ウラの裏はオモテとは限らない
◇◇◇ジルグ目線◇◇◇
「ジルグ様、ただいま戻りました」
「世話人か……。私になにか? そういえば進展があったのかを、教えてもらいたい」
私は玉座に座り、正面で膝まづく世話人に向かって問いかける。世話人はゆっくり立ち上がったと同時に、細かい微粒子を絨毯に落とした。
誇るべき赤い絨毯を汚すなど、恥として受け止めてもらいたい。しかし、彼に指摘するほどの力はない。
布地の小さな隙間に、落ちた微粒子が入り込む。数百年も前から色褪せぬ絨毯は、そう易々と洗濯できる品ではない。
「世話人よ。今までどこをほっつき歩いていた」
「これはこれは失敬。先程までわたくしは、城内の掃除をしておりました。それで砂を持ってきていたのでしょう。ホコリを落としてしまったことは、誠に申し訳ございません」
「なるほど、城の整備をしてくれたことは感謝する」
けれども、汚したことは許すことはできない。ここは私の領土。弟が生きていようが、死んでいようが、私には不要な情報だ。
それなのに、心配になってしまう自分がいる。どうして心配になるのか……。知る必要も無い
「それで、金庫の方は……」
「ご希望通り、順調に進んでおります。繁殖も同時進行ですから。数年後には溢れることも、視野に入れていくことをおすすめ致します」
「そうか。では、溢れた分を他の金庫へ。きっと弟は再び鍵を
「かしこまりました。そろそろ呪いの威力を、上げてみてはいかがでしょうか?」
(なぜ急に……)
世話人の彼は、予知能力を持ち合わせていない。それなのに威力を上げろというのは、普通は出てこないはず。
ますます怪しくなってきた。この世話人は何者なのか。こぼれ落ちるホコリは、絨毯の繊維に挟まり、嫌気がさしてくる。これ以上汚したくない。
「では従うとしよう」
「それともう一つ、平民の皆さんはどうやら水の……」
「もういい、
「承知しました。お言葉に甘えさせて、ここらで失礼致します」
世話人が玉座の間からいなくなる。まさか所在地まで知っているとは、作戦も組みやすそうだ。
私は弟が嫌い。消えたとて涙一つ出す必要もない。それくらい大嫌いだ。いついなくなってもいい。
彼のフィナーレは地獄の果て。弟が望むままに闇の中に突き落とす。私はそれでいい。弟のことを早いうちに忘れておけば、荷も軽くなる。
――コトン……。
何かが床に落ちる音。下を見ると純金製のコインが転がっていた。私はコインを拾うと、勢いよく天に弾き飛ばす。
絵柄のあるコインは、裏表が決まっている。それは表裏一体で、吉と出るか凶と出るかの合わせ鏡。舞い上がったコインが、スローモーションで落下してくる。
――トスン……。シュン……シュン……シュン……。
絨毯の上で回転するコイン。横に倒れる様子はない。ただただ、回転をしているだけ。
「ウラの裏はオモテとは限らない……。か。先が思いやられる。今すぐにでも、白黒はっきりしてもらいたいものだ……。呪いを強く……。バレンにはもってこいの土産になるかもな」
――
――
私は神器を呼び出し、弟が持つ剣の呪いを強化する。これで気に入ってくれるはず。いつかもがく姿を見たい。苦しむ姿を
◇◇◇バレン目線◇◇◇
「メルフィ大丈夫か‼」
なかなか終わらない砂漠でのバトル。デザートウルフは増えるばかりで、時間だけが過ぎていく。
「あたしが騎士団長ということを忘れないでもらえるかしら?」
「忘れるわけねぇよ。けど、それなりのエスコートは必要だろ? 無理やり成立されたんだ。お前のために、俺の命を投じてやるよ」
「それは面白そうね。ただ、〝投じる〟のはやめてもらえる? 悲しくなってしまうわ」
(じゃあ、どう言えばいいんだよ……)
生きることをやめた俺には、代わりになる言葉が出てこない。これでも相当考え抜いたセリフなのに……。
