護衛決定戦から始まるワガママ子供令嬢との冒険譚~闇に染まった世界を救うため、七歳児パーティリーダーに振り回されながら、冒険者として旅立ちます
八ッ坂千鶴
子供令嬢
『おーい、ロム起きてるか‼』
自宅の外から聞こえた、僕の名前を呼ぶ友人の声。僕はベッドから起き上がり、ピンと大きく伸びをすると、無意識にあくびも口から飛び出す。
寝ぼけ
軋む扉をガチャりと開いた先には、レンガ造りの住宅街と、壁のように立つ二人の青年。
「おはよう……。バレン。突然呼び出して……」
僕はそのうち一人の名前を呼ぶ。黒髪のクールなバレンは、今いる三人のまとめ役。彼には毎回助けられる。
渓流釣りでは、溺れそうになった僕を助けてくれたし、バレンの隣に立つレネルと喧嘩した時は、仲介役として鎮めてくれた。
それくらい頼りにしている。というのも、僕とレネルとバレンの三人は、幼なじみで同じ十六歳。幼少期からの仲だ。
「それで、二人揃ってなにかあった?」
「ん? ああそのことか。今話題になっている〝令嬢様〟に会い行こうと思ってな……」
「令嬢様? って生まれ変わりと謳っている、あの令嬢様のことかな?」
「オイラも気になっているんすよ‼ その令嬢様のことが……。大人美人だったら、いずれ、けぇっ……」
「レネル、変な妄想はやめておけ‼」
バレンの制止は、口が悪いものの至って普通。しかし、レネルには強烈のようで、氷漬けのように硬直する。
僕は見慣れているけど――なんの変わりもないやり取りだけど――他人からは評判が悪い。
というのも、僕が暮らす街の住民は、貴族と血縁関係のある人がほとんどで、平民は少数派。
勉強も、貴族は高度な技術を学んでいるのに対し、僕達は字の書き方や読み方だけという、とてもかけ離れた扱い。
夢も追わせてくれないのだ。例を挙げると、
「ロムも知ってると思うけど、最近魔物多いっすよね」
「そういえば、また王国の兵士が魔物にって、号外がきていたね」
「そ、そそ、それでこの前。バレンとチャンバラごっこやってたら、貴族に見つかって、ボッコボコに……」
二人の話によると、今から四日ほど前、路地裏で遊んでいるところを、貴族にバレてしまい、揉め事になったそうだ。
平民も自由に遊びたいのに、それすらも許されない。困ったものだ……。背伸びができるのは、朝と夜しかないのだから。
「たしかに。あん時のはヤバかったな。血みどろのレネルは笑えたぜ。ま、あの後貴族らに倍返しをしてやったが……。最終的には、俺だけ紐で首を締めめられて一晩吊し上げだ」
「つ、吊し上げ⁉ よよ、よく……生きていたね……」
「まあな。だが、また俺が反発したら、火鍋一カ月の刑だとよ。別に気にするほどではないが……」
それで済んではいけないことだが、バレンにとっては日常茶飯事。僕はどちらかというと平和主義なので、バトルは好きではない。
なぜなら、僕の親は貴族に殺されてしまったのだから。その頃から争いが嫌いだった。貴族にとって、平民の出産は悪魔のイタズラ。
たとえるなら、平民の子供は邪魔者扱いのお遊び道具だ。何度殺されかけたか、思い出したくもない。
子供が八歳の誕生日を迎えると、親子共々殺されてしまう。この時も、バレンに助けてもらっていた。
「だけど、怪我とかは大丈夫?」
「ん? 問題ない……。まだ首にアザが残っているけどさ」
バレンはそう言いながら、涼しそうなワイシャツの襟を引っ張り、自慢げに首元を見せる。
そこには、濃い紫色でうっ血レベルのあさひもの痕。同じ平民ではありえないほど強靭すぎる身体は、羨ましいけど少し怖い。
「っで。バレン、レネル。本題に戻すけど。急にどうして、令嬢様がいるという公爵家に?」
「怪しいに決まってるからだよ。生まれ変わりだぁ、なんだぁ言ったって、でっち上げに決まってる」
たしかに、生まれ変わりというのは、嘘である可能性もなくはない。バレンの考えに乗っても大丈夫だろう。
「実は僕も気になっていたんだよね……。その令嬢様。招待状ないけど、行っていいのかな?」
「おいおい、知らねぇのかよ。今日は令嬢様直属の、護衛決定戦当日なんだ。んで、今は顔合わせができる特別な時間。あと三時間すれば本戦だな」
「〝観戦者もドンと来い〟らしいっすよ」
「わかった。僕も行くよ。それじゃあ歩きながら」
こうして僕は、友人のレネルとバレンの三人で、今は亡き一番令嬢の生まれ変わりがいるという、公爵家に行くことになった。
「やっぱ怪しいんだよ」
「令嬢様のことかな?」
「気になって仕方ないっすね」
この時はまだ知らなかった。ちなみに、一番令嬢というのは、公爵家などで最初に産まれた長女のこと。
前一番令嬢は、とても気品溢れる聖女だったらしい。とある事件で暗殺されてしまったが……。
そのようなことを考えつつ、三人並んで公爵家がある通りを歩く。しばらくして見えてくる豪邸。
キラキラとした装飾は、お祭り会場と言ってもいいくらい、とても豪華なもの。僕達みたいな平民には、月とスッポンの差だ。
『ままっ、待って下さい。フランネルお嬢様‼ そちらに行ってはなりませぬ』
『うわぁ~。すっご~い。人がいっぱいでワイワイしてるぅぅ‼』
『お待ち下さい、フランネルお嬢様‼』
遠くから聞こえる執事と子供の声。よく見れば、二つの人影が右へ左へと駆け回っている。それも追いかけっこ状態のまま、僕達の方へと。
「フランネルお嬢様。順番に対応して下さい。そちらは最後尾でございます‼」
「えー。いいでしょ? ひつじ?」
「わたくしはしつじでございます‼ お嬢様‼」
「もう、アタチの自由なんだからぁ~。そこのおにいたん、初めまして。前一番令嬢の生まれ変わりの、フランネルだよ」
(へ?)
「お、おにいたん? って、僕達のこと?」
「そだよぉ~。えへへっ」
唐突すぎる女の子の〝おにいたん〟発言。しかも、自ら令嬢と言っている。どう見ても普通の子供なのに……。
エメラルドグリーンの長い髪をたなびかせ、にっこりと微笑むほっそりしたその姿は、まるで天使のように可愛い。
「ねぇねぇ、一緒に〝ぱーてぃ〟組もうよ。アタチがリーダーね」
「ちょっとお嬢様。貴方の護衛は、貴族のみで行われる、大会で決めるのですぞ。このような平民どもは、ふさわしくありません」
「ん? さっきなんつった?」
「ば、バレン?」
執事と令嬢様の会話に、バレンが割り込む。しかし、なぜバレンが? 僕とレネルは互いの顔を見合わせ、頭にハテナを浮かべる。
執事も不思議げな表情。けれども、数分後には何かを悟ったらしく、口を開いた。
「バレン様は、出場権を差し上げても良さそうですな。いかがなさいますか?」
「そりゃ、令嬢が俺達と行動したいってんだから。出てやるよ。条件付きでな」
「はて、その条件とは?」
「この大会、俺が勝てば火鍋確定なんだよ。平民が貴族に勝つってのは、ズルやドーピングと同じだからな。そんで、もし勝ったらマグマと精錬鉄を〝トッピング〟してくれ」
(と、トッピングって……)
「かしこまりました。平民である貴方のためならば、なんなりと。バレン様には不戦枠をご用意しましたので、ご案内いたします」
なぜ、マグマと精錬鉄を頼んだのだろうか? これも僕にはわからない。いくら強靭な身体をしていても、なにがなんだか……。
「ま、あとでわかるさ。レネル、ロム行くぞ‼」
バレンの先導で、僕達は大会の会場へと向かう。不戦枠だから決勝戦のみのはず。理由を問いかけても答えてくれない。
安定の冷たさだ――時々熱が入ると狂ったようになるが……。それがバレンの良いところだ。
公爵家から少し移動して辿り着く闘技場。こちらも同様に、大勢の観客で溢れている。
鳴り響く笛で歓声が湧き上がり、今か今かと身を乗り出す。
そして始まる〝護衛決定戦〟。僕はレネルと一緒に、バレンの勇姿を見届けることにした。
『会場にお集まりいただいた皆様。長らくお待たせしました。本日のメインイベント。フランネル令嬢様の護衛決定戦、まもなく開始いたします……』
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