ロムの過去

 ◇◇◇ロム目線◇◇◇


 ――バッスンッ……。ズサァ……。


「バレーーーーン‼」

「ちょ、ロム声がデカいッすよ」

「だ、だって……」


 審判の判定はバレンの勝利。だけど、バレンが意識を失ってしまった。前にも同じ光景を見たことがある。

 これで二回目だ。僕の両親が殺された時に一回。見てしまったことは、彼には言っていない。

 このあとに起こることは、すでに彼が公爵家で言っていた。


 ******


『この大会、俺が勝てば〝火鍋確定〟なんだよ。平民が貴族に勝つってのは、ズルやドーピングと同じだからな。そんで、もし勝ったらマグマと精錬鉄を〝トッピング〟してくれ』

『かしこまりました。平民である貴方のためならば、なんなりと。バレン様には不戦枠をご用意しましたので、ご案内いたします』


 ******


 勝ったら〝火鍋行き〟。僕は嫌だ。そう願っても、もう遅い。慌ただしく駆けつける救急隊員。

 僕とレネルは、急いで観戦エリアを離れて、意識を失ったバレンの近くへと向かう。声をかけても返事はない。皮膚も魔法のせいか、真っ黒に焦げている。

 それでも、微かに呼吸をしているのは、不幸中の幸いか……。救急隊の救命に勤しむ姿。僕は見ていることしかできない。


『審判。この者を速急に病院へ運び……』

『いや、今すぐ火鍋に入れろ』

『し、しかし今の状態では生命が……』

『いいか。これはバレン本人の希望とのことだ。繰り返す。今すぐ火鍋に入れろ』

『わかりました』


 救急隊員はバレンを担架に乗せ、会場の外へ出る。火鍋があるのは鍛冶屋の反射炉。友人は街の東に消えていく。


 ――『また俺が反発したら、火鍋一カ月の刑だとよ』


 自宅の前で告げられたセリフ。この発言が、本当になってしまった。ウソであってほしかった。またあの時と同じ様には……。


 ◇◇◇八年前◇◇◇


「おかっ、ふぐぅ……。うぅ……。おがあざんが……。や、やめ、やめで行がないで‼」

「小賢しい悪魔め、少しは黙りやがれ‼」


 燃ゆる森の中で、僕の両親が炎の海に連れて行かれたあの時。同じように海に入った。

 子供が八歳を迎えた平民は、必ず火で燃やされる。もちろん、怖い。死ぬのが怖かった。未練がいっぱいあるのに、それが決まりだった。


『おい、そこのお前ら何やってんだよ‼ それでも下級貴族か‼ 平民を守らねぇでどうすんだよ‼ この雑魚連中‼』

「ば、バレン‼」


 そんな土壇場に現れた救世主。小さい身体の割に、とても勇敢でかっこいいバレン。こういう場では、その勇ましさが雑に感じる。

 ぶっきらぼうで投げやりで、時にクールで慎重派。バトルにもなれば、展開の狂わせ技が十八番のように出てくる。


「別の悪魔か……。面白い。君も一緒に消えてもらおうか」

『んあ? 下級貴族に何ができる‼ お前は雑魚だ‼ 俺の敵にもならねぇぜ。なんなら殺るか? 友の命を俺が背負ってやっからよぉ。もちろん、条件付きでな』

「条件……。だと‼ あと、さっき下級貴族と言ったなぁ? 平民のどの口が下級貴族などと断言できる‼」

『んなことより、ロムをこっちによこせ‼ 俺が代わりに入ってやる。脅迫罪の償いとしてな。ってことより炎が弱い……』


 ――上級ハイエスト精霊憑依エンチャント‼ ゼクスイフリート‼


『これで……まだ足りねぇな。下級貴族らはロムを連れて早く逃げろ。誰にも見つからない場所に隠せ‼』

「ヒ、ヒィィィィィィ‼」

『いいから早く‼ さもないと、一緒に焼き殺すぞ‼』

「い、命だけは。命だけは……」

『早く去りやがれ‼』


 ――上級ハイエスト武装アーマード‼ アンリミテッド・ブースト‼


「バレン⁉」

『ロム、俺は大丈夫だ。今は……こっちを見ないでくれ………………』

「バレーーーン‼」


 バレンの言葉に恐れたのか、貴族は僕を連れて森から逃げる。業火と化した森の中。僕はこの時に初めて、彼が力尽きて倒れる姿を見た。

 事件としても話題にされ、炎は三カ月の間に渡り、ずっと燃え続けていたらしい。炎が消えていくのを見た者によると、一点に吸い込まれる形で鎮まったとのこと。

 この事件は未解決のまま廃れていく。理由は、〝平民のニュースは面白くない〟という貴族の我儘だったらしい。

 バレンが帰ってきたのは、炎が収まってから半月後。クールな姿は相変わらず健在で、普段通りの彼だった。


 ◇◇◇そして現在◇◇◇


 僕はレネルと共に反射炉へ向かっていた。どうしても、バレンの顔が見たい。レンガの街を駆け巡る。

 人気ひとけはない。むしろ静かだ。きっとほとんどの人は、会場にいるのだろう。僕は急いで追いかける。


『本当に火鍋へ入れるのですか? この平民を‼』

『いや、彼は平民ではない。種を明かしてくれた』

『へ、平民じゃないですって?』