それくらい、粗末にしているということなのだろうか? ともかく、目の前で起きている現状に集中。剣の能力を使い斬り裂いていく。
メルフィも、不機嫌そうではあるが全力を尽くしてくれている。こっちも負けてはいられない。
(俺は俺ができることを……)
「ッ⁉」
「バレン王子?」
――ドサ……。
「きゅ、急に……。息が…………」
実は能力を使った時に、肺が
酸素も入ってこない。酸素不足で頭が痛い。痛いけど……。なんだか笑えてきた。笑いを堪えるだけで精一杯だ。
もう肺が潰れていてもおかしくない。深呼吸も不可能。なのに、腹から大声を出したくなる。身体の酸素を失うことも忘れて。
――
「自分の口を使えなくするって、アンタ馬鹿?」
(そういうお前も、わかってんなら話しかけるな‼ こっちはわざと息できねぇようにしてんだよ‼)
手に持つ聖剣からは禍々しいオーラ。これはもしや〝呪い〟の束縛魔法か? 面白い。今なら存分に楽しめそうだ。
呼吸は必要ない。酸素も使わない。死の果てまで俺は俺自身を追い込む。敵を蹴散らす。やっぱり命はどうでもいい。
首を失う以外の死に方なら、俺の希望通りになる。まずは、手前の敵を剣で薙ぐ。同時に能力も使用する。肺が引きちぎれる。閉ざされた口から、笑みがこぼれそうになる。
能力を使う。肺以外も締め付けられる。尋常ではない激痛が走る。それも、笑いに変えてしまう。脳内でも処理ができない。
(それだから、面白い。誰が付与したのか知らねぇけど。最高すぎてアホクソ囚人の処刑みてぇだ……)
――『アタチとロムおにいたんのために、みんな仲良くしてぇーーーー』
(このこ……)
「……えは。フランネル令嬢」
「口封じが解けたようね」
「マジかよ。ってか、敵が大人しくなってないか?」
「そういえばそうね。これは
「あのガキに……。まさかな」
「バレン王子のお知り合い、ってことかしら?」
「フン。お知り合いも何も、手間のかかる大荷物だ。ってか。俺はもう王子じゃねぇって‼」
そう言いつつも、俺とメルフィは一緒に都へ移動する。身体の違和感は消えていた。さっきまで何が起こっていたのだろうか?
なぜか忘れている。まあ、人を傷つける、心配させる確率は、大幅に減った。これはこれで良しとしておく。
「アンタ、ほんと変わっているのね。何もかもが、あたしの好みに当てはまってる。気に入ったわ。このまま付き合いましょう?」
「はぁ? 成立したんじゃねぇのかよ……。ま、俺はどっちでもいいから、お前の好きにしろ」
「否応なしってことね。なら、容赦はしないわよ」
「勝手にしやがれ」
どうなるかは、全く期待していない。考えてもいない。メルフィの好きでいい。何されようが関係ない。俺はただの部外者だ。
部外者に出番は……。
『バレンおにいたんおかえりぃー‼ どうだった? どうだった?』
「あの子がアレストロ街の?」
「あ、ああ、例の大荷物……」
「なんか企んでいるんじゃないでしょうね?」
「んなわけ」
企んでなんかいない。でも、やらないといけないことはたくさん残っている。俺はロム達と合流し、ようやく都の中へ。
到着直後でこの騒ぎになるとは、想像もしていなかった。俺達の噂も、俺の名前を出せば時間の問題だろう。
「まずは、ここの長に会ってから考えるか……」
「あら、あたしのお父様に用事?」
「そうだが……」
「簡単に会わせるわけにはいかないわね。最近依頼でいっぱいなのよ。事件やら討伐やら……。内容は様々。あたしも、少しは貢献しようと思っているんだけど……」
「ってことは、もちろん条件付きってことだな? 俺の令嬢様が冒険者パーティを結成したからには、ちょうどいい」
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