第105話・紅竜の決断(先生といっしょ!)

 ……で、カッコ良く飛び出してあっさり見つかるはずもなく。


 『殿下ぁ、どーこでーすかぁー……』


 わたしは力無く人気の無い校内をさまよっていた。いや待って待って。そりゃ確かに校内に殿下がいたらお嬢さまたちのところに行ってるハズだし、そうでないんだから校内にいるはず無いのは分かってる。

 でもさあ、他に殿下がいそうな場所ってーと、お城の方になるじゃないの。わたしが行って「殿下ぁ、学校いきましょ」なんてやれるわけねーっての。ていうか、自覚は無いけど脛に傷持つ身としてあんなとこに近づけるかーっ!

 ……と、今更ながら格好つけたことに後悔を覚えてるわたし。どーしよ。


 「おや、コルセアさん。どうしました?そろそろ午後の発表が始まりますよ」

 『あ、ちょーどいいところに。センセ、うちの殿下の居場所知りません?』

 「う、うちの殿下…?バッフェル殿下のことなんでしょうけど、流石にそれはどうかと…」


 紅竜も歩けばナントカに当たる。知ってるか知らないか知らないが、一人でうろうろしてるよりはよっぽど頼りになりそうなバスカール先生、発見。


 『まあまあ。今日は登校されてないと聞いたのですけど、殿下の居場所とかご存じありません?』

 「なんで僕が知っているって発想になるのかは分かりませんが、登校されてないというのでしたら帝城におられるのでは?」

 『じゃあそれで。さ、行きましょか。連れてってください』

 「いや待ってください。なんで僕がコルセアさんを連れていかなければならないんですか」


 だってわたしが行っても門前払いされそーですし。

 既に関係者の大半が講堂に向かったためか、人気の絶えた渡り廊下で漫才繰り広げるわたしと先生。


 「だから僕を巻き込まないでくださいってば。これからあなた方の班の発表もあるのでしょう?担当教官として発表に立ち会わないと…」

 『ところでセンセ。お空の散歩に興味はありません?』

 「………ありません。じゃあ僕はこれで」

 『まま、そう言わずに。えい』

 「うわぁっ?!」


 有無を言わさず先生の脇に腕を入れて抱きかかえると、わたしはあっという間に「落ちたら死にますよこれっ?!」な高度にまで上昇した。ここまで連れてくれば今更引き返せ、とか言わないでしょ。


 「言いますよっ?!ちょ、ちょっとっ、僕高い所苦手なんですけどっ!!」


 知ってます。「ラインファメルの乙女たち」にもそれでギャップ萌えするイベントありましたしぃ。


 『センセ、ここまで来たら腹括って殿下探しに行くのに付き合ってくださいな。てことで帝城までひとっ飛びぃ!』

 「ひぃぃぃぃぃっ?!」


 なんかもー、バスカール先生推し勢が聞いたら幻滅しそーな悲鳴をドップラー効果のごとく帝都上空に響かせながら、わたしは殿下の(多分)いる帝城まで飛んでゆく。あ、先生。そんなに暴れると手が滑って落っことしますよ?


 「あ、あ、あとで、覚えていてくださいねーっ?!」

 『そんなあ。あれだけ研究と授業に協力したじゃないですか。そんなわたしのお茶目の一つくらい、大目に見てくださいよぅ』

 「これがお茶目とかどういうつもりなんですかあなたはっ!!」

 『聞く耳持ちませぇん』


 そんなもん聞いてたら時間がいくらあっても足りないし。

 わめき抗議する先生を無視して飛び立ったわたしは、学校の辺りからでもおっきく見える帝城に向けて一目散に飛んでったのだった。




 『先生、着きましたよー……センセ?』

 「……はっ!……そうか!ミゼルロータ論文に記された理論の証明は……この通りだったんですね……」

 『は?』


 帝城に向かって飛んでる間中静かにしてた先生は、着地するや否や、何ごとかと集まってきた人たちの視線を浴びながら拳をぎゅっと握って何かブツブツ言っていた。というか、なんか恍惚としてる。ぶっちゃけアブナイ感じ。


 「……僕は、僕は……この天啓を得るために学者になったんだ……っ!分かった、分かったぞっ!!」


 あのセンセ?喜び勇んでるとこ悪いですけど、多分それおっきな勘違いなんじゃないかとー。

 どうもわたしにぶら下げられて空飛んでるうちに、意識がアッチの方向にぶっ飛んでしまわれたと思しき先生に、わたしは『どーしたらいいんだろう……』と責任を感じなくもなくて。ああいやでも、なんか幸せそうだからほっとこか。うん。