『はい。どうやら彼は〝王族の末裔〟。生き残りだそうです。彼を殺せば絶滅は確定。彼自ら、我々に手柄を作ってくれるとは……』


 彼? 火鍋ということは、バレンを指しているのだろうか。王族の末裔。まだ全滅していなかったんだ。

 僕の友人が王族だったとは、今に思えば頭が上がらない。だけど、仲間としてまとめてくれたと考えれば、バレンはどれだけ頭が良かったかよくわかる。

 しかし、僕に彼の気持ちがわからない。表面ではなく、心の奥にある声が何なのか……。どう思っているのか……。


(バレン。待ってるよ……。レネルと……。フランネル令嬢と一緒に……。

 一カ月後。僕も君みたいに戦えるかな? ううん、共に戦いたい。もう、さっきみたいな無茶はさせたくない。

 たしかに僕は戦うのが怖い。けど。君が帰ってきたら、多分、四人でこの街から出るんだ。街の外は魔物が多い。

 そう教えてくれたよね? だから、少しでも成長できるように頑張るよ)


 バレンの言葉に、行動に逆らいたくない。それだけ信頼しているから。僕を助けてくれたヒーローだから。

 きっとレネルも、同じことを考えているはず。今『やめて』と叫んでも、声は届かない。それを知っているから、つらい気持ちを押し殺す。


「もう、しばらく会えないのかな?」

「バレンのことっすから、問題ないっすよ」

「そう……。だよね……。大丈夫。きっと、大丈夫……」


 火鍋に放り込まれるバレン。今から始まるの知ると、残酷すぎて目も開けてられない。

 魔術に特化した魔法部隊が、一斉に生成する人口マグマと、運ばれてくる大量の鉄くず。バレンが求めた物が全て揃った。

 一瞬で液化する鉄くず。熱で融けて混ざり合う。鉄くずの在庫は多いようで、次から次へと入っていく。

 すでに、マグマよりも鉄くずが多い。外気にさらせば、雨が降れば表面が固まる。

 もし、中から出られなかったら……。この光景を前に、悲しいビジョンが脳裏をよぎった。片隅で必ず戻ってくると、そう信じ……。


『おい、ちゃんとマグマを入れているんだよな?』

『やってます‼ 何があったんですか?』


 一人の貴族が火鍋の中を覗いたまま、魔法部隊に問いかけた。上空ではひっきりなしにマグマが生成。止まっている様子はない。

 僕はレネルと顔を合わせて、今ではの状況を考える。なのになぜ?


『よく火鍋の中を見てくれ‼』

『中ですか?』

『そうだ、いいから見ろ‼』

『は、はい‼』


 女性魔法士が鍋を覗く。数秒後、彼女の表情が一変。みるみる青ざめ、他の人も同様に、鍋のふちの外に落っこちてしまう。

 僕とレネルは、鍋に立て掛けられたハシゴを登って中を覗くと、まだたくさんマグマが残っていた。

 鉄くずも止めどなく入っている。入っているんだけど、少し違和感があった。

 鉄くずが消えて、マグマの量が増えた瞬間、その分だけがなにかに吸い込まれていることを。穴は空いてないため、当然ながらマグマは漏れ出ていない。

 だけど、


「中身が増減しているってこと?」

「そうなるっすね……」

「もしかして‼」

『あ‼ おにいたん、みーっけ‼ いっぱい探したんだよぉー‼』

「フランネル‼」


 後方から聞こえた令嬢の声。隣に立つのは、彼女の執事と、バレンと戦ったごりマッチョ。僕もハシゴを降りて合流する。

 どうしてごりマッチョが? いや、ごりマッチョという呼び方はまずいはず。でも、小麦色のごりマッチョとしかわからない。こうなったらごりマッチョで……。


「はじめまして、自分はブライダでやす。会場で火鍋と聞いたんで、令嬢と来やしたが、友人でやすか?」

「あっ、はい。僕はロムって言います。平民ですけど……。それで……」

「オイラはレネルって名前っす。ロムと同じバレンの友人なんすけど……。今、鍋の中にバレンがいるんすよ……」

『ん? 呼んだか?』


 今度は鍋の中から声がした。空を仰げば、鍋のふちに立つ人影。それは、ハシゴを使わずに飛び降りてくる。


「バレン‼」

「さっきぶりでやすね」

「ブライダ、お前もいたのか……。レネル、ロム、心配させてすまなかったな。よし、これで全員揃った。ああ、ちゃんと火鍋の中キレイに片付けといたぜ。おかげで完全復活だ」

「か。完全復活って」

「○った」

「聞かなかったことにしよう……、レネル」

「そうっすね……」

「んじゃ、行くぞ‼」


 この時悟った。これから始まる冒険が、どういうことになってしまうのか。


 まとめ役の、バレン。ライバルの、レネル。拳闘士であろう、ブライダ。

 公爵家の、執事。令嬢の監視役の、ロム。そして、一番の問題児。冒険者パーティのリーダー。フランネル令嬢。

 これから始まるのは、僕達六人の目的無き冒険譚。それは、大変な毎日の始まりだった。

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