

「アハハ……。どう思うバレン?」

「ま、そのままでいいんじゃないか?」

「ねぇねぇねぇねぇ。教えて教えて教えて教えて、教えて教えて教えて教えて、教えて教えて教えて教えて、教えて教えて教えて教えて、教えて教えて教えて、教えて教えて教えて教えて、教えて教えて教えて教えて、教えて教えて教えて教えて教えて、教えて教えて教えて教えて、教えて教えて教えて教えて」


 相手するのがただめんどくさいだけなのだが……。会って数日しか経ってないが、いちいち令嬢を見るのはうんざりだ。

 道行く人。向けられる視線。痛々しいくらいに冷たいスポットライトは、令嬢には残念すぎる恥ずかしさ。本人は気づいていないようだが……。


「もうすぐで着くわよ」

「ほんと?  早く会いたい‼ 会いたい‼」

「お子ちゃまなのにも程があるわね……」

「そういうお前もな。メルフィ」

「ふふっ。意外と厳格なのかしら?」

「俺の父ちゃんの方が怖ぇよ……。何度怒られたことか……。兄貴がな」


 今何をしているのかわからない。知りたくもない。きっとアイツは俺を怨み憎んでいる。別にどうでもいいことだ。

 俺は死んでいる。間接的だがそれでいい。その方が俺は楽。自害以外ならどんな死に方でもいい。


「お父様‼ ただいま戻りました。それと、新しい冒険者パーティも。それもアレストロの第二……」

「おいっ‼ そこまで言うなよ‼」

「こういう時くらい、便乗した方が得するわよ」

「そそ、そうなのか?」

「ええ」

「なら、らしくやるしかないか……。俺が苦手なやつだが……」


 改まった言葉は嫌いだ。考えるのがめんどくさい。けど、相手はシュトラウトの長で対面するのも初見になる。

 もし、アレストロの王子としてやるのなら、それなりの配慮をしなくてはならない。このままでは一生の恥だ。

 だんだん見えてくる大きな城。シュトラウト王家の城は、真っ白に染まっている。 昔はアレストロ街王城も白かった。今はどうなのか知らない。


「気を引き締めてっと……」

「バレン、頑張って‼」

『おかえりメルフィナ。入室の許可をする』

「ありがとうございます、お父様。失礼します」


 城の扉が開く。俺達は中に入る。思えば俺の服はボロボロのままだった。この姿ではみっともない。


 ――着装修繕アーマーリメイク カラー・ブラック


 即興で組んだ魔法。身につける服が黒の正装に変化する。ほつれ一つない服は、少し着心地が悪い。ボロい服に慣れすぎているのだろう。

 今まで着ていた服は、もう何年も洗っていない。平民として生活して八年。平民には、洗濯機のような便利アイテムは使用不可能。

 洗うよりは着装修繕アーマーリメイクが手っ取り早かった。だが、唱えた瞬間にどっと身体が重くなる。最近魔法を使いすぎているのかもしれない。


「無理をしすぎたか……」

「ほんとに大丈夫? バレン?」

「普段の睡眠時間に戻せばなんとかなる」

「戻せばって……」

「ほらアンタ達‼ お父様が持て余しているわよ‼」


 扉の先に広がる空間。真正面に玉座が見える。気持ちを入れ替える。王子として対面するのは、これが人生はじめての経験。

 話し方が変わろうがなんだろうが、関係ない…………。


 ◇◇◇十一年前◇◇◇


「父ちゃん‼ また○○○が俺に‼」

『また○○○が……。まったく懲りない兄だ。大丈夫だったか?』

「うん。それにもう治っているから。ピンピンしてるよ‼」

『君も、あの子の相手は控えたら?』

「でも母ちゃん、○○○喜んでるよ?」

『そういう問題じゃないのよ? お母さんはバレンが心配だから』

「もういい。もういいよ。俺、友達と遊んでくる‼」


 ******


「おーい、ロム‼ レネル‼」

『あっ‼ バレン‼ またボロボロになってるね……。なにかあったの?』

「ん、ああ。ただ転んだだけだから、気にする必要ないって。それより早速遊ぼうぜ‼」

「う、うん……」


 ◇◇◇◇◇◇


 昔、まだ五歳だった時のことを思い出す。この時も敬語という文字は、俺の辞典には存在しなかった。というより、知ろうとしなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


『あらごめんなさいね。つい手が滑ってしまったわ』

『フン……。それにしては、わざとらしいな。ま、俺には関係ないが……。先に名乗るのが礼儀じゃねぇのか?』

『ふふっ、よく知ってるわね。では、どちらから名乗りましょう?』

『好きにしろ』


 ◇◇◇◇◇◇


 どちらかと言えば、子供の時からの自分知らずで人任せ。自分のことは全て後回し。本当は礼儀を知らない。それはつまり、もうすでに恥をかいていたということだ。

 こんな俺が、長の前に立っていいのだろうか……。不安が募る。どのように話せばいいのかを、俺は知らない。勉強は嫌い。敬語もまだ覚えていないまま……。


「あらら、大丈夫? あまり根詰めない方がいいわよ?」

「メルフィ……。すまない……」

「なぜ急に謝って……。謝る必要は一つもないじゃ……」

「いや……。やっぱ今の俺には無理だ……。お前の……。メルフィの父ちゃんに見せる顔なんか、今の俺には……どこにも。どこにもねぇんだよ‼」


 途端、ほんのり暖かいものが瞳から溢れ出す。こんな気持ちは初めてかもしれない。十六歳になって流した涙。不透明な雫は、修繕したばかりの服を濡らしていく。

 痛みとかではない。そんなことで泣いたことは一度もない。なにかが俺の頬を伝う。なんだか胸が苦しい。無造作に締め付けられる感覚。

 俺は悲しみを知らない。悔しさも虚しさも知らない。知らないままでいいと思っていた。でも、やはり感情が足りなかった。喜怒哀楽の一部が完全に欠けていたから。

 それをはじめて知った。今の感情は何なのか。わけもわからず泣きじゃくる俺。誰にも見せることがなかったものを、他人の前で流している。


「アンタも可愛いところあるじゃない。大丈夫。あたしは応援しているから」

「うん‼ うん‼ うん‼ アタチもバレンおにいたんおうえんしてるよ‼」

「僕も応援してる。わざわざ改まる必要ないよ。いつものバレンで大丈夫。だよね、レネル」

「オイラも同感っす‼ だから」


 ――「バレンおにいたん頑張って‼」


 フランネルの言霊ボイス詠唱ハウル。同時に涙が消えていく。身体がほんわりと温まる。これはワガママなのか?

 どう考えても違う。なぜか知らないが背中を押してくれている。ささやきかける声。とても優しく柔らかい。


「バレンおにいたんなら大丈夫‼ ふれーふれーおにいたん‼ ふれーふれーおにいたん‼」

「フランネル……。確かにそうだよな。こんなんで泣いてたら、フランネル以下だもんな。みんな悪ぃ。たかが挨拶なのによ。違う意味で最悪な気分だ」

「違う意味ってどういうことかしら?」

「俺にもわかんねぇよ」


『メルフィナ、そこで何をしている』


「申し訳ございません、お父様。今すぐそちらへ」

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