第104話・紅竜の決断(殿下、お迎えにあがります)
研究発表は粛々と進んでいた。
別に学生の自主課題に優劣つけられる立場じゃないので、その内容については特にコメントしないけれど、まーわたしたちの圧勝よね!内容では!
「内容では、とはどういう意味かしら?コルセア」
『や、もー少し発表する時のことも考えてまとめられれば良かったなあ、って思いません?』
「そうだね。報告書を読めば分かるっていっても、こういう目立つ場で分かりやすく説明することなんか考えていなかったもの。みんな発表が上手くてびっくりしちゃった」
「内容で勝てば良いんじゃねーの?」
「バナード、あなたね……」
アホの相手は疲れる、みたいに頭を振ってため息つくお嬢さまだった。
ちなみに今はお昼休みの最中だ。全員揃って…今日はお休みの殿下を除いて、わたしたちは学食の一席を占領している。
周りも似たようなもので、同じ班で集まって、午前中の発表があーだとか自分たちの発表はこーするだとか、健全かつ熱心な学生の学級活動に勤しんでいる、と言える。感心感心。
「何を偉そうなことを言ってるのかしらね、このトカゲは。あなたまとめから発表に至っては何の役にも立ってないじゃないの」
『お言葉ですが、昨日までの修羅場においてわたしは完璧なお茶くみ係を務めたと思うのですがー』
「その功には充分報いているでしょうが。その目の前のお皿の山で」
う……いやだって、学食のごはん久しぶりだったんだもん、と悄げて見やる視線の先には、十枚積みの皿の山が三つほど。うう、気付いてみると周囲の視線が痛い……。
「お前がドカ食いするなんて今更だろ。それより午後の相談でもしようぜ。順番すぐだしな」
「そうだね。アイナ様、わたし午前中の発表見ていて気になったんですけれど……」
項垂れたわたしだったけど、なるほどバナードの言う通り、こっちを見る視線には呆れというよりも「またやってる」的な生暖かいものの方が多そう。
それでちょっと安心して、議論のお邪魔になるお皿の山を返しにいくことにした。
まず十枚をアタマの上に。角の生え際のお陰で安定して乗せられるわたしの頭頂部。
それから右手と左手に十枚づつ乗せ、バランスを取りながらふわふわと厨房に向かって動き出すと、お嬢さまたちは気付きはしなかったけれどギャラリーの注目は浴びられた。ふふん、芸達者な紅竜はこんな細かい芸でも人間どもを沸かすことが出来るのよ。
調子にのって失敗しそーなところを見せると小さい悲鳴なんかも聞こえてた。演出にも長けたエンターテイナーの面目躍如、とばかりに「どうよ?」と厨房に辿り着いたら、いつも世話になってるおばちゃんに怒られた。危ないからやめろ、って。なんでよー。
ま、そんなことはともかく、席に戻ってくると、まだお嬢さまとバナードが議論を戦わせていた。
ネアスと目が合うと、「始まっちゃった」と苦笑してた。まあいつものことだしね、とわたしもさっき自分に向けられていたよーな生暖かい視線を向ける。
しばらく議論の内容を聞いていると、どうも発表のやり方で揉めてるみたい。
お嬢さまは用意した資料の読み上げだけでインパクト与えられると言ってるけれど、バナードはもっと分かりやすくしないと、先生たちはともかく生徒には意味が分からないだろう、って。
バナードはわたしが個人授業したお陰で理解が進んだこともあるから、そーいうのを気にするのかもしれない。対してお嬢さまは、自分たちの研究内容に絶対の自信を持ってるから小細工みたいな真似をしたくないらしい。
ネアスは性格もあるんだろうけど、どちらの味方もせず思うところだけを述べて、ただ一応もっともな意見が多いから他の二人ともしばし黙り込むけれど、結局は互いを敵と見てとってか、激しい論戦に回帰していく。
わたしは……ああうん、実際にやってみればいんじゃない?なんだったら実験で使った小舟持ってくるけど、って言ったら三人に呆れられた。失礼ね。
「そんな真似が出来るならとっくに他の班がやっているでしょうに。あなた、午前中何を見ていたの」
「発表の時間が限られてるんだから、そんなことやってる暇はねーっての。思いつきだけで喋んなふわふわトカゲ」