 「そこで何をしている!」


 ……と、一人で立ち去ろうとした時だった。

 取り巻く人の輪をかき分けてやってきたのは、フル装備の厳つい衛兵さん。が三人ばかり。

 いやそりゃそうよね。帝城の前で空から人間が降りてくればそーなるわ。お仕事ごくろーさまです。ぺこり。


 「なんだこのトカゲは?」

 『あいやトカゲと言われて名乗るのも業腹ですけど、わたしブリガーナ伯爵家でお世話になってる紅竜のコルセアとゆーものです。お見知りおきを』

 「しゃべったっ?!」


 うぞぞぞ、と囲んでた人の輪の直径があっという間に広がっていく。マンガみてーだ、と呑気に思ったわたしの前に、一際厳つい衛兵さんが一歩前に出て傲然と尋ねた。


 「ブリガーナ家のトカゲ?聞き覚えは無くは無いが、そのトカゲが何の用だ」

 『トカゲじゃねーっての。それより聞き及んでいるなら知ってるでしょ?うちのお嬢さまの許婚の、バッフェル殿下に用があって来たの。会わせてちょうだい』

 「ふざけるな!ブリガーナ伯爵家の家名を出せばトカゲ風情でも押し通ることが出来ようなどと浅慮を働かせたのかもしれないが、ここをどこと心得ている!」

 『どこと言われましても。殿下のお家でしょ?』

 「貴様っ、帝国の中枢たる帝城を何と心得るか!!」

 『少なくともあなたが威張るよーなことじゃないと思うんですけどー』

 「愚弄するにも大概にしろよ、このトカゲめが。貴様など地ベタを這い回るのお似合いというものだっ!!」


 ダメだ、話になんねー。

 もう時間の無駄だし、いつも通りに火を吹いて『おらおら、お焦げになりたくなかったらそこをお退き!』とかやった方が手っ取り早いかしらん、と思って深呼吸した時だった。


 「わあっ、待って待って!待って下さいっ!!」

 『わぷ』


 わたしが何をしようと察したのか、我に返った先生が覆い被さってきてわたしの意図を挫く。ちっ、あと数秒時間あればわたしの秘技「火炎柱」が炸裂したところなのに。


 「コルセアさんっ、時と場所と相手と状況と……ええと、とにかく森羅万象を弁えてくださいっ!」


 そこまで言わんでも。まあ先生が代わりに話をしてくれるなら別にいーか、とわたしは大人しくすることにした。

 なのでセンセ、交渉よろしく。


 「僕、巻き込まれただけなのに責任重大過ぎません?」

 『そこはほら、人徳ってやつかと』

 「生涯得たくはないですね、そんな人徳は……で、すみません。お騒がせしたことはお詫びしますが、用向きとしては彼女の言った通りです。バッフェル・クルト・ロディソン第三皇子殿下への目通りを得たい所存ですので、どうかお取り次ぎを」


 立ち上がってそう折り目正しく述べる先生に、厳つい衛兵さんは多少機嫌を直したみたいで、それでも先生が誰なのかは分からなかったために、「其処許は?」とか相変わらず見下した口を利いてくれた。


 「……帝国高等学校で教鞭を執っております、ビヨンド・バスカールと申します」

 「ほう、となると殿下の恩師にあたられるわけか」

 「恩師、などとは面映ゆくありますが、多少なりとも殿下のご将来のために務めを果たしております」


 左様か、と対応がすこぅし柔らかくなった様子。これならなんとかなるかな…?


 「……だが、殿下はただ今お取り込み中である。帝国の大事ゆえ、お目通りは叶わぬ。このままお引き取り願おうか」


 …ならねーでやんの。帝国の大事とうちのお嬢さまのお願いとどっちが大切だと思ってんのよこのデクノボウはー。


 「コルセアさん、ケンカ売るのも程々に。……こほん、それでは待たせて頂くことは…」

 「なりませぬ。帝城に素性の知れぬ者を入れるわけにはいきませんのでな。特にそこのトカゲのような怪しげな物など、尚更だ」

 『言ってくれんじゃねーの。わたしが本気になったらあんたなんか炭も残らないんだからね。それ理解した上でもう一回大きな口たたいてみりゃいいわよ。ほら、やんなさいよ。こっちはいつでも準備出来てんだから』

 「なんだと?!大口叩きはどちらだ畜生の分際で!」

 『お?お?やんの?やっちゃうの?いーわよ見てなさーい、今からこの無駄にでっけえだけの城なんかひと息で廃墟にしてやん……』

 「だからケンカを売るんじゃありませんってば。失礼、連れが無礼を働き……」

 『せんせ、せんせ。わたしここまで侮辱されて引っ込んだら伯爵家の名折れ…』


 「コルセア!!」


 ほえ?

 わたしを後ろから抱きとめようとしてた先生を振り解くと、聞き慣れた声で呼び止められた。ていうか、この声、殿下じゃない。


 「……出かけようとしていた所に騒ぎがあると聞いて覗いてみたら……何をやっているのだお前は」


 第三皇子、なんて肩書きに似合わず、人垣を押し分けやってきた殿下は、呆れた顔で騒ぎを一瞥し、そしてわたしの前にやってきて。


 『あいたぁっ?!』


 お嬢さまのとは比べものにならない威力のゲンコツを、わたしの頭にくれちゃってくれたのだ。

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