第106話・紅竜の決断(そろそろ雰囲気重くなってきたんデスけど…)
「でででで殿下っ?!」
「殿下……」
『……お、おぉぉぉぅぅぅ………』
厳つい衛兵さん、バスカール先生、そして頭を抱えて悶絶するわたし。
三者三様の反応を見て、殿下はくそおもしろくもない、とでもいう風に鼻を鳴らしてた。
「何があった」
「はっ!殿下を訪ねて来たという不審者を尋問しておりました」
「不審者?バスカール先生のことか」
「は……はい」
衛兵さんは殿下の眼光に射竦められてキョドっていた。まあそりゃそうよねー。殿下、先生のところに行って、「部下が失礼をしました」と謝ってんだもの。
かといってそれで衛兵さんを叱責するよーな殿下でもなく。
「知らなかったのであればやむを得まい。先生は私の客だ。入って頂いて良いか?」
「……は、はっ!大変失礼を致しました!」
「いえ、お役目ですからお気になさらず。殿下、ありがとうございます」
うんうん、美しい風景だ。これでわたしは何も心配するこたーない。安心して帰ろ……じゃないっ!!
『殿下、殿下っ!わたしは?!わたしは?!』
「お前な……選りに選って帝城の前で何をしようとしていたのだ?少し遅れたらまたアレをやるつもりだったのではないのか?」
『いえそのー……ええと、殿下をお迎えに来たので。一緒に学校行きましょ?』
「それで騒ぎを起こされる俺の身にもなってみろ。お前は俺の立場というものをどう考えているのだ?おい」
『…………しゅーん』
うう、まさかここまで怒られるとは思ってなかった。わたしに甘い殿下のことだから、お迎えに来たら二つ返事で学校に来てくれると思ってたのに……。
『で、でもでも殿下っ、今日はみんなの発表の日なんですよっ?!そんな日に殿下がいないとか、みんな残念だって言ってるんですから、とりあえずでいーので学校行きましょ?ね?ね?』
「お前なあ……」
流石に呆れっぷりもここに極まる、みたいな顔で見られるとわたし意気消沈。うう、なんでこーなるのよぅ。
「……殿下、コルセアさんも悪気があったわけではないのでもう少し手心を加えて頂きたいのですが…」
「先生。どう見ても巻き込まれたという態の先生が取りなすのであればそれも吝かではありませんが、悪気が無いというのが一番タチが悪い。こやつ、天真爛漫に振る舞って我を通す悪いクセがありますからな」
がーん。わたし、殿下にそんな風に思われてたんだ……うう、お嬢さま、申し訳ありません。わたし、自信満々に出て行ったのに務めを果たすことが出来ませんでした……どうかこの不甲斐ない紅竜をお蔑みください……とぼとぼ。
『………ちらっ』
「だからそういうところだと言っているだろうが」
『あいたっ?!』
二度もぶった!お嬢さまにもぶたれこと……かなりあるけど。
肩を落として踵を返したまでは良かったけれど、気を引けたかなー、と振り返ったら見透かされてたりする。不覚。
「全く。何をしに来たのかは分からんが、とにかく中に入れ」
『いーんですか?』
「アイナにまで面倒が及んではたまったものではない。先生もどうぞ」
「いえ、僕はただの付き添いですので。コルセアさん、あなただけお話しして来てください」
『あい。ありがとーございます』
それはいいんだけど、先生どーやって学校に戻るんだろ?
気がつく前に退散した方がいーや、と城の中に戻る殿下を先導するような位置で、わたしは初めて帝城に入る。
『……意外と質素なもんですねー』
その帝城の中は、外から見た大きさとは裏腹に内部は豪奢とも豪華とも思えず、石造りでお金こそかかっていそうだけれど、それをひけらかすよーな成金趣味とは縁が遠そうだった。軍事大国らしく、質実剛健を絵に描いたようなもの、ってところなんだろうか。
「他国の使者をもてなすような場所は話が別だがな。所詮は政治を執り行うだけの場所だ、という開祖の遺言に基づいている」
『ふぅん……』
時折すれ違う人たちも、殿下の姿を認めても立ち止まって大仰に最敬礼したりもせず、ただ目を伏せて目礼するのみ。わたしには……まあ言わずともいいでしょ。
「話がしたい。その後であれば学校なりなんなりと連れて行け」
『殿下から改まってそー言われると、すこぅし不安になりますけどねー』
「何を言いやがる」
ようやく、いつも見るような苦笑顔になる殿下。よく考えるとわたしもとんでもねー人相手に遠慮ない口利いてんな。
それからはしばらく黙って殿下の後についていった。
広さだけは充分にあるから、どこをどう通っているのやら、といい加減退屈になった頃、人通りの絶えた廊下の一番奥の、光が差し込む小さなバルコニーみたいなところに出た。
「……ここなら邪魔も入るまい。来い」
『はいはい。って、わぁ……』
そこから眺める景色は、帝都の有り様を一目で見ることが出来そうにも思える、絶景だった。
昼日中の日差しが都市全体を照らし、まだ残る雪の山がそこかしこで煌めきを放っているように見えた。
「穴場でな。この城の中でもほとんど人が通らんのだが、眺めがいい」
『良い仕事してますねー。いつの間にか高いところに登ったんだろ…』
帝城は帝都の中でもやや小高い場所に建てられていて、その中でも何回か階段を通った覚えはあるけれど、それでもなお高さを実感出来る場所だった。普段空を飛んでいるわたしなのに、人の視点で見るとまた違いを感じるものなのかもしれない。
『……そんで、学校で大事な発表があるって分かってる日に、なんでまた殿下はお休みしたんです?』
そんな眺めから目を逸らさないままで、わたしは隣に立ってる殿下に尋ねる。
まあ不粋だとは思うけれど、人気のないところで話さなければならないことなら、むしろそんなやりとりの方が似つかわしくも思えて、ね。
わたしの感慨は殿下にも等しく思えるところだったらしく、この人にしてはえらく懐かしそうな横顔になって、意外なことを言った。
「俺は、帝位を継ぐ」
『へ?』
意外どころの騒ぎじゃないんだけど、殿下の口振りが何気なさ過ぎて、昨日お茶したお店のケーキ美味しかったねー、みたいな感じだったのだ。いや、殿下がそんなこと言ったらそれはそれで事件だけど。
『…………えーと、一体何ごとで?』
「何ごと何も」
と、欄干に両腕の肘を預け、殿下はやや倦んだような疲れたような口調で続ける。いや、疲れてるのは事実なんだろうけどさ…。
「事情が変わった、というだけの話だ。アイナや伯爵にも苦労をかけることになるが……そうだな、今晩にでも挨拶にうかがうことにしよう」
『そですか……えーと、理由を聞いてもイーですか?こないだまでそんなこと全然言ってなかったじゃないですか。お嬢さま、心配しますよ?』
「痛いところを突くな。出来ればアイナは巻き込みたくはなかったが……そうだな、あいつが望むなら婚約を破棄しても構わん。好きなようにしろ、と伝えてくれ」
『……そーいう言い方は無いんじゃないでしょうか』
わたし、殿下にも聞こえるほどの勢いで喉をゴクリ。
考えてみりゃさ、わたし的にはそっちの方が都合よくはあるわけよ。お嬢さまとネアスをくっつけるー、って目標のためならお嬢さまと殿下の婚約っていうのは、障害にしかならないんだから。
『殿下。殿下は、お嬢さまにそこそこ親愛の情を持っているよーにわたしには見えます。もうちょっとでいいので、帝位を継ぐとかそんな話になった理由、ってのを聞かせてもらえませんか?』
「そこそこ、というのはどういう意味だ。俺はこれでも…」
『だって殿下、お嬢さまのこと見る時はとても優しそうだけれど、少し苦しそうっていうか遠慮してるよーに見えるんですもの。気付いているのわたしだけみたいですが』
「…………」
青颯期終わり頃の冷たい風が、殿下の頬を撫でていった。表情は固まったまま。なんだか、普段に似合わず年齢相応の、お嬢さまとは一つしか違わない「男の子」の風貌に見えてならない。
殿下は、わたしなんかにはその内心を察せられるところは少ない。まあ「ラインファメルの乙女たち」ではモノローグなんかで読み取れることもあったけどさ。もう、あのゲームのキャラと、今わたしの周りにいる人たちを同一視なんか出来ないんだよね。
だから、わたしは殿下の今の本心を小賢しく知ったフリも出来ないし、言葉で聞かせてもらわないと、こうして普段の様子から想像することしか出来ないんだ。
それでも、これで四回目の付き合いにはなるんだから、これまでにあったことを総動員すれば殿下がお嬢さまをどう思っているのかくらい、見当がつく……ま、まあ正直言って一周目と二周目は今でもドン引きするくらいにアレだったけど。
『帝位を継ぐ決心したのはいーですけど、お嬢さまにそれで迷惑かけるかもしれない、ってところなんか特にそうでしょ?』
「……お前はそんな話をしに来たのか?」
『違いますよー。でも殿下の方から話がしたい、って言ってきたんじゃないですか。そのお話に関係する、めんどーごとにだって話が及んで当然ですって。で、そこんとこどーなんです』
「…………つくづくお前は、昔から面倒なやつだ」
『自覚はあるんで』
「そうだな……」
今度は反転して欄干に腰を預ける格好に。どんな姿勢とっても様になる人だけど、物憂げだと余計に絵になるわぁ……じゃないや。
「……最近はそうでもないが、幼い頃からよく見ていた夢がある」
『夢?寝てる時にみるアレ?』
「ああ。その中で俺は、真っ青な顔をしたアイナに何か酷いことを言って、衛兵に連れられていく彼女を見送っていた」
ん?
「俺の名前と、それから……お前の名前を呼ぶ時もあったが、連れて行かれた先でアイナが何をされたのかは……叫び声が大きな音と共に途絶えたことで、想像はついた。その度に俺は悪夢を見たように飛び起きて、何故か後悔に苛まれたものだ。不思議なことに、子供の頃に見た夢だというのに、アイナも俺も、今とそう代わらない姿だったように思う」
んん?……えーと、それって。
「俺がアイナを気に掛けるのは、あいつを好ましく思っているのもあるが……奇妙に現実味のあるその夢のために、あいつを幸せにしてやりたいと思わせられているせいがあるのかもしれないな。……いや、確かに話していて飽きない奴ではあるし、まあなんだ、女を選べというのであれば恐らくあいつを選ぶだろうとは思うが………なんで俺はお前にこんな話をしてるんだ?……いや、どうしたコルセア。顔色が悪いぞ」
よくトカゲの顔色なんか分かりますね殿下ぁ…………いや、いやいやちょっと待って。
あのその、今の話を総合すると……もしかして、思い出の卵の効力って……お嬢さまとネアスだけじゃなくて、殿下にも……いや待て、確かバナードにも、及んでる、って……コト?…………あ、あ……あんの紐パン女神この期に及んで迷惑増やしやがってぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます