バレンの本気 護衛決定戦


『これから、トーナメント準決勝を開始します。第一回戦の勝者と第二回戦の勝者は、前へ』


 審判員の案内で、二人の選手が前に出る。一人は細身の女性。もうは一人はガタイのいい男性で、超絶ごりマッチョ。

 一礼から戦いが開始。それを見届ける観戦席の観戦者達。

 僕とレネルがいる観戦エリアの反対側。特別に設けられた、公爵家専用の特等席には、まだ幼ない子供令嬢の、フランネルお嬢様がいる。

 見つめてくる琥珀色の瞳。とてもご満悦されているようで、僕もほっこりしてしまう。魔力に満ちたその眼光は、多くの人に癒しを与えてくれるのだから。


「バレン大丈夫っすかね……。オイラめちゃくちゃ心配で……」

「その気持ちは僕も同じだよ。」

「そうっすよね……」


 盛り上がりを見せる会場内。魔法が飛び交い火花は散り、熱狂の渦へと誘っていく。このバトルは女性の方が優勢か?

 激しい剣戦となるほど、白熱するバトルは、胸も何もかもが熱を帯びる。争いは嫌いだけど、観戦するのは悪くない。むしろ楽しいくらいだ。


「ロム、あと少しで時間切れっすよね?」

「う、うん。そう……だね……」

「どど、どうかしたんすか?」

「あ、いや、なんでもないよ」


 本当はなんでも良くない。刻刻と迫るバレンの戦い。勝てば火鍋の罰ゲーム。しかも、人工マグマと精錬鉄の即死級。

 クールでまとめる上手のバレンだけど、彼の考えを悟るのは至難の技。僕ですら理解できたことがない。

 そうしている合間にも、試合は急展開を迎える。優勢だったはずの女性が、突然押され始めたのだ。

 女性を叱咤する声援と、愚弄する罵倒が入り交じる。どちらの味方でもない僕達には、全くの無関係。そして、バレンの味方は僕達しかいない。


『タイムオーバー。勝者○○○‼』


 ごりマッチョの男性の拳を、審判が天に掲げる。観客の声が大きいせいか、名前がわからない。わからないけど、決着がついたことは理解できた。

 次は決勝戦。バレンの出番だ。そういえば、バレンはどこにいるのだろうか? 僕達を観戦席に置いたっきり、顔を見ていない。

 それよりも、どうしてバレンは出場権が? そして、戦いの火蓋が切られる。


 ◇◇◇バレン目線◇◇◇


「あと少しでスタートか……」


 俺は一人で個室にこもっていた。本当は、貴族と顔を会わせたくない。

 たしかに、俺はロムらと同じ平民。そして、この世界には下級貴族・上級貴族が存在する。俺から見れば、ここの貴族は下級貴族だ。そして、俺は貴族が大嫌いだった。

 それが、顔を見せたくない理由の一つ。

 今回戦うのも下級貴族。きっと相手の戦闘能力は、俺より下。平民が言うことではないのはわかっている。

 今までアイツらに隠し事をしてきた。それを重ねた罪もある。貴族らにも隠し通していたくらいだ。


『バレン様。バレン様‼』

「んあ? 誰だよ急に」

『わたくしでございます』

「ああ、執事か。今は一人にさせてくれ」

『左様ですか。決勝戦での必須条件をお持ちしたのですが……』


 必須条件。こんなことは、一度も聞いたことがない。けど興味はある。必須となれば、クリアしなければ勝っても敗北なのだから。


「で、必須条件ってのはなんだ?」

『ご説明いたします。今回は精霊憑依エンチャントとのことです』

「ふーん、そうか。時間になったら頼む」

『もう間もなくですが……』

「なら、案内してくれ」

「かしこまりました」


 俺は執事の案内で、個室の外に出る。少しづつ大きくなるわずらわしい声。

 耳を今すぐ塞ぎたい。だけど、手が使えなければ、何もできなくなってしまう。視界が開ける。一瞬真っ白に染まる。

 真正面に立つ、やけに筋肉質な男性。アイツも下級貴族か。考えただけで反吐が出る。


『おい‼ 見ろよ‼ この前、首吊りしたのに生還した平民がいるぞ‼』

『なな、なんだって⁉ 平民に出場権あるわけないに決まってんじゃん‼』

『ひっでぇ大会だなこりゃ。しかも当日参戦の不戦勝らしいぜ?』

『おいそれ本気で言ってんのかよ? ゆるすぎるにもほどがある』

『こっから立ち去れ‼』


 観戦者から聞こえてくる、俺を侮辱する声。ここまでは計算通り。こみ上げてくる怒りは、すでに狂気の手前まできている。

 俺は静かにさせないよう、審判に説明。今回限りはと承諾をもらい、互いが位置についた。


『これより、決勝戦を開始いたします。準決勝勝者ブライダ。平民代表バレン。両者は前へ』


 ――グウォオオオオ‼


 観戦席からの盛大なる拍手。俺が感じるのは嘲笑いの音色だ。気分が悪い。とにかく苛立つ。怒りで心が埋め尽くされていく。


『では、双方、精霊憑依エンチャントの用意を』

「了解でやす‼」

「ま、好きにしろ」

「じゃ、先行かしてもらいやす‼」


 ――精霊憑依エンチャント エルフ‼


 ブライダが憑依魔法を唱える。これも下級魔法だ。俺に傷一つ負わせるには、弱っちいゴミくそ。俺には、とっておきがある。

 しかし、俺が根っこから怯えているものでもある。別に使えないわけではない。使おうと思えば自由に使える。

 自由に使えるけど、親からは封印するように求められていた。だけど、今使わなければ、何も始まらない。


『バレン選手。このまま精霊憑依エンチャントさせなければ、あと数分後で不戦敗となります。よろしいでしょう……』

「良いわけねぇだろ。やってやる‼」


 ――上級ハイエスト精霊憑依エンチャント‼ ゼクス・イフリート‼


『お、おいマジかよ⁉ 王族しか使えない魔法を使ってるぞ‼』

『なにィ‼ ってことは平民じゃ……』

『んなわけないって、本人も平民って言うくらいなんだ‼ 幻に決まってる‼』

『そ、そうだよな? もし成功したりしたら……』

『するわけ……‼』

『だよ…………』


 観戦者の声が、だんだんフェードアウトしていく。暴炎の上級精霊イフリート。その炎は、俺の皮膚を焦がす。

 意識が少し遠のく。そんなのはどうでもいい。今はバトルに集中する。イフリートの制御に徹して、このバトルを制する。

 纏う炎は荒れ狂い。敵のブライダに獄炎の拳で殴りつける。飛び散る炎と燃ゆる陽炎。さらに意識が遠のいていく。

 

「お、お前は一体何者だ‼ 平民代表じゃなかったのか‼」

「平民代表だが……。それが……どうした?」

「ち。ぜ……。絶対違う‼ 違うに決まってやすって‼」

「ふーん……。そうか……。なら……。教えてやるよ……」


 別にいなくなってもいい。本当の俺は絶滅危惧種なんだ。俺がいなくなれば絶滅する。俺の親はもういない。俺の先祖もいない。

 じいちゃんも、ばあちゃんも全員いない。なぜなら、


「俺は、大昔この街を治めていた、王族の血を受け継ぐ者だ」

「お、王族‼」

「たしかに、俺に流れる王族の血は薄い。魔力も不安定。けどな、王族の魔法を消したくねぇんだよ‼ この命にかえてもなぁ‼」


 ――上級ハイエスト武装アーマード‼ アンリミテッド・ブースト‼


 これもまた、王族のみが使える魔法。精霊憑依エンチャント中の力を増幅させる禁呪。

 俺の親が精霊憑依エンチャントの封印を求めた理由は、この魔法の使用を危惧していたからだ。

 今の戦いが終われば、俺は一度力尽きる。別にそれもどうってことない。これが俺の目的なのだから。


「さあ、バトルを終わらせようか……。俺にかなうものなら、さっさとかかってこい‼」

「そそそんなぁ……。こ、こわ……。や……」

「安心しろ。もうすぐで俺は倒れる。敗北を誓うか。ここで消えるか……。お前はどっちかを選択すればいい」

「リ、リリ、リタイア。リタイアでやす‼」

「そう……か…………」


 ――バッスンッ……。ズサァ…………。


『バレーーーーン‼』


 どこかで聞こえたロムの声。魔法は解けた。戦いにも、ブライダの敗北宣言で勝利した。今やるべき全てが終わった。

 俺は約束通り、このまま火鍋行きだ。なんだか嬉しかった。どういうわけか、とても嬉しかった。

 ロムやレネル、フランネルに会えるのは、多分一か月後。今はゆっくり身体を休める。休まらないだろうけど、少しでも回復に専念する。


(昔、ロムの親が殺られた時も、俺はこんな感じだったな。今に思えば黒歴史だ。そしてまた、真っ黒いやつを作っちまった。それも、お前に見られたくない姿をさ…………)

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