王族の金庫

 僕達六人は、街の入り口とは反対側の、北西部に向かっていた。この道は初めて通る。街並みはレンガ造りの道。何があるのはさっぱりだ。


「っで。バレン。今どこへ?」

「銀行。俺の先祖が残した財産の一部を、全て回収しにいく」

「全て……、って。どれくらいなのかな?」

「古代通貨だからなぁーー。古代通貨で五百億メリナ。現代通貨だと五百兆ウェレスだな」

「ご、五百兆ウェレス⁉ 超お金持ち……」


 ウェレスというのは、この街を治める人が変わってから、世界的に普及した通貨。今はこのお金しか使えない。

 バレンが言う金庫は、大昔に作られたことから、メリナの紙幣が入っているようだ。僕も初めてメリナ通貨を見るので、ものすごく楽しみになっている。


「ま、これでも一部にすぎないが……。鍵を開けるには、俺の血が必要。王家の。王族の血でないと開かない」

「そ、そうなんだ……」

「初めてやっから、どれだけ持ってかれるかは知らねぇけど。相当薄い分、貧血は必至だな。まあ、最大で三十個は開けられるだろうが……」


 血で鍵を開ける。昔の時代では一番最先端なのでは? 今の時代に、そのようなものは存在しない。理由は、王族ではなく帝国軍が支配しているからだ。

 大昔に厄災が街を襲い、多くの王族が巻き込まれた。しかし、たったー人の女性だけは、避難できたらしい。

 本当なのかは知らないが、ここにバレンがいることから、間違ってはいないのだろう。僕は知っている知識を、継ぎ接ぎに並べて合わせていく。

 長い道。なかなか銀行に着かない。知識も不十分のせいか、納得もできない。唯一心を落ち着かせてくれるのは、上機嫌に前を行くフランネル令嬢。

 時々見るとリラックスできる。


『一体いつになったら、この金庫は開くんだ。条件はなんなんだよ。誰か知ってる人いないのかぁ?』

『そう言われても知らないわよ』

『これで犠牲者何人目なんだ?』


 遠くでなにやら騒がしいやり取り。近づくにつれて姿を現す、王族のものであろう、巨大金庫。まるでそびえ立つ大壁のような金庫は、僕も初めて見る大きさだ。


「執事、準備を手伝ってくれ」

「かしこまりました。いくつお開けになさいますか?」

「ざっと二十。その分必要量が増えるだろうが問題ない」

「では、早速位置について下さい」

「わかった」


 バレンのクールさは変わらない。いくつ開けるのかも、事前にしっかりと考えていたようだ。僕にできるのは、終わるのを待つだけ。

 バレンが備え付けの椅子に座る。執事は、彼の両腕にチューブを繋げていく。そして、鍵を開けるための電源を入れる。

 入れた瞬間、チューブに血液が流れ始める。その血の色は紫。よく王族の血が青と言われるが、平民の赤と混ざっているんだと、僕は思う。

 動揺はしていない。いつもそうならないように、いろいろ教えてくれる。バトルになれば多くなるけど。


「お兄たん。あの子何しているの?」

「金庫の鍵を開けているんだよ」

「どうして、血を抜いてるの?」

「金庫の鍵になるんだって」

「どうして、血が鍵になるの?」


(その質問は……)


 フランネル令嬢の質問攻めの方が、だんだん怖くなってきた。なぜなら、バレンじゃないとわからないことまで、彼女が質問してきたからだ。

 僕にわからないことを質問されても、わからないことはわからない。わからないからこそ答えづらい。


「ねぇ、教えて‼ 教えて教えて教えて教えて、教えて教えて、教えて教えて教えて教えてよぉぉぉぉぉ‼ お兄たぁぁぁぁーん‼」

「い、いやあ…………」


 ――グギギギギィィィィィ……。ガシンッ‼


『開いたようだな』

『そのようですね……。貴方様が王族であることも、これで証明できたことになります』

『だな。けど、たしか……。今度は返還があったはず。かつて、この街の王だったという、俺のじいちゃんも苦戦したやつが……』

『返還……とは?』


 バレンと執事の会話。返還というのは、なにかに還元するのだろうか? 僕は金庫の中腹を見る。

 右に赤い血。左に青い血。すると、だんだん青い血が黒く変色を始める。量も倍になり、血はメーターギリギリまで。

 王族の血は、風に触れると黒くなるのか。初めて知ったことには、興味が湧いてくる。


『執事、俺が二十開けたってことは、返還されるのはその二百倍。時間がもったいねぇから、直接頼む』

『直接と言いますと……』

『ここにだ』


 椅子に座るバレンが、右手で左胸を叩く。左胸となると、心臓にするのだろうか? 腕のチューブではなく、心臓。

 それを知った執事は、何やら一際太いチューブを取り出す。悟った僕は、フランネル令嬢の目を塞ぎ、自分も強く目をつむる。

 グサッという突き刺す音。令嬢の目を塞いだまま目を開くと、どす黒い血がバレンの心臓へと注がれていく。

 当の本人は寝ているのだろうか? 表情は気持ち良さそうだ。そんな彼の感覚がわからない。


『あとどれくらいだ?』

『始まったばかりですが……』

『そうか……。もっとペースを上げてくれないか? こういうのは早く終わらせた方が楽だ。負担は大きいけどな』

『なるほど』


 バレンは目を閉じたまま、近くに立つ執事に話しかける。どす黒い血は流れ続ける。


『返還の血は元のやつより濃度が高い。じいちゃんはこの時に亡くなったと、俺は聞いている。二百倍……。俺が耐えさえすれば、歴代一位か……』

『では過去は……』

『先代でも、一つが限界だったみてぇだからなぁー。怖いものほど胸が躍る』


(バレンこわっ‼ 死者がいるのも怖いよ……)


 僕は思わず身震いをしてしまう。こんなバレンは見たことがない。本当に大丈夫なのだろうか? 僕はもう一度まぶたを下ろす。


『承知しました。もう一つ使わせていただきます』

『ん』


 再び突き刺す音。きっと流れる量も増えているはず。一旦うつむき、横目でレネルとブライダを見る。彼らはバレンに背を向けていた。見たくない気持ちは同じようだ。

 〝怖いもの知らずにもほどがある〟と言うけど、バレンは異常すぎる。手元で暴れる令嬢。絶対彼女に見せてはいけない。

 バレンに対する目を逸らし、壁の中腹を確認する。どす黒い血は、メーターの半分を切っていた。


『じいちゃんが言ってたことって。こういうことだったのか……。元々濃度が薄いからなんだろうが、返還後のやつが濃すぎて……。身体が全く着いていけてねぇ……』

『では、ここでリタ…………』

『いや、このまま続けてくれ……。そうしねぇと、鍵の完全解除はされない……』

『そうですか……。お身体のことが心配ではありますが、どうか、ご無理はなさらずに』

『もちろんだ』


 こうしている間にも、どす黒い血はバレンの身体に吸い込まれている。しばらくして、痙攣けいれんを始めるバレン。

 ものすごく怖い。わざわざ二十個も開ける必要は、なかったのではないか? バレンの感覚がわからない。何をしたいのかもわからない。

 僕は心配になって仕方がない。わからない。令嬢は、僕の手を振り払おうと暴れている。ここからどうすればいいか。僕にはわからない。

 全てを決めるのは彼自身。僕やレネルやブライダ、執事やフランネルが決めることではない。彼の思考がわからない。

 少しして、彼の痙攣が止まる。どす黒い血も流れなくなる。彼は動かない。僕は動けない。レネルとブライダは振り向かない。


『終わった……。のか?』

『そのようですね……。お身体の具合は大丈夫ですか?』

『まあ……。なんとかな……。めまいが少しあるが…………』

『では、後処理をしてまい…………』

『中身を全て取り出してからにしてくれ』

『かしこまりました。皆様、物品の回収にご協力いただけないでしょうか?』


 チューブに繋がれたままのバレン。僕は一人フランネルの目を塞ぎ、レネルとブライダが金庫の中身を回収する。

 最終的な金額は、二千がいメリナ。聞けば、約五百年分の生活費だそうだ。次に向かうのは武器屋。身を守る道具を買いに行くことになった。

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