『ふわふわトカゲとはまた斬新な罵倒かましてくれるわね』
「そうかな。かわいくていいと思うよ?」
『ネアスのわたしへの前向きな評価は常々感謝してるけど、流石にソレは言いすぎだと思う』
そう?とキョトンとしてるネアスは可愛くて、お嬢さまもバナードもついつい魅入ってしまったのだけれど。
まあそんな一人毒気のない存在のお陰で、発表方針の変更については前向きに進んだ。
結局、お嬢さまが発表する横でバナードが実験者として実演とまではいかないまでも、その時の様子を自分の口から説明するのだそうな。まあ数字とか実験結果を羅列するだけよりはいいんじゃないかしら。
そして、一通り話がまとまった頃、ネアスがぽつりとこんなことを言う。
「……やっぱり殿下もご一緒に発表に挑みたいなあ、わたし」
それにはお嬢さまもバナードも、それぞれに思うところがあるのか「そうね……」とか「だな……」とか重苦しい表情で同意していた。
「ここまで研究がまとまったのって、やっぱり殿下が参加してくれたからだもの。アイナ様、殿下にも何かご用事はあるのかもしれませんけれど、呼んでこられないんでしょうか?」
「と言ってもね……バナード、あなた殿下がどちらにおいでか分からないの?」
「アイナハッフェが知らないのに俺が知るわけないだろ。そりゃ俺だって殿下はいた方がいいとは思うけどさ…」
「……」
「……わたし、この研究活動がとても楽しかった。合宿に行ったり、いろんな実験やって何が正しいのか間違っているのかを話し合うのは、とってもためになった。それ以外にもいろいろあったけれど……でも今日の発表会の中で、わたしたちの研究が一番だって胸を張って言えると思う。アイナ様、そうですよね?」
「もちろんよ。それは活動を始める時にもわたくしが宣言した通りになっただけのこととはいえ、わたくしもネアスもバナードも、コルセアも、自分たちが出来ることを精一杯やった結果がこの手の中にあると思うわ」
「だな。殿下だってそう思ってるはずだ、きっと」
だよね。
殿下は、いろいろと忙しい中で時間を割いて、わたしたちと一緒に活動してきた。そんな殿下は、わたしから見てもとても楽しそうだった。あーゆー人だから表情にはなかなか出してはくれないけれど、バナードが失恋した時もそれを気遣っていたり、お嬢さまへの親愛を隠そうとはしなかったり、ネアスにだってアドバイスをして意見を聞いて、自分の声で話をしてくれたもの。
だったら、わたしのやることは一つしか、無い。
『お嬢さま』
「なに?」
わたしは、意を決して顔を上げる。隣の席に座るお嬢さまを見上げて、ハッキリと言った。
『わたし、殿下を探して連れてきます。発表には間に合わないかもですけど、全部終わって先生の講評と表彰までにはなんとか連れてきます。いいですか?』
「コルセア」
『はい』
ネアスとバナードが、どうなるのかと固唾を呑んで見守っている。お嬢さまのお顔は凜々しくひきしまり、そして一転して、何を言ってるのこの子は、とでも言いたげに柔和に微笑んだ。
「お願いするわ。アイナハッフェ班は、殿下も入れて四人と一匹がいてこそ、その当然受けるべき栄誉を受ける資格があるのですからね」
「その自信が何処から出てくるのかは分かんねーけど、この際お前が一番適任だわな。頼んだ、コルセア」
「うん。わたしも、殿下と一緒に結果を見届けたい。コルセア、お願い」
『お任せて!』
賛意を得ると、わたしは早速席を離れる。食堂で全力飛行するだなんて危なっかしい真似だけど、今は寸暇も惜しい。あ、いやそれよりも。
『お嬢さま!』
食堂の入り口に差し掛かったところで、三人が動きだそうとしてた席に大声をかける。
『発表の方、よろしくお願いしますね!バナードは緊張して妙な無様をさらさないこと!ネアスはバナードにツッコミしてあげて!じゃっ!!』
どういう意味だよ!とかいう反論が聞こえたけど知ったこっちゃない。わたしはわたしのやるべきことのため、バナードの声を無視するのだ。
